23 So what?-1-
私は保健室のベッドで目を覚ました。
身体を起こしても、眩暈はしない。
私はベッドから降りて、保健室を見た。
佐伯先生はデスクに向かって書類を書いているところだった。
「先生。
響哉さんは――?」
「車に荷物を置きに行った。すぐに戻ってくるから、ここで待っておけば?」
その言葉に従えばよかった、けれど。
とても体調が良くなっていた私は、
「大丈夫です。今日はありがとうございました」と言って、駐車場に向かうことにした。
理事長の居ない理事長室に勝手に入ることにも、もう慣れてしまった。
秘密の通路を抜けて、駐車場に向かって――。
そこで、梨音を抱きしめている響哉さんを見てしまった。
……嘘、でしょう?
信じられない光景に、二三度瞬きを繰り返したけれど、情景は変わらない。
私は足音を立てないように気をつけて、来た道を戻ることにした。
そのまま、昇降口から帰ろうと思ったのに――。
何故か、理事長室の前に当然のように白衣姿の佐伯先生が立っていて、私の腕を強引に掴んだ。
「何してるんですか?」
「それは俺の台詞だな。
ま、何があったか大体想像つくけどね。
だから、先回りして自分の仕事を一つ減らしただけだよ。
二日続けて、真朝ちゃん探しをするのはごめんこうむりたいからね」
言うと、保健室に向かって半ば私を引きずるように歩いていく。
「……ちょっと、放してくださいっ」
「断る」
保健室のドアを閉めても尚、佐伯先生は私の手を放そうとしない。
「……どうしてよっ」
「どうしてって言われても。
どうせあれだろ?
響哉と磯部が親密にしているところを見ちゃったー、とか。
そういう話だろう?」
さらりと言われて面食らう。
エスパーですか!この人はっ。
「どうして知ってるんですか。
もしかして、響哉さんと梨音って付き合って――」
「……るわけないだろうが」
佐伯先生は呆れた口調で私の発言を遮った。
ううっ。
眼鏡の向こうの瞳が、とてつもなく冷たいんですけど。
「本当に、お前らは考えるってことが出来ないのかっ」
その、お前らっていう複数形の中には、私のほかに誰が含まれているのかしら。
もしかして、響哉さん……?
まさか、ねぇ。
「考えてますよ、ものすごく真剣にっ」
「ほぉ」
先生の瞳が、挑発的に細くなる。
「じゃあ、何をどう考え、今からどうしようとしていたのか、具体的に述べて見なさい。
花宮くん」
唐突に、教師のような口調で詰問してくる。
「どうって……。
駐車場で、響哉さんと梨音が抱き合っていたのを見て、動揺して、一緒に帰るのは嫌だなーって思ったから、昇降口から帰ろかなって」
改めて、感情を言葉にすると、それは拗ねた子供の衝動的な行動でしかなくて、なんだかちょっと恥ずかしい。
「で、マンションまでの帰り道、覚えてるの?」
「……」
言われて見れば、今日学校に車で連れて来てもらっただけで、道を詳細に覚えているとは言い難い。
「結局迷子になるだけ、だろ?」
「だって……っ」
喋りかけた途端、佐伯先生は私の手を引き寄せてそのまま胸の中に抱き寄せた。
「ちょっと、何するのっ。
放してっ」
「何って、アイツと磯部もこうしていたんだろう?」
私が少々暴れたくらいでは、佐伯先生はびくともしない。
「でも、梨音は別に嫌がってなかったもんっ」
私がそこまで言い終えたとき、保健室のドアが開く音がした。
「……マーサっ」
響哉さんの声。
「お帰り、須藤」
佐伯先生は私を抱きしめたまま、そう言った。
「マーサ、大丈夫?
もう少し寝ていたほうが……」
響哉さんは心配そうにそう言って、私の頭を撫でた。
私はその言葉にものすごくびっくりした。
だって、響哉さんは。
私が気分が悪いから佐伯先生の腕の中に居るんだと信じて疑ってないんだもの――。
「少しは落ち着いた?」
先生の言葉に、頷くほか無い。
「動揺してるから、逃げ出さないように気をつけろよ」
先生はそう言うと、ゆっくり私から手を放す。
「……逃げ出すって、どういうこと?」
響哉さんは私を腕の中に捕まえたまま、先生に聞いた。
「……話してもいい?」
先生の問いに、私は視線を逸らしたまま頷くのが精一杯。
だって、本当は。
今も、私の胸はとっても痛いんだから。
響哉さんはこの腕の中にさっきまで、梨音を抱きしめていたんだもの――。
「やっぱりヤダ。
恥ずかしいから、私はここに居たくない。
ベッドに居てもいい?」
「俺と二日連続鬼ごっこをしないと約束してくれるなら」
私はこくりと頷いた。
先生が頷くのを確かめて、意味がつかめなくて呆然としている響哉さんの手を振りほどく。私は二人の声が聞こえないように、毛布に
……私が浅はかなのかな……。
だって、二人を見た瞬間、胸が苦しくなって、冷静になんて考えられなかったんだもん。
でも、響哉さんは先生に抱きしめられている私を見ても、動揺したり嫉妬したりはしなくって……。
くしゃり、と、頭を撫でられて我に返った。
「ごめんね、マーサ。
傷つけるつもりじゃなかったんだ」
耳に入るのは、しゅんとした響哉さんの声。
私が黙っていると、毛布ごと抱き寄せられた。
……って、響哉さん。
狭いベッドに寝そべりましたね?
そういえば、さっきベッドがきしんだ気が……。
「俺が愛してるのはマーサだけだよ。
本当にゴメン」
毛布の上から、キスが降ってくる。
響哉さんはそのまま、毛布ごと私の背中を撫でてくれた。
「……いい加減、帰ってくれない?」
どのくらいの時間が経ったのか。
痺れを切らした佐伯先生の冷たい声が飛んできた。
「俺と一緒に帰ってくれる?」
響哉さんは、心配度100%と思われる掠れた声でそう聞いてきた。
私は――。
どうしたら良いのか、分からない。
「真朝ちゃん。
まだ拗ねてるの?」
先生の声が、遠くから聞こえる。
「だって……っ」
「認める気はないが、須藤はモテる。
その上、ハリウッドスターで、ファンも山のように居る。
その程度のことで拗ねてたら、身が持たないからやめておけ。
本気で付き合うなら、少々何があったって、『So what?』って感じで、堂々としてればいいさ。
須藤は簡単に真朝ちゃんを裏切るような男じゃない」
――『だから何?』 ってこと?
「それとも、一晩くらいうちに泊めてあげようか?」
思いがけない言葉に、私を一層強く抱き寄せたのは、響哉さんの腕だった。
あまりにも俊敏な反応に、私はちょっとホッとした。
きちんと、嫉妬してくれるんだ、って。
「帰ります。
先生、お世話になりました」
「それは何より。
気を付けて」
車に乗り込む直前まで、響哉さんは決して私から手を離さなかった。
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