21 On the Bed-2-

「そもそも、俺が須藤家の長男として生まれた――ってところから、話が始まる。

 これがまた、一風変わった家でね。

 長男が産まれると、家を継げる――という変わったシステムをとってるんだ。

 もちろん、俺の母親はそんな変な家から逃げ出したかった。

 だから、俺を産んで祖父に渡して、父と一緒に駆け落ちして逃げ出してしまった。

 マーサにはまだ紹介してなかったけど、さっきここに来たここの理事長が祖父。

 で、その実の娘に当たるのが俺の母親」


響哉さんは何でもないことのようにさらりと言うけれど。

それって、生まれてすぐに両親に捨てられたってこと――?

私が心配顔で見上げても、響哉さんは特に表情を変えない。


まるで、ドラマのあらすじでも話すかのように、他人ごとの顔で話を続ける。


「それから――。

 ざっくり途中を飛ばして、大学時代の話をしようか。

 俺も母に似て――っていってもロクに逢ったこともないけれど――あの化け物のような家を継ぐなんて気は全くなかった。

 けれども、周りはそれを許してくれるはずもない」


そこまで一息に話してから、響哉さんは私を見て、この話をスタートさせてから、初めて困ったような笑みを浮かべた。


そうして、私の髪をかきあげると、コツンと額をぶつけてきた。


「……ゴメン、マーサ。

 ここからしばらく、アイツに話してもらって良い?」


息が触れるほど近くで、囁く響哉さんの声からは、何かに怯えるような色が微かに滲んでいる。

駄目、なんて残酷なこと当事者でもない私に言えるはずなんてないじゃない――。


「……は?」


素っ頓狂な声をあげたのは、いつの間にか私たち二人の姿が見えないところに行っていた、佐伯先生だ。


もしかしたら、デスクで仕事でもしているのかもしれない。

ボールペンを走らせる音が聞こえていたから。


「佐伯先生、おねがいしまーすっ」


響哉さんは、ほんの一瞬、私の唇にキスをしてから、顔を離すと、おどけた口調で先生を呼んだ。


「……俺に、何を話してほしいわけ?

 須藤響哉が、いかに女性にモテた学生生活を送っていたかってことについて?」


呆れた声が飛んでくる。


「そう、それそれ。

 いくらなんでも、そういうのって、自分で言うもんじゃないだろ?」


「ま、実際は俺本人がモテたわけじゃなくて、この家を狙っている奴らが群がってただけなんだけどね」


響哉さんは、吐き捨てるように言った。


「だから、『うちの関係者』にどんなに言い寄られても興味を持てなかった。

 どんなに言い寄られても、財産と地位、この家自体を狙っているハイエナにしか見えないんだから仕方がないよな」


響哉さんは、独白するように目を細めながら、吐き捨てるようにそう言った。


……だから、今でも、いろんな人と必要以上に距離を保とうとしているのかしら……。


響哉さんが皆に「冷たく」見えるのは、彼の「恐れ」の現れなのかもしれない、と、私は思い始めていた。


「ま、だからといって、別に、誰とも付き合わなかったって言い切れるほど清廉潔白な学生時代を送っていたとも言わないけどね」


言うと、響哉さんは自嘲的に笑ってみせた。


そうして、私の耳元に唇を寄せる。


「でも、マーサが俺と付き合ってくれるなら、誰とも浮気なんてしないから。

 信じてくれる?」


佐伯先生には聞こえそうにない、空気に溶けそうなほど小さな声で囁かれたその言葉は、小さな男の子の精一杯の告白を思わせるように真面目で一生懸命だったから。


私はくすぐったい気持ちで、小さく頷いた。

彼がその部分を説明したくないのは、私が妬くと思ってるから――。



多分、そうだ。なかなかママの話に入らないのも、きっと、そう。私が昨日、思いに任せて家を抜け出してしまったせいだ。


「……お前ら、学校の保健室のベッドでいかがわしいこと始めてないよな?」


いい加減沈黙が続いたせいか、痺れを切らしたように先生が低い声で聞いてくる。

響哉さんはいたずらっ子の顔でくすりと笑う。


「折角だから、覗いてみる? 俺は人目があっても問題ないほうだし――」


「……それだけ元気なら、今すぐ帰れっ」


先生は呆れたように言葉を投げた。


「嫌だね。

 モテナイ男の僻みって」


響哉さんは、楽しそうにくすくすと笑う。



……佐伯先生、モテないってことはないと思うんだけど……。


「そうそう。もてない男の僻みは怖いから、今すぐ出て行けよ。

 それとも、また、俺の助けがないと次の告白に進めない?」


佐伯先生の冗談交じりの言葉が、カーテンの向こうから飛んでくる。

響哉さんの表情が、ほんの一瞬険しくなった。


「先生、おねがいしまーす」


小学生の物まねでもするような口調で、響哉さんが言う。


「でも、俺はお前の本心まではしらねーよ?」


先生はわざとのようにふざけた口調を作る。


「当たり前だろう。

 何が悲しくて、お前なんかに本心を告白しなきゃいけねーんだよ」


響哉さんも、同じ口調で返した。


「18歳になっても反抗期が終わらない須藤は、わざとグループと関係ない大学に進学した。

 ……お陰で、既に大学1年生だった俺は、わざわざ辞めてその大学に入りなおさなきゃいけなくなった……。

 酷い話だろう?」


遠くから聞こえてくるグチに、私は思わず唇を綻ばせる。


「そうですね」


「でも、そっちの大学の方がいわゆる有名な教授が揃ってたんだぜ。特に医学部には、ね」


響哉さんが言う。


「へぇ。

 わざわざ俺のために、そういう学部を選んでくれたって言うわけ?

 自分は経済学部なのに?」


慣れた軽口が飛んでくる。響哉さんは笑みを浮かべるだけで何もこたえない。


「そこで、パパとママに逢ったってこと?」


私の言葉に響哉さんが「そう」と、言う。


「おや。

 一目惚れしたって言わなくていいわけ?」


先生の声が近づいた。

ベッドの傍に近づいて、椅子に座る。

眼鏡の奥の瞳に宿る光は、いつもよりずっと柔らかい。


その瞳の向こうに見えているのは、懐かしい記憶の中の風景なのかもしれない。

そんな穏やかな眼差し。


響哉さんはその質問に答えない。


「家のことなんて関係なく接してくれる人に出会えて、とても新鮮だったのは本当」


「ああ、それを恋だと認識したときにはもう、真一が手を出していたってわけか」


からかいを含んだ声で、先生が言う。


「確かに。

 真一って、天然なのか、計算高いのか、わかんないヤツだったな」


懐かしそうに瞳を細める響哉さんの脳裏に映るパパは、どんな顔をしているのかしら。


パパの顔を二度と見られないという事実が、私の胸をちくりと突き刺す。


響哉さんは困った顔で私の頭をくしゃりと撫でた。


代わりに先生が口を開く。


「そんなわけで、コイツの初恋は実らないまま、真朝ちゃんが産まれたってわけ。

 でも、コイツを狙っている連中にしてみたら、やっぱり朝香ちゃんの存在が気になるところ。

 アイツら、一人ぐらい子供が居ようが、好きな人は別に居ようが、そんなの無関係で須藤響哉と一緒になるくらいワケないって思考の持ち主だから」


がっつくハイエナを見るような目をして、先生が肩を竦める。


響哉さんは私を抱きしめる指先に力を入れて、再び口を開く。


「俺はそんな外野の連中なんて気にならなかった。

 ……けれど、問題なのはじいさんだ。

 彼は、俺に早く長男が出来てこれを継がせることが夢だったからね」


そこまでさらりと言った後、響哉さんは唇を噛み締めた。

その瞳がひどく辛そうで、私はそれ以上の話を聞くのが気の毒になる。

だって、身体のどこかが切られたみたいに痛そうな顔をするんだもの。


私は響哉さんの胸に顔を埋めた。


「お話が長いから眠くなっちゃった」


響哉さんは一瞬息を呑む。


「……そうだね。

 ゆっくりお休み」


糖度100パーセントの甘い声でそう言うと、いつも私を寝かしつけるときにそうするように、背中をそっと叩いてくれた。

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