15 記者会見-1-

私は急いで地下の駐車場に向かう。

来客用スペースで、黒のスカイラインGT-Rに乗り、いらつきを隠さない顔で、煙草を銜えているのが佐伯先生だった。


「おはようございます、すみませんっ」


滑り込むように助手席に乗ると、すぐに車を走らせる。


「……で、彼氏は見送ってくれないわけね?」


呆れたように肩を竦めた。


「きょう……須藤さん、記者会見開くのに忙しいようで」


「別に、名前でもいいよ。響哉なんて知り合い、他にいない」


「スミマセン……」


灰皿に煙草を押し付けながら冷たく言われ、私は思わず声を潜めて謝った。


「花宮が謝る必要はない。

 それくらいなら、アイツに謝らせろ。

 相変わらず人使いが荒い奴だ」


「先生の方が先輩なのに?」


一瞬、首を傾げたくなるが、響哉さんがそういうこまやかな人間関係に気を遣わないタイプであっても不思議はないようにも思う。

先生は形の良い目をメガネの奥でほんの一瞬丸くすると、首を横に振った。


「……いや、なんでもない。

 それにしても、よくあんな奴と付き合えるな。

 脅されてるんだったら俺に言えよ、何とかするから」


私は苦笑を隠せない。


「今のところは大丈夫です。

 それにしても、響哉さんがハリウッド俳優だったなんて驚きました」


「アイツの映画、見たことないんだ」


その言葉に、今朝の、女優とのキスシーンが脳裏を過ぎった。


「ええ、まだ」


それはそれで珍しいな、などと一人ごちてから先生は話を続ける。


「アイツ、日本でこそ騒がれてるけど、別にハリウッドムービーで主役やってるってわけじゃないし。

 一人でロスを歩いても、誰にも注目されないんじゃない?」


その言葉には、やっかみも含まれているのかしら、と思うくらい刺々しい言い回しだった。


「じゃあ、どうして朝からワイドショーで騒がれているんですか?」


あまりにもひどい言われようなので、なぜだか私のほうがムキになってしまう。


ん? と、佐伯先生はあざ笑うかのように私を見た。


「数年前、とある映画に出たわけよ。

 もちろん、主役じゃなくて、ありていに言えば当て馬チックな役ね。

 その中で、特に東洋から来た医師が、結婚式中のヒロインを主人公から奪うっていうシーン。

 映画としては使い古されたようなシーンだっていうのに、何故か、ネットかテレビかで、すっごくクローズアップされてさ。……相手役が有名な女優だったからかもしれないけどさ。とにかく、そっからブームに火がついたってわけ」


……今朝、流れていた映画のことだわ、と、私は思う。


「先生は、響哉さんのことが嫌いなんですか?」


あまりにも刺々しい口調に、思わずそう聞いてしまった。


「は?」


ぽかんとした顔で、佐伯先生が私を見た。

ほんの、一瞬。


それから、前を向いて、唇をにやりと歪ませる。


「何?

 好きって言ったら譲ってくれる?」


本気とは思えない戯言は、響哉さんとかけあい漫才をやっているときと、同じトーンだった。


「そういう意味じゃなくて」


私は、ついていけなくて小さな声で丁重にお断りを入れる。

学校に着く直前、死角だと教えてくれた場所で、そっと車から降りた。


だって、有名人に送迎されるのを見られるのもマズいけど、養護教諭に送迎されるのを見られるのも、同じくらいマズい気がするんだもん。


「どうせ、アイツ今日も来るって言ってんだろ?

 記者会見録画して、待っててやるよ」


降りる直前、相変わらずのとっつきづらい口調で佐伯先生が言った。


「放課後までには伺います」


そう言って、私はそっと人気(ひとけ)の無い駐車場に降りた。

そこから、表通りに回れば、何食わぬ顔で登校出来た。


「おはよう、真朝。

 もう、大丈夫?」


先に教室についていた、梨音が心配そうに私のところに来てくれた。


「ありがとう。

 とりあえず、治ったみたい」


「そうー。

 良かったー。

 もしかして、あれ?

 今朝から世間を騒がせているアイツが、真朝に無理難題をふっかけてきてるんじゃないでしょうね?」


声を潜めてそこまで言ってから、あっと小さく声をあげる。


……っていうか、どうして急に赤面してるの?


「ひょっとして、アイツ、真朝のこと、夜通し眠らせてないとか――」


い、いえいえ。

勝手に想像をめぐらせたあげく、握った拳をわなわなさせている梨音!


「ち、違うって、梨音。

 私とあの人、そういう関係じゃないから――」


慌てて、手を振って否定する。


「本当に?

 真朝、アイツに脅されてたりしないよね?」


梨音は疑り深い目で、私を見てくる。

佐伯先生と言い、梨音と言い、響哉さんのことをなんだと思っているのかしら。


「そんなことないよ」


「だぁったらいいけど」


梨音はぷくりと頬を膨らませている。

それから、また何に思いを馳せたのか、やや茶色いショートヘアをふわりと揺らしてにやりと笑った。

良くない悪意をふんだんに含んだ笑顔にも見える。


「ってことは、アイツ、お預け状態なんだっ」


うわぁ、ごっきげん。

極上の笑顔。


「ねぇ、梨音。

 どうして、彼のことそんなに敵対視してるわけ――?」


私の質問に、梨音が険しい視線を向ける。

朝から、百面相ね。


「アイツが私に喧嘩を売ってきたんだもんっ。

 ぜーったいに、一生、根にもつんだからーっ」


拳を握り締めて、仁王立ちしちゃったんですけど。


ね、梨音。

皆がこっちを見てるわよ?


……私の記憶からは綺麗に消えているけれど、昔よほどの何かが二人の間にあったみたいね……。


それにしても、あの二人、一体何があったのかしら。


退屈な世界史の授業を受けながら、私の頭は無意識のうちに過去のことを思い出そうと動き始めていた。


梨音とは、幼稚園のときに知り合った。


響哉さんは……私が生まれる

前から一方的に私のことを知っていたのよね。



なんだか、不思議だわ。

ずーっと、ずーっと、懐いていたのよね、私。


そんな子供同然の私のこと、本当に響哉さんは好きって思ってくれてるのかしら。



……それも、よく考えたら不思議だわ。

でも、嬉しい、かも。


そんな風に、妄想に耽ったり、授業を真面目に聞いたりしているうちに、すぐに放課後がやってきた。


ちなみに、昼休み、一部の女子の間で「スドキョー帰国」の話題が出ていたけれど、私と梨音はそれに気づかないふりで、一緒にお弁当を食べていた。


……それにしても、と、思う。

どこまでも人気なのね。

響哉さんって。



実感が沸かないのは、私が映画を見てないせいなのかしら?

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