25 ONモード-2-
駐車場に降りたら、スカイラインに乗った佐伯先生がわざわざドアを開けて、肩を竦めて見せた。
「……これはタクシーじゃねぇぞ」
「だから、察しが良いヤツは嫌いなんだよ」
響哉さんは躊躇うこともなく私を後ろの席に乗せ、自分は助手席に乗り込んだ。
響哉さんは行き先を告げる。
「ちょうど通り道、だろ?」
「違うな」
当たり前のように言い切る響哉さんに対し、先生は間髪入れず否定した。
「じゃあ早く出発しないと、遅刻だな」
佐伯先生は呆れ顔で響哉さんを見て、仕方なく車を発進させた。
「……真朝ちゃん。
こんな自己中男とは、一日も早く別れたほうが、幸せへの近道ってもんだよ」
先生は煙草に火をつけながら、そう言った。
「そう言って、my honeyを口説くのは止めてくれる?」
響哉さんは外の景色を眺めながら、そう呟いた。
けほけほと、先生がむせる。
「誰が娘ほど年の離れた子を口説くかっ。
俺はてめーと違ってロリコンじゃねぇんだよ。
覚えとけ」
「恋愛に性別が関係ないヤツが、年齢は気にするっておかしくない?」
響哉さんの言葉に、先生は肩をそびやかすだけで、もう何も言わなかった。
「響哉さん、お仕事頑張ってね」
目的地に着く寸前、私がそう言うと響哉さんは振り向いて笑顔を見せてくれた。
「マーサも一緒に来る?」
「たまには勉強させてやれ」
先生が呆れ気味に言う。
「そんなの、いつだって俺が懇切丁寧に、手取り足取り教えてやるからいいの」
ねぇ、マーサ、と。
響哉さんが魅惑的に微笑んで、手を伸ばしてきた。
いつもとは違う、たくさんの指輪で飾られた手を、私は誘われるがままに掴む。
「そんな狭い世界に彼女を閉じ込めてどうすんの?
真朝ちゃんはお前の玩具じゃねーぞ」
「だから、今まで待ったじゃない。
本気で閉じ込めたかったら、3歳のときにあの二人の元から攫って、アメリカに連れてってたよ」
……響哉さん。
それは、犯罪ですよ。
私がそう言葉にしようかどうか逡巡している間に、響哉さんは黒真珠を思わせる魅惑的な瞳で私を見つめ、
「マーサは何も心配しないで、俺と一緒に来ればいい」
と言うと、私の手にキスをして、車から降りていった。
「――塩撒(ま)きてぇ……」
髪を靡かせながら、キラキラしたオーラを振りまいて、颯爽と歩いていく響哉さんの後姿を私がうっとりと眺めていたら、冗談でもなさそうに佐伯先生はぼそりとそう呟いてから、車を発進させた。
「先生……質問してもいいですか?」
バックミラー越しにちらりと私を見た佐伯先生は、はぁ、と、わざとのように一度深いため息をつく。
「初体験のご相談ならお断りします」
「……ち、違いますっ」
真っ赤になって否定する私に、おや、と、意外そうな声が飛んできた。
「響哉の態度がすっかり兄貴、父親モードから恋人モードに変貌していたから、てっきり夕べ……」
「な、何もないに決まってるじゃないですか。
私、昨日は貧血で倒れたくらいですよっ」
「ああ、じゃあ今夜に向けての心と体の準備について?」
「……違いますっ。
とりあえず、その思考回路、一度捨ててもらえませんか?」
オトナ過ぎる話に、私の脳みそはオーバーヒートしてしまいそう。
「それ以外の話なら、乗ってやってもいいぞ。
……って言っても、響哉との恋愛相談なら聞く耳持てねーけど」
「そんなんじゃないもんっ」
私は一度ぷくっと膨れてみてから、ようやく気持ちを落ち着けて唇を開いた。
「……先生は、いつ、将来の仕事を決めましたか?」
「将来の仕事?
急にまたどうしたの。進路相談の先生、紹介しようか?」
茶化す先生を、私はミラー越しに睨む。
「……もういい。
私だって、進路相談の奥田先生くらい知ってますっ」
ぷい、と。
車の外に目をやった。
目に飛び込むのは、忙しそうに歩道を歩くスーツ姿の大人たち。
彼らはいつ、今の仕事に就くことを決めたのかしら……。
「響哉さんに聞かれたんだけど……。
正直、私具体的にはまだ何も考えてなくて。
すごく漠然と、私文系だし、経済学部にでも行って、そのままOLになろうかなくらいしか、考えてなくて……。
でも、響哉さんは、私の年の時にはもう、家を捨てて俳優を目指すって決めてたんでしょう?」
「まぁ、アイツの場合は最初からデカイモノ背負わされていたからな。
ちょっと普通とは状況が違うんじゃない?
参考にしない方が良い」
そう言うと、一息ついてから改めて喋り出す。
「俺の場合も一緒さ。
祖父も父も医者。
兄たちも医者を目指してた。じゃあやっぱり、俺も医療業界に行こうかなーって、結構小さなときから漠然と考えてた」
「っていうより、まぁ、乱暴に言っちゃえば他に選択肢なんてなかったようなもんだな。
俺は臨床より、研究のほうが性格的に向いてるから、どっちかっつーと、うちのなかでは異色だけど」
「研究してるんですか?」
「そう。アンダーソンでね。
須藤に声を掛けられるまでは」
……アンダーソンって何かしら? と、ちらりと思ったけれど、今はそれを聞く時間もなかった。
なにせ、車がいつもの場所に到着したのだ。
「今日の昼休み、磯部と一緒に保健室に来てもいいよ。
とりあえず、将来のこと考える前に、たまには真面目に授業を受けな」
じゃあね、と。
私を下ろして先生は去っていった。
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