25 ONモード-3-
「おはよ」
梨音は昨日よりずっとさっぱりした顔で、私に挨拶をしてきた。
「おはよ」
私も昨日の駐車場での一件は知らないふりでにこやかに挨拶を返す。
「昨日、須藤響哉に別れを告げてきちゃった。
これで、名実共に普通の親友になれた気がする」
「今までだってずっと、梨音は大事な親友に変わりないのに」
私は思っていたことを、そのまま告げた。
「いいのいいの。
私の気持ちの問題なんだから」
「ねぇ、梨音。
一つ、聞いてもいい?」
「ん?」
「将来の夢って、なぁに?」
「朝っぱらから、いきなりどうしたのよ」
梨音は、きょとんとした顔で、私に問い返してきた。
私はかいつまんで説明した。
私の将来の夢の邪魔にならないようなら、一緒にアメリカに来ないかと響哉さんに誘われたことを。
でも、私はまだ具体的に夢なんて抱いてなくて――。
はぁ、と、私の言葉の途中で、梨音はあからさまに表情を曇らせた。
「やっぱりアイツ、だいっきらい。
結局私から、真朝を奪っていくんじゃないっ」
……え。
梨音の発言に私はびっくりした。
「だって、アメリカで暮らすってことでしょう?」
そう、だよね――。
どうして、将来の仕事のことばかりに気持ちが奪われていたのかしら。
私の生活の拠点が日本から離れちゃうってことは、今までの生活も一変しちゃうってことなのに。
そんなことは、梨音に言われるまで、ちっとも気にならなかった。
「そういえば、将来の夢だったわよね」
我に返った梨音が苦笑を浮かべて言う。
「ああいうのって、結構周りが押し付けたりして、本人がその気になったりするんじゃない?」
梨音は私に気を遣って言葉を選んでくれたけど、周りっていうのは、きっと「親」ってことだよね?
その後、梨音の顔に嫌悪の色が混ざる。
「私なんて……。
真朝を見習って、須藤響哉を落としてみろって、親がそればっかり言うんだもん」
梨音が響哉さんに嫌悪感を抱く理由は一つじゃなかったんだ。
私もその発言には苦笑を浮かべずにはいられなかった。
「あ、もちろん真朝のせいじゃないわよ」
梨音が慌ててそう付け加える。
私は特に感情を害してもいなかったので、笑って
「分かってるわよ」
と、頷いてみせる。
「だから、それに反発して、なんとしてでも将来は一人で生きていける女になりたいわけ。
それも、親に文句を言わせないような。しかも、須藤家とは関わりのないような。
それで、国家公務員の道を考えた私は、今、外務省で働きたいな――なんて、思ってるんだよね」
最後は気恥ずかしくなったのか、声を潜めてそっと教えてくれた。
まるで、大切な宝物を誰にも内緒よ、と、教えてくれる子供のような笑みを浮かべて。
でも、その心意気は本物なのだろう。
先生がやってきて、いつものように朝のホームルームが始まった。
――私は……。
頭の中がぐるぐると回る、けれど。
何を目指すにしろ勉強はしなきゃ、と思って、今日は珍しく授業に集中することにした。
「真朝、今日も顔色悪くない?」
昼休み、お弁当を広げる前に梨音が心配そうにそう言ってくれた。
まさか、珍しく授業に集中したせいで、疲労したとも言えない私は苦笑を浮かべて言う。
「そういえば、佐伯先生が梨音と一緒に昼休み、保健室に来ないかって言ってたんだけど――。
付き合ってもらってもいい?」
「いいわよ。
ついでに体調も見てもらったほうがいいんじゃない?」
梨音は、佐伯先生が響哉さんの親戚だとは知らないからか――。
あっさりそう言うと、一緒に保健室に来てくれた。
「いらっしゃい」
保健室では、佐伯先生が珈琲片手にワイドショーを見ているところだった。
――響哉さんだ――。
私の心拍数は一気に跳ね上がる。
テレビ越しに響哉さんを見ると、一緒に暮らしていることが信じられなくなる。
実在するのが信じられないくらい、完璧にかっこいいんだもの。
その容姿だけでなく、仕草や喋り方に至るまで、全て。
「本当、嫌味なぐらいにテレビ映えするんですね、この人」
梨音がテレビを一瞥してそう言い捨てる。
「確かに」
短く相槌を打つと、先生は飲みかけの珈琲を置くと、私と梨音にも珈琲を淹れてくれた。
響哉さんは、プロの司会者が居るのに、まるでそんなもの無いみたいに自分でステージを仕切っていた。
