15 記者会見-2-
「真朝、一緒に帰ろう?」
「……ゴメンっ。
私、保健室に行かなきゃいけないの」
誘ってきた梨音に謝る。
「えー?」
梨音はあからさまに不服そうな顔を見せ、強引に保健室に向かう私についてくる。
保健室では、佐伯先生がコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
「失礼します」
「いらっしゃい。
おや、磯部さんもご一緒に?」
佐伯先生は、朝とはまるで別人のような猫をかぶった穏やかな口調でそう言った。
「はい。
ご一緒させていただきました。どうせ、アイツが来るんでしょう?」
「保健室で大声はいけないな」
カーテンが閉まっているベッドにちらりと目をやって、苦笑してから、リモコンで、保健室の片隅にあるテレビのスイッチを入れた。
そして、ビデオのスイッチもつけた。
「これ、昼のワイドショー」
私はゴクリと生唾をのむ。
場所は、どこかのホテル。
結婚式でも使うであろう煌びやかなカーテンを背に、響哉さんはグレーのスーツを着て一人で立っていた。
カメラのフラッシュの前でも、動じることもなく、むしろ不敵な微笑さえ浮かべている。
「キザな奴」
梨音がぼそりと呟く。
私はと言えば、すっかりその美貌に目を奪われていた。私の見慣れている響哉さんとは、また別の人にさえ見える。手を伸ばしても簡単には届かないような、どこか、遠くの世界の人に。
「Thank you for your coming here.」
響哉さんは淀みない英語でそう切り出した。
『お越し頂きありがとうございます』という字幕が出る。
一瞬、記者たちが息を呑んだのが分かった。
「なんでコイツ、英語喋ってるの?」
梨音が目を丸くする。
そうだよね。
響哉さん、普通に日本語喋れるよね……?
でも、画面の中の響哉さんはそのまま英語で挨拶を続けている。
『突然の来日に驚かれたようですね。お騒がせしてすみません。
久々に長いオフが取れたというだけで、他意はありません。
プライベートですので、今後ともそっとしておいていただければ幸いです』
私の目は、そんな字幕を追っていた。
それから、英語での質疑応答へと移る。
『どうして、日本に来たのですか?』
『プライベートなことなのでお答えできません』
『どうして、長い間日本に来なかったのですか?』
『仕事が忙しかったからです』
『ハリウッドで成功されていらっしゃいますが、ご感想は?』
『皆様のお陰だと思っています』
当たり障りの無い、ありきたりの質疑応答がしばらく続いた。
『恋人や奥様はいらっしゃるのですか?』
一瞬、響哉さんは難しい顔をして、唇を閉じた。
しばらくして、口許に甘いとしか形容できないような、ふわりとした笑いを浮かべる。
それは、よく、私に向かって見せてくれる笑顔でもあった。
そうして、真っ直ぐに、その黒曜石の輝きを帯びた瞳を前に向けて言い放つ。
『もちろん、私には大切な人が居ます。
彼女に迷惑や危害を加えることだけは、おやめ下さい』
なぜかしら。
テレビを見ているだけなのに、耳まで紅く染まっちゃう。
……だって、それって、私のこと……だよね?
「時間ですので、すみません。本日はお忙しい中、ご足労頂き本当にありがとうございました。
今後とも、キョーヤ・スドーをよろしくお願いいたします」
司会をしていた春花さんが、綺麗な声でそう告げた。
「ええ、ちょっと待ってくださいっ」
レポーターたちが色めきたつ。
「Can you speak Japanese?」
(日本語、話せるんですか?)
誰かの問いに、響哉さんが無表情で答える。
「Of course. Yes, I can.」
(もちろん、喋れますよ)
場がざわめく。
だったら日本語で会見しろよ、ということだろうか。
そこで、画面は半ば強引にスタジオに切り替わった。
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