24 宅配ピザ-1-

「お腹すいたんじゃない?」


重たい独白を終えた響哉さんは、唐突にそう切り出した。

憑き物が落ちたかのように、さっぱりした顔で。


二人でお喋りしている間に、もう、随分な時間が経ってしまったもの――。


私がこくりと頷くと、響哉さんは宅配ピザのチラシを持ってきた。


「どれがいい、マーサ?」


まるで、遠足の前日、お菓子を買う子供みたいに目が輝いている。


「えー、ピザの宅配なんて頼んだこと無いから、よくわかんない……」


もっとも、自分で頼んだことがないだけで、宅配ピザを食べたことはあるけれど。

私が言うと、響哉さんは笑う。


「俺と一緒か。

 じゃ、二人で初めての共同作業だ」


――それは違うような気がするんだけど、なんとなく。


けど、子供のようにテンション高くはしゃいでいる響哉さんにそういうのは躊躇われたので、私は別の言葉を選ぶ。


「アメリカじゃ、ピザ三昧だったんじゃないの――?」


「そうでもない。

 撮影が入ると、シェフが料理を作ってくれるし。

 オフの時には、大抵自分で作るか――、でなきゃレストランに出かけてたからね」


だから、ジャンクフードに憧れがあるのかしら。

その尋常でないはしゃぎっぷりは、いつもの響哉さんとはまるで別人。


「大学のとき一度――」


そこまで言いかけて、ふいに、響哉さんは口を閉じた。


「なぁに?」


私が先を促しても、何でもない顔で首を横に振る。


「いや、語るほど面白い話でもなかった。

 それより、ピザ、どれにしようか? いっそ、全部頼んじゃう?」


言うや否や、響哉さんが携帯電話を取り出した。


「ダメダメっ」


私は慌てて電話を取り上げる。


「全部頼んでも、食べきれないじゃない」


「残せばいい」


至極当然の顔でそう言い放つ。


――そうか、この、贅沢思考って、響哉さんが生まれながらの大金持だからなのね。


私のために、服を一揃えしてみたり、いくつものマンションに同じような家具をそろえてみたり――。


「……駄目よ、もったいないから」


私がそう言うと、響哉さんは息を呑んで目をみはる。

不自然なまでに、大仰おおぎょうに。


……そう、まるで霊でも見たかのように。


それから、無理矢理口角を引き上げて、嘘っぽい乾いた笑いを浮かべた。


「じゃ、マーサが選んで」


私はトマトやナスがたっぷりトッピングされているミートソース味のピザを指差した。


「後半分、響哉さんが選んで」


「……半分?」


響哉さんは怪訝な顔をする。


「そう。

 そうやってハーフ&ハーフにすれば二つの味が食べれるし、ね?」


響哉さんは、偽りの笑顔を保っていられなくなったのか。

自分の顔が見えないようにくしゃりと私を腕の中に抱きしめた。


「……響……?」


「先に大学時代に、一度だけ俺が宅配ピザを頼んだ時の話をしておけばよかったかな――」


切なさの滲んだ、湿った声が耳につく。


「同じように、全種類のピザを頼むって言ったら、やっぱり朝香ちゃんが駄目って言ってきて――」


「……パパは?」


「真一は、面白がって喜んでたに決まってるだろう?」


響哉さんは、無理矢理のようにくすりと笑ってそう言った。


――なんとなく想像はついたけど。



うん。

なんか、だいぶ、パパのキャラが分かってきた気がするわ。


響哉さんは私の手から電話を取る。


そして、ピザとサラダ、チキンという二人で食べ切れそうな真っ当な量のオーダーをした。


「響哉さん、顔が見えないよ?」


私は胸に顔を埋めたまま、頭を抑えられているのでついにそう言って解放を強請ねだる。


「それは、俺のハートをかっさらったマーサが、いけない子だからだよ」


響哉さんの声は、低く、甘く、そして、いつもよりずっと艶っぽい。


……ハートをかっさらう?


日常では耳にしないような恥ずかしい言い回しに、私は思わず頬が赤らむ。

そういえば、メルヘン界の住人って佐伯先生にも言われてたっけ、響哉さん。


響哉さんの手が、私の頭を撫でる。


私は不意に違和感を感じた。


ああ、そうなんだ。


いつもよりずっと、響哉さんの鼓動が速くなっている――。


「……響哉、さん……?」


「ごめん、苦しいよね」


響哉さんは少しだけ手を緩めてくれた。


「もうちょっと待って。

 ……俺が落ち着くまで」


「落ち着くって……?」


どうしたの、響哉さん? と。

心配になった私は耐え切れずに顔をあげる。


途端――。

響哉さんの指先は滑らかに私の顎を捉えた。


私を見つめる目は、熱っぽく潤んでいてドキリとする。


「――参ったな――

 こんな時、日本語ではなんていうんだったっけ――」


響哉さんは、ゆっくり自分の瞳を閉じて、その熱を一瞬隠す。


「I'm falling in love with you right now.」


響哉さんは熱っぽい声でそう呟いて、一度、熱い吐息をつくと、再び瞼を開き、自分の中からこみ上げる衝動を飲みきれないことを隠そうともせずに、私の唇にキスをした。

彼の手は、しっかり私の頭を抑えていて、逃げる余裕も、嫌がる間すらも与えてくれない。二度ほど、触れるだけのキスが続いた後、響哉さんの舌が私の唇の中に入ってきた。


「……んっ」


口内を隅から隅まで、何かを確かめるように響哉さんの舌が舐めていく。


甘さを伴う息苦しさに、鼻から甘い声が漏れた。


ディープキスは、初めてじゃない。

この前、そう。

カレンさんに見せ付けるように、唇を重ねたことを思い出す。


でも――。

あの時とは、違う。


今の方がずっと、熱が篭っている。

響哉さんは幾度も幾度も、動けないままの私の舌を舐めた。


生まれたばかりの子犬を舐める母犬のように、熱と愛をたっぷりこめて。


「……んんっ」


二人の唾液が混ざって、私の喉を流れていく。

溺れそうな錯覚に襲われた私は、耐え切れず響哉さんの背中にしがみついていた。


響哉さんの手が、私の頭をゆっくり撫でる。

そのうちに、私の身体から力が抜けていく。


ゆっくりと、私の舌が響哉さんの舌に絡めとられたその時。


ピンポーンと、のんびりとした呼び鈴が鳴った。


名残惜しそうに舌が離れる。

響哉さんは、二人の間に唾液の糸を引かせながら、そっと唇を離し、熱っぽい瞳で私を見つめ、くしゃりと頭を撫でると、抱きついている私の手をそっと離して、インターホンに出た。


私は、荒い呼吸を繰り返しながらソファにもたれて、ぼーっとした頭を抱えたまま、余韻の残る濡れた唇に触れる。


まるでそこは、私の一部じゃないみたいに、強い熱を帯びていた。

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