動きと、仕草と、ほんの僅かな英単語だけで――。
皆の視線をかっさらっていく。
「スドーさんって、日系二世なんですかね?」
映像はそのままに、ワイドショーのメインアナウンサーの声が入ってくる。
「それが、スドキョーについては、調べれば調べるほど謎が多くて……」
芸能レポーターとして有名な男性が、言葉を濁した。
「今日はマスコミだけを集めて、ゴールデンウィークの映画祭の告知をしたんですよね?」
女性アナウンサーが助け舟を出す。
「ええ。
なんと、その映画祭ではスドキョー日本初の握手会もあるんです」
「握手会、ですか?」
女性アナウンサーのテンションが跳ね上がったのがその声で分かる。
画像はスタジオに切り替わった。
「ええ、そうなんですよ。
それに先駆けて発売されるDVDセット初回版の中にゴールデンチケットがあるそうで。
それをゲット出来た幸運な1000名の方が握手出来るそうですよ。
野上さんも買っちゃいそうな勢いですね?」
「滅多に無いチャンスですもの。
買ってしまうかもしれませんね」
妙齢の女性アナウンサーは照れたように笑いながら、それを認めた。
「……本当、演出力に長けてるよな」
佐伯先生が、ひとりごとのように呟いた。
「まさか。
この女子アナが須藤響哉のファンってのも、彼の演出ってわけじゃないでしょう?」
梨音が箸を置いて、先生を睨む。
先生は涼しい顔で笑って見せた。
「いくらなんでもそれはないだろう。
ただ、磯部さんも知ってるでしょう?
アイツの腹黒さは天下一品。普通のヤツじゃ勝ち目は無い」
「……なんかそう言われると、私、響哉さんに引っ掛けられてるみたいに聞こえるんですけど……」
サンドイッチを珈琲で胃に流した私がぼそっと呟くと、先生がその視線を緩やかにこちらに向けた。
そうして、口角を僅かに上げる。
「俺の知る限り、アイツを落としたのは、真朝ちゃんだけだよ」
「やっぱり先生は、須藤響哉と昔からのお知り合いなんですね」
梨音は先生が私のことを『真朝ちゃん』と呼んだのを聞きとがめてそう言った。
「うんざりするほど、昔からね。
もちろん、真朝ちゃんのことだって、生まれる前から知ってるよ」
梨音に対して装うのが面倒くさくなったのだろう。先生はあっさり認めた。
「だから、ついつい父親目線になっちゃうんだろうなー」
「あら、生まれる前から知っていても、恋人になれる人も居るみたいですよ?」
「……アイツみたいなビョーキは抱えてないよ、今のところ」
とりあえず、響哉さんのことを
半ば当事者である私は、口も挟めず、そのやり取りを眺めるほかない。
「それで――、真朝ちゃんはクラス中に聞き込みをしたのかな?」
佐伯先生はなんでもない顔で核心を突いてくる。
「まだ半分も聞けてません」
私の言葉に目を丸くしたのは、梨音だった。
「そんなアンケートやってたの?」
「だって、気になるんだもん」
唇を尖らせる私に、先生が聞いてくる。
「でも、他にもいただろう?具体的に将来を決めてない人」
「漠然としている人もいるけど、でも何も考えてなかったのは私くらいで……」
普通、親が何か働きかけたりしてるんだよね――。
私はうっかりこぼれそうになるため息を呑み込んだ。
「そうやって思い煩ってるから顔色が悪いんじゃない?」
梨音が心配そうに言う。
「そんなこの世の終わりみたいな顔、しなくていいのに……。
真一も朝香ちゃんも、大学生になっても、さして将来に強いビジョンなんて持ってなかったぜ」
「嘘?」
私は弾かれたように顔をあげた。
「本当だよ。
そんな二人が、響哉のハリウッド進出には、割と真剣に反対してたから可笑しかったけど」
クツクツと喉を鳴らして笑っている。
それからぐしゃりと先生が私の頭を乱暴に撫でた。
「まあ、悩む事は悪い事じゃないさ。
でも、つい過保護になる俺を許してくれる?」
先生は何故か梨音に伺いをたてている。
「どれほど、先生が過保護にしても、須藤響哉の足元にも及ばないんじゃないですか?」
「確かにねえ」
「過保護って言ったって……。
そもそも、響哉さんが私に突きつけてきたんだもん……」
そう。
今回の悩みの原因は、響哉さんにある。
「だから言ったじゃない?
アイツにとっては、将来のビジョンを見つけないことイコール敷かれたレールに乗せられることになるって。
そうならない人のことなんて想像できないんじゃない?
」
「世界の中心は俺様って感じですものね」
先生の言葉に、梨音までそうかぶせてくる。
私は、もやもやした気持ちが消化できないまま、唇を閉じた。
「真朝ちゃん。
そんなに気に病む事ないって。
ちっとも手遅れじゃないし、自分のことが客観的に見れないっていうなら、こういうときこそ親友に相談すればいい」
ねぇ、磯部さん、と。
先生が言う。
「真朝ちゃんは何が得意だと思う?
あ、生物が怖ろしく苦手なのは俺も知ってる」
「……知ってるんですね」
くすりと笑い合うのはやめて欲しいわー。
どうせ、あれでしょう?
劣性遺伝を知らなかったっていう話でしょ?
むくれたままの私に、梨音は大きな瞳を向けてふうわりと笑った。
「英語がとっても得意です」
「そう?」
先生は私に確認する。
「うん。
他の教科よりはずっと好き」
私がこくりと頷くのを見てから、梨音が続ける。
「後、やっぱりここぞという時の瞬発力は凄いですよね。
今日だって、クラス中にアンケートを取ってまわるなんて。
私には、そんな行動力は無いなー」
先生は自分の席に戻って、私を見た。
「ほら。
真朝ちゃんにはそういう得意なことがあるわけよ。
他の人に聞けばまた、別の視点で答えをくれるかもしれない。
そういう自分の強みが活かせる仕事は何かなーって考えてみるのも、悪くないんじゃないかな?」
「……確かに過保護ですね」
先生のアドバイスを耳にして、梨音がぼそりと呟いた。
「まぁね。
響哉が親代わりを降りるって言うなら、せめて俺がそうなってやらなきゃ。
真一と朝香ちゃんが心配するだろ?」
思いがけないところに、パパとママの名前が出てきて、私は言葉を失った。
「大丈夫。
私にはお父さんとお母さんもちゃんといるもん――」
私は力なくそう呟いた。
そういえば、最近なんだかあわただしくって、両親とろくに連絡すら取ってなかったわ――。
私ってば、いけない子、と心の中で反省する。
「知ってるよ。
でも、啓二くんは響哉に遠慮してるところがあるからね。
ま、アイツに遠慮しない人間なんて、俺か磯部さんくらいしか居ないんだけどね」
貴重だねぇ、と。
先生は重たい空気を飛ばすかのように、茶化して言った。
そろそろ、昼休みも終わる。
先生に渡された鉄分入りの栄養ドリンクを飲んだ後、私たちは片付けて、立ち上がった。
ふと、梨音が口を開く。
「どうして、須藤響哉は俳優を目指したか、先生は知ってるんですか?」
「さあ。
取り立てて聞いてみたことは一度も無いな。
須藤家は当時、欧州に強くアメリカではあまり名前が出てなかったから、影響力の少ないアメリカで何かがしたかったんだとは思うけど」
先生は言うと、何を思いついたのかその口許に笑みを見せた。
「ただ、響哉は昔っから、何もかもを上手いこと演じてみせるヤツだったからな。
演じることにかけては、俳優なんてやる前から超一流なんだよ」
自分でその辺、わきまえてたたんじゃない? と言う。
そこで予鈴がなったので、私たちは慌てて教室に戻った。
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