22 非情な現実
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泣き出しそうな顔で俺を見上げ、人の話を遮った真朝は、俺の胸にもたれて瞳を閉じていたが、しばらくすると本当に寝入ってしまった。
横にして、シーツをかけてベッドの傍のカーテンを閉める。
「その察しの良さは、朝香ちゃん譲り?」
コーヒーを注ぎながら、頼太が聞いてきた。
「そうなんじゃない?
本当に、親子って似るよな。不思議なほど」
コーヒーを受け取って、適当なパイプ椅子に座る。
実際、真朝にはそんなに朝香や真一の記憶はないはずなのに、その仕草や言葉遣い、思考回路や気の遣い方まで似ているところが多々あって、俺は時折不思議な気分になる。
「折角、告白を決意したっていうのに、聞く耳を持ってない辺りが本当にそっくり」
頼太の発言には、残念だが、頷くしかない。
「それに、その件は別に言わなくてもいいんじゃないの?
どうせ証拠は出なかったんだし。
あれは、不運な事故。
そうだろ?」
佐伯の言葉に、俺は、唇を噛む。
確かに、どれだけ調査を重ねても、『あれは、不運な事故』だった。
でも、もしもあの事故が起きなかったら――?
近日中に、確かに、真朝の暗殺計画が立てれられていたのだ。
むしろ、真朝が今ここに居るのは、あの事故のお陰と言ってもいい。
事故の知らせを聞いてすぐ、須藤家が事態の調査を始めたことに気づいたヤツが、殺害計画を諦めた……。
黙り込んでしまった俺に対して、頼太が同情の視線を投げる。
「独りで抱えて苦しいのは分かる、けど――。
だからって、真朝ちゃんまで苦しめてどうするんだよ。
お前の推論を曲解すれば『両親が死んだのは自分のせい』って思うかもしれないじゃないか。
それでいいわけ?」
……いいわけが、ない。
だから、俺だってその記憶ごとなかったことにしてきた。
意図的に、もう、長い間。
でも、こうしてまた、祖父に逢って色々グチグチ言われたら……。
その記憶は、感情とともに鮮やかに甦り、俺の心を苦しめる。
頼太の言葉には、反論の余地も無い。
「懺悔するなら牧師にしろよ。
仮にも将来の伴侶にしようと思っている人間を、巻き込むな」
いちいち、腹が立つほど正論だ。
……だから、嫌いなんだよ。
やたらと頭の切れるヤツは。
「ちょっとは感情ってもんがないわけ?」
反射的な返答に、頼太がくつくつと喉を鳴らす。
「あいにく、感情に任せて好き勝手やって、許されるような身分じゃないもので」
耳に痛い皮肉に、肩を竦めて精一杯の抗議を見せた。
が、眼鏡の奥の頼太の瞳は冷たいままだ。
「お前の恋愛に口を挟むつもりはない。
でも、あの二人の大切な一人娘を傷付けなきゃ、お前が幸せになれないって言うなら、俺は。
お前の不幸を願うね」
……分かってる。
そんな、正論。
謝ったって意味が無い。
何が原因であったとしても、あの二人が取り戻せるわけじゃない。
真朝を疑心暗鬼にさせるだけ。
不安にさせるだけ――。
分かっている、けれど。
「俺と付き合うだけで命が狙われる危険性があるってことは、知らせておく方が――」
はぁ、と、頼太が短いため息をつく。
「本気でそう思うなら、最初に言えよ。
今更そう言われたところで、真朝ちゃんはどうすりゃいいんだ?
お前だったらどうするんだよ?
……お前は、どうして欲しいんだよ」
……これだから、世間知らずのお坊ちゃんってヤツは。
俺を見る、頼太の瞳は暗にそう言っている。
確かに今更真実を告げたところで、どうなるわけじゃない。
自分じゃ随分と成長したつもりでいたけれど――。
結局は、身勝手な『良い所のボンボン』のままなのか。
「でも、話のきっかけを引き出したのはお前だろうが」
俺は思い出して、頼太を見た。俺は今、友人のミスをなじる子供のような目をしている、かもしれない。
『……もしかして、本気であの責任が自分にあるとでも思ってるわけ?』
ここで頼太がそう言わなかったら、あんな話には発展しなかった――。
少なくとも、ここでは。
頼太は、薄っすらと得意げな笑いを浮かべた。
「俺が居ないところでそんな話に発展するより、ましだろう?」
……最低。
「計画通りってヤツ?」
「割とね。
真朝ちゃんはお前の隠していることを知りたがっていたし、聞かれたお前はきっと教えるだろう――?」
涼しい笑顔に腹が立つ、けれど。
――仕方が無い。
「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ」
「おや。
お前が俺にアドバイスを求めてくるなんて。
面白いこともあるもんだな」
……底意地の、悪い奴。
長生きはしてみるもんだねぇ、と。
縁側でのんびりと茶でも啜るじいさんのような発言をしてから、頼太はくつくつと喉を鳴らして笑う。
長年の鬱憤をここで晴らさなきゃいけないほど、俺は彼を追い詰めていたのだろうか――。
まさか、な。
頼太はキャビネットから古いビデオテープを1本、引っ張り出した。
「折角映画が見つかったんだから、これのせいにすればいいんじゃない?」
「……これなのか?」
俺の質問に、頼太は軽く頷く。
「っていっても、ビデオデッキなんてないだろ?
はい、こっち。簡単に頼んでくれるけど結構手間暇かかってんだぜ」
説教を耳で聞き流しながら、ビデオテープではなくDVDの方を受け取った。
「それで、この映画の一部を見て誤解した誰かが朝香ちゃんを狙ったって言い張るんだな。
それしか、ないだろう?」
俺が、真朝を婚約者だと公言したのは、彼女が3歳の時――。
そして、その理由は。
家に対してそう公言すれば、10年以上の長い間、自由で居られると思ったからだ。
……なんて、子供っぽい、自分勝手で浅ましい理由。
そんな俺の身勝手で、彼女は一時期、幼い命を狙われていたのだ――。
俺が彼女にことさらに優しくしてしまうのは、きっと、罪滅ぼしの気持ちから。
「そうするよ」
俺は立ち上がる。ベッドを見ると、真朝はまだ、深い眠りの中にいた。
そっとその頬に触れるが、反応はない。
「響哉、電話鳴ってる」
頼太の声で我に返ってスマホに出る。
春花からだった。
「先に荷物だけ、車に置いてくる」
頼太にそう言うと、電話と上着、そしてDVDを持って、保健室を後にした。
「何?」
部屋を出た後で電話に出る。
「例のイベント告知会見、明日だって分かってますよね?」
挨拶もなくいきなり話が始まるところを見ると、春花も相当焦っているのだろう。
……明日、か。
忘れていたとまでは言わないが、あまり気持ちもなかった。
日本人ファンのためのイベントなんて、俺にとってあまり魅力を感じるもんじゃない。
結局のところ――。
どんな仕事を選んでも、気に入らない部分というのは出てくるものだ。
なんて。
今更気づいたとはさすがに、かっこ悪くて口に出せない。
「ああ、分かってる」
俺は自信たっぷりの口調でそう返した。
「だったら良いんですけど。
今夜はどちらに帰るんですか?」
「何?
俺のこと誘ってくれてんの?」
そういう軽口はいつの間にか得意になっていて。
考えもせずに口から出てきてしまう。
「明日どちらにお迎えに行くかの確認です」
相変わらず真面目に切り返してくるところが面白い。
「昨日移った場所――そこに居るよ、多分」
「多分ってなんですか、多分って。
はっきりしてもらわないと困るんです」
「はいはい。
万が一にも変更があったら連絡するって」
「当たり前ですよ、もう――」
春花の説教が始まる直前、俺は逃げるように電話を切った。
「真朝を置いて帰るんですか?」
電話を切って、車を開けようとした矢先。
鋭い声が、耳に突き刺さってきた。
見れば、駐車場の壁に梨音がすがっていた。
「……授業はどうしたのかな~? 梨音ちゃん」
何故だろう。
真朝のことはちゃんと女性として見えるのに、梨音のことはずっと、小さなときのイメージが抜けない。
黄色い帽子をかぶって俺を睨んでいた、幼児の姿とだぶってしまう。
「見てお分かりの通り。
サボりました」
堂々とした物言いに軽く首をすくめる。
「それは、俺がここの理事だと知っての発言?」
途端。
キっと、梨音の視線が鋭くなった。
もちろん、チビッコに睨まれたところでどうということもないのだが。
「須藤家を捨てたくせに、気軽にそういう発言するのは止めて下さい」
……別段、家を捨てたわけではないのだが。
「分かった。
じゃあそうしよう。
ところで、俺に何の用?」
「もう、真朝の面倒見るの、辞めますっていう宣言に来ました。
私、普通の友達になりたいんですっ」
梨音の
そこまで大それたことをお願いしていたつもりではなかったのだが――。
ただ、真朝のことで何かあったら連絡して欲しいと、不用意にお願いしたばかりに、一人の子供を苦しめ続けていたことに、俺は今の今まで気づかなかった。
「だからって、明日から父の仕事がなくなったりは……しませんよね?」
俺は思わず梨音の頭を撫でる。
そこに居るのは、本当に小さな子供で……。
それはそうだ。
20歳も人生経験の違う人間に、同じ視野を求めるなんて、無茶な話。
自分の至らなさにため息をつきそうになって、慌ててそれを噛み砕く。
「誤解があるようだから、言っておく。
磯部氏が役員になったのは、彼の実力だ。
梨音ちゃんが、真朝の様子を見続けてくれたことには感謝しているけれど――。
それとお父さんの出世とは何の因果関係もない。
でなきゃ、部下がついてこないだろう? 娘のお陰で役員やっているような人間に、誰がついていくと思う?」
俺の言葉に、安心したのか納得したのか。
はたまた、もっと別の感情からなのか。
梨音の双眸に溜まっていた涙が、緩やかに頬を伝って流れていく。
小さな子供を宥めるように、そっと梨音を抱き寄せる。
「今まで本当にありがとう。
梨音ちゃんには感謝してる。
だから、少しはお父さんの実力を信じてあげるといい」
「……分かりました」
ようやく腕の中で泣き止んだ梨音は、冷静な声でそう言った。
くしゃりともう一度頭を撫でてから、彼女から腕を放す。
「……子供扱いするの、いい加減やめて頂けません?」
その、上目遣いの拗ねた視線そのものが、もう、俺にとっては小さな子供のものでしかない。
梨音に向かって、苦笑しながら頷くのが精一杯だった。
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