第05話 01

『やあ、関口君、久し振りじゃないか。珍しいね、キミのほうから連絡をくれるなんて。一体どういう風の吹き回しだい?』

「…………」

 相変わらずの口ぶりだ。この持って回った言い回し、高校時代から何一つ変わっていない。大学ではどうなのだろう。こいつ――センゴクの被害をいる哀れな人間が、そちらにもいるのだろうか。……いや、今はそんな些事さじいる場合ではない。事態は一刻を争うのだ、余計な話題を振って、延延と長話をされても困る。そうおれは本題に入る。

「なあ、センゴク、じつは今日電話したのには理由わけが――、」

『ああ、なるほど。まあ、関口君が久闊きゅうかつじょするためだけに、わざわざボクに電話するわけはないからね』

「いや、済まない」

『なに、気にすることはないさ。ボクもキミのことは、単なる知人としか見てはいないから、お互い様だよ』

 そうセンゴクは、出典元に馴染みのフレーズを紡ぐ。まあ、おれたち特有の挨拶みたいなものだ、今さら突き放した言い回しに嚙みついても始まらない。(下手に友人面されたほうがよほど不気味……、いや、不鬼魅ぶきみである。)なのでおれは、先を急ぐ。何度も推敲を重ねた概要を、必要充分に情報が行き届き、そしてなおかつ、センゴク本人に興味をいだかれぬ程度に解体したそれを、手短に伝達する。物体に魂が宿った話――それが『自動車』であることは伏せる、万が一のために――そしてそれを見ることができる人の話を、つまんで述べる。そしてある日突然、それが見えなくなってしまったと。その誰かのために――あくまで固有名詞は伝えない――センゴクのを借りたいと、咀嚼そしゃくして告げていた。

「……どうだ、センゴク? お前ので、何とかならないか?」

『…………』

 受話器にきつく耳朶じだを圧しつける。しかし何も答はない。おそらく思惟しい沈潜ちんせんしているのだろう、そう判断し、おれは辛抱強く待機する。センゴクの邪魔にならぬよう、呼吸いきを殺してまで待ち続ける、なあ、関口君、そう彼女から呼ばれるまで。

 なにか良い策があるのかっ、勢い込んでおれは言う。今や頼りになるのは、このセンゴクだけなのだ。……あの晩――“菜子”がいなくなった晩から、もう数日が経過していた。そのかん“彼女”は、一度たりとも姿を現わしてはくれなかった。おれのに映されるは、もっぱら忠節な車輌。乗り手の操縦に従順に対処する、血肉けつにくの通わない機械だった。その現実は、おれを打ちのめしていた。幾ら呼びかけても、応えてはもらえない。あの瞬間――おれが腕のくさび瞬間、“彼女”は文字どおり、昇天してしまったのではないか、そんな妄想に囚われることもだった。そしてそのたびに否定する、まるで考えること自体が罪だとでもいうように。そんなわけない、そんなはずない、絶対また、あの笑顔を見せてくれるに違いないと。しかし、日数ひかずが増すに従って、焦慮しょうりょの念も加速した。日常生活に支障をきたすくらいに。足もとが覚束おぼつかず、不安定に感じる。地面に立っているはずなのに、蹌踉よろけてしまいそうになる。大丈夫? と隣にいた卯月さんに心配されてしまう始末である。(卯月さんとも、関係はまったく以前と変わりはない。お互いが努めてそうしているからだ。)だが何事もなく普段どおりの生活を送っていると、ふとした一瞬、“菜子”の存在を希薄に感じている自分を見いだしていた。あれほど生活の中心に位置していた“彼女”を。薄ら寒いものが背を駈ける。おれはこうやって、ゆっくりと“彼女”のことを、忘れていってしまうのでは――、と。そして散散に悩んだ結果、誠に不本意ながらも、センