20 別の顔-4-

「着替えられる?」


脱脂綿を取り替えて、先生が聞く。


「大丈夫ですよ」


……いくらなんでも。

  先生に着替えさせてもらうってわけにはいかないじゃない。


私はカーテンを閉めて、制服に着替えた。


「でも、保健室不在にしてもいいんですか?」


「全く問題ない。

 ほら、おいで」


言うと、先生は軽々と私を抱き上げた。


「あ、の……。

 恥ずかしいんで下ろしてください。

 私、歩けますっ」


「何言ってんの。

 初めて俺に抱き上げられたわけじゃあるまいし――」


って、それは赤ちゃんの頃か、先日、気絶したときの話ですよね?


それにしても、こうして下から見上げると、本当に響哉さんに似ている――。


「おや。

 何見蕩れちゃってるの? 彼氏が忙しいともう浮気?」


私を見下ろしながら、先生が意味ありげな笑顔を浮かべる。


「そ、そんなわけないじゃないですかっ」


私は慌ててそう言った。


「だよね。

 真朝ちゃんは最初から須藤 響哉一筋だから」


「どういう意味ですか?」


「あれ? 聞いてない?

 助産婦さんが真朝を待っていた真一と響哉に見せてやったときの話。

 恐る恐る抱いた真一の腕の中で大泣きしていた真朝ちゃんは、響哉に抱かれた途端泣き止んだ、らしいよ?」


……何、それ……。

そんな記憶の無い頃の話をされても困るんですけど。


「パパは赤ん坊を抱きなれてなくて、響哉さんは抱きなれていたってことですか?」


「さぁ。

 そこに居たわけじゃないから詳細までは知らないけどね。

 ちょっと待ってて、靴、取ってくるから」


「すみません」


結局お姫様抱っこをされたまま、スカイラインの中に押し込められてしまった私は、大人しく先生の言葉に従うほかない。


先生は携帯電話で話しながら帰ってきた。


「……そう。

 宜しくね、じゃ」


ドアを閉めながらそういうと、電話を切る。


「兄貴が見てくれるって」


「先生のお兄さんって、お医者さんなんですか?」


「そう……。

 本当は俺も医者なんだけど、ね」


冗談めかしてそう言って、くすりと笑う。


でも、それは冗談なんかじゃないのかも……。


「もしかして、私がここに居るから看護教諭をやるようにって、響哉さんに命じられて……?」


「お、鋭いねぇ」


なんでもないことのように、先生はにこりと笑いながら車を発進させる。


「……そんな、だって。

 本当はお医者さんなんですよね?」


信じられない。

先生は、自分のキャリアを棒に振って、そんな資格をとって、今、ここに居るって言うの?


……もしかしたら無免許、無資格でここにいるのかもしれないけれど。


「まぁね。

 うちは代々医者だし、さ。

 ただ、俺には二人兄貴が居て、二人とも医者だし。

 俺が数年間須藤家のために動いたって、困らないからね」


「でもっ」


私は声をあげる。大事なのは『家』じゃなくて、先生自身の生き方なんじゃないの……?


「ああ、駄目駄目。

 興奮したらまた、血が出てくるよ。

 落ち着いて。

 それに、後1年すれば真朝ちゃんも卒業だろう?

 そうすれば俺も第一線に戻れるし、そのくらいのブランク、すぐに埋めて見せるさ」


「……落ち着けるわけ、ないじゃないですかっ」


言ってること、おかしいんですけど。


「一体、何なんですか? 人にそこまでさせる須藤響哉って――。

 その、須藤グループって言うのは――」


「だから、その話をすると陰が付き纏うんだよ。

 じいさんも、物騒な単語を口にしてたじゃない?

 そういうわけで、アイツが居ないところで、俺だけの知識で話を披露するのは避けたいんだよね。

 大丈夫。ここまできたら、もう、無条件にアイツを信頼してみろよ。相当我侭で自分勝手で金遣いも人遣いも荒いけど――。

 良い奴だから」


……そのどの辺が良い奴なの?

先生の言葉が全くフォローになってなくて、呆れた私はついにくすりと笑ってしまった。


「そうそう。

 真朝ちゃんは俺らのアイドルなんだから。笑っていてくれないと困るんだよね」


冗談めかして言うと、ぽんっと先生は私の頭を叩く。


「ほら、着いたけど。

 ここでもまた抱っこしましょうか?」


「結構ですっ」


私は自分でドアを開ける。


そこは割りと大きな総合病院で――。


「もちろん、これも経営母体は須藤グループが噛んでいる」


先生は耳元でそっと囁いてくれた。


「それから、兄貴には真朝ちゃんのことは須藤響哉の非公式のしかし正式な婚約者だと伝えてあるから――。

 そのように振舞ってね」


「……は、はぁ」


どういう意味か分からないままに、私は頷くほかない。


そのまま混みあってる病院内を進んで、耳鼻咽喉科の受付に先生が挨拶をするだけで、待っているほかの患者さんも居るというのに、私たちはすぐに中に通された。


私が病室に入った途端。


白衣を着たお医者さんが、立ち上がって丁寧に私に向かって一礼した。


……え?


予想以上に仰々しい雰囲気に、私は言葉を失ってしまう。


「お初にお目にかかります。

 佐伯涼太と申します」


いわれて見れば、先生に似ている……かな?

でも、佐伯先生と比べると、すごく真面目そうな印象を醸し出しているようにみえる。線もこう、細くて全体的にシャープなの。


「は……初めまして。私……」


びっくりした私は上手く挨拶も出来ない。


「兄貴、とりあえず彼女の血、止めてやってくれない? 容態はさっき電話で話した通りだから」


助け舟を出してくれたのは付き添ってくれている先生。


「ああ、そうだな。

 えっと。花宮様とお呼びすれば?」


「いえいえ。

 花宮とか、真朝とか。

 なんでも良いんですが、【様】なんて困りますっ」


ああ、駄目。緊張したのか、興奮したのか。

また鼻血が出てきた。


「とはいえ、次期ご当主様のご婚約者ともなれば――」


――な、に?

  次期ご当主って――?


私は話が飲み込めない。


「ああ、もう。

 兄貴、代わって」


先生はじれったくなったのか、お兄さんを差し置いて治療してくれた。


「いい?

 俺を信じてじっとしてればすぐに治るから。っていうか、兄貴彼女の頭抑えててよ」


……うわぁあ、そんな長い棒を鼻の奥に突っ込まないでください……っ


鼻の奥が焼け焦げるような匂いがして、実際すぐに治療は終わった。


「乱暴な弟で申し訳ありません」


それなのに、涼太先生は真剣に頭を下げている。


「はぁ?

 あのね、とりあえず止血が第一なの。貧血で倒れたらどうすんだよっ。

 どんだけ石頭なんだよ、兄貴は」


「頼太(らいた)、お前が緩すぎるんだ。

 いくら次期ご当主様のご学友とはいえ――」


「はいはい。

 説教ならまた家でお願いします。

 患者さん待ってるんだろう? さんきゅ」


じゃ、と、先生は足早に病室を後にした。


「あ、の。

 このまま帰っていいんですか?」


「いいよ、別に」


私の疑問を無視して、病院を後にする。



……なんだか、疑問はますます増えただけな気がします……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る