20 別の顔-2-
「ちょっと、真朝。
睡眠不足を全面的に押し出して、私に幸せアピールするのはやめてくれる?」
早めに学校に着いた私が机に頬杖をついて朝の時間をやり過ごしていたら、梨音がやってきて説教を始めた。
「……え?」
顔をあげると、はぁ、と疲れたようなため息を落とす。
「いっそ、うちで一緒に暮らしたいわ、真朝と。
アイツに良いように言いくるめられてなければいいんだけど」
「どうして、そんなに響哉さんのことが嫌いなの?」
私の質問に、梨音はオーバーに肩を竦めて見せる。
「だから言ったじゃない。
都合が悪くなると逃げ出して、落ち着けばまた戻ってくる。
人の恋人に文句つけるのはどうかと思うけど、彼、私の嫌いなタイプなの、それだけよ」
私は真っ直ぐに梨音を見て聞いてみた。
「じゃあ、うちの理事長が誰か、梨音知ってる?」
瞬時に、梨音の顔色が変わっていく。
「……藪から棒に、どうしたのよ?」
一呼吸置いた後、何食わぬ笑顔を作ってはいるけれど。
彼女の隠しきれない動揺を見抜いてしまった。
「理事長と響哉さんとに、何か関係があるってこと?」
「そ、れはさ。
須藤響哉に直接聞いたほうが良いんじゃないかな?」
梨音の瞳は明らかに泳いでいる。
「じゃあ、ひとつだけ教えて?」
「……可能なことなら、ね」
「私はその答えを知らない方がいいと思う?」
うーん、と、梨音は腕を組む。
「私としては知らないままで居てほしいけど。
それを許さない状況っていうのがあるからなぁ……」
「どうせ知ったほうがいいなら、今、教えてくれない?」
梨音は一瞬唇を噛む。
「あ、でもそうしたいんだけど。
ほら、授業が始まるし」
フェイドアウトするように自分の席へと戻っていく。
どうして、皆して何かを隠すのかしら……。
授業が始まっても、私はちっとも集中できなかった。
「ねぇ、うちの理事長って誰だっけ?」
体育の時間、一緒に組むことになった佳代ちゃんにこっそり聞いてみる。
佳代ちゃんは思いっきり目を丸くした。
「何言ってんの?」
それから、ふわっと相好を崩す。
「ああ、もしかして真朝ちゃんってうちのグループの人じゃなかったりするのかしら」
……はい?
『うちのグループ』って、何?
「ここってほら、須藤グループの傘下にある私立高校なのよ。だから、親が傘下の会社に勤めている……って子が大半なの。
だから、理事長は須藤会長に決まってるわ」
須藤会長……?
当然のようにそう語る佳代ちゃんの言葉を聞きながら、私はくらりと、立ちくらみにも似た眩暈を覚えた。
「危ないっ」
あまりにもボーっと考え込みすぎていて、誰かの声に気づいたときには遅かった。
軌道を大幅に反れたバレーボールが私の顔に直撃。
たらりと鼻から流れる液体が鼻血だと気づく前に、体育教師に保健室に向かうよう指示されていた。
「……漫画みたいなヤツだな」
くらりとする頭を抱えながら保健室に行った私。
白い体操服には、血痕までついている。
付き添いできてくれた佳代ちゃんが保健室を出た直後、佐伯先生は呆れ顔で言った。
私は無言で、渡されたタオルを鼻に当てる。
「元から鈍いの? それともアイツのせいで睡眠不足ってヤツ?」
軽口を聞き流してベッドに座った。
「ああ、駄目駄目。
横になったら血を飲むぞ」
言うと、頭の後ろを濡らしたタオルで冷やしてくれる。
「斜め上、向いといて」
思わぬ至近距離に、ドキリとした。
だって絶対に響哉さんに似てるんだもん。その、肩のラインとか。
「あの、自分でできますっ」
「いいから。
大人しくしとけって。
病院送りなんかにさせたら、俺が須藤に怒られる」
「……響哉さんって、須藤グループと何か関係あるんです、よね?」
私の質問に、先生はふぅと息を吐く。
「そういうことぼーっと考えてるから、ボールの一つも避けられないんだよ」
「だって。
秘密にするから気になるんじゃないですかっ」
私は思わず声を荒げる。
「誰が何を秘密にしてるって?」
ドアが開いたと思った途端、耳慣れた声が聞こえてきた。
顔を見るまでもなく、響哉さんだと分かって、心臓が今までよりはるかに早く動き始める。
……まずい。
鼻血止まらなくなったらどうしよう。
ほとんど同時に、先生が疲れたようにため息を吐いた。
「特技が瞬間移動だったとは」
「お前よりずっと、平田の方が俺に忠実だってだけの話」
響哉さんも負けないくらい冷たく言う。
平田っていうのは体育教師の名前で……。
平田先生がわざわざ響哉さんに連絡してくれたってことなのかしら。
「治療の途中で連絡出来るか」
佐伯先生は苦々しく言葉を吐く。
「ま、それが言い訳なら聞いてやらんことも無い」
高圧的な発言。
その後、ふいに柔らかい声音を変える。
「マーサ、首は動かさないほうがいい。そのままじっとしていて」
すぐに響哉さんが視界に入ってくる。
心配そうな表情に、ますます心臓が高鳴っていく。
上着を脱ぎ、先生から奪い取るようにタオルを取って当て直してくれる。
ちらりと目に入ったそれは、どう見てもダークスーツ。
いったいどこで何をしてたのかしら。
しばらく、無言で時を過ごす。
「花宮、一回タオル外してみ?」
先生に言われ、私はおずおずとタオルを外す。
「止まったから横になっていいぞ」
言いながら、私が当てていた血まみれのタオルを持っていく。
代わりに新しいタオルを水に濡らしてくれた。
「これで顔を拭いたほうが……」
ええー。
もしかして、私の顔ってものすごく血で汚れていたり……するのかしら、恥ずかしい。
「俺がやる」
響哉さんはその濡れタオルを受け取ると、躊躇いもなしに顔を拭いてくれた。
「顔、痛くない?」
確かに赤く汚れていくタオルを目にしながら、私は頷いた。
聞きたいことがたくさんあったはずなのに、いざとなると言葉一つも出てこない自分のことを情けなく思いながら。
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