30 Scramble-4-
【花宮 真朝side】
ナイフの刃の鈍い光が、視線の隅にちらつく。
「どうせ、アンタは覚えてないんだろう?
平和なもんだよな」
男は、ふてくされたように言葉を吐いた。
彫の深い顔。
黒い肌。
本来は白いはずのその目は、不気味なほど真っ赤に充血していた。
年齢は20代半ばと言ったとこ
ろだろうか。
――ラテン語訛りの日本語――。
ズキン、と、頭が脈打つように痛んだ瞬間。
『――本当にスミマセン。
Lo siento.』
記憶の中に埋もれていた悲痛な声が、脳裏に響いた。
「アンタは、記憶をなくしたんだろう?
確かに、アンタの両親を交通事故に巻き込んだのは俺のオヤジだ」
ぐわぁん、と。
後頭部に怖ろしいほどの痛みが響く。
封印していた記憶が、放たれた痛みか。
雨の日。
楽しいドライブの途中。
赤信号のはずなのに突っ込んできたトラック。
耳が痛くなるような音。
身体に響く、衝撃。
パパとママの悲鳴。
――失われた、幸せな、日々。
「イヤァアアアっ」
そのつんざくような悲鳴が、自分から発せられたと気づいたのは、男のナイフが喉元につきつけられた後だった。
ちくりとした痛みと、恐怖心に我に返る。
「煩いのは、苦手だ」
ぼそりと男が言う。
首の皮膚が切れたのか。
つつっと、液体が首を滴る感覚にゾッとした寒気を感じた。
「――あなたのお父さんが、私の両親を殺したのね――」
他に言い方もあったと思うけれど、もう、言葉を選ぶ余裕はなかった。
――どうせ、ここで殺されるなら、もう、どうでも良い――
私の目にも声にも、憎悪が篭っていた。
「ああ、そうだよ」
それなのに――。
加害者の息子のクセに。
彼は、恨みと殺意でぎらめかせた瞳で私を上から見下ろした。
そうして、彼は一気に何かをまくしたてた。
私には理解できない、言語――。
「So sorry, I can't understand your language.」(悪いけど、その言葉は分からないわ)
「別にいい。
どうせ、日本語で伝えたって、アンタとは分かり合えないよ」
言うと、彼は思い切りナイフを振りかざした。
私は目を閉じることさえ出来なくて、その刃の鈍い光と、怒り狂った男の顔を見るほかない。
寝返りを打ったら、逃げれるかしら――。
考える前に、とっさに動いていた。
ほとんど同時に、発砲音が響く。
男は慌ててナイフを振り下ろした。
バンっと、乱暴にドアが蹴破られた。
同時に、近くで響くザクっという耳障りな音。
「――てめぇ――」
視線の端に見えたのは、長い脚が男を蹴り倒すところ。
再び、男が私には理解不能の言語で何事かを喚きたてる。
「Increible!, y?」
一際冷たい声は、響哉さんのもの――?
男は渾身の力で立ち上がる。
そして、一層血走った目で私の方へと走ってくる。
バァンっ
乾いた音が鳴り、男がばさりと倒れた。
硝煙の匂いが鼻につく。
頭痛が走り、目が霞む。
「拉致監禁及び殺人未遂の現行犯で逮捕する」
その男の声に、聞き覚えは無かった。
「須藤さん、救急車手配しましょうか?」
響哉さんがゆっくり、私の方に歩み寄る。
目が霞んで、良く見えない。
彼の手が首筋に触れる。
手早く症状をチェックしていた。
その手際の良さはまるで、医者のよう。
「いや、結構。
思ったよりずっと、軽症だ」
言いながら、自分の服をベッドに刺さっていたナイフで切り裂いて、私の首に布を巻いていく。
「とりあえず、ソイツを連行してくれ。
現場はこのまま維持しておく。鍵は執事からもらうといい。
俺は彼女を連れてこのまま失礼する」
手錠と足枷を外して、ふわりと、響哉さんが私を抱き上げた。
嗅ぎ慣れた香水の香りが、鼻をくすぐる。
「もう大丈夫だ、マーサ。
俺が傍に居る」
極上のハチミツに似た甘い声が、耳に優しく響いた。
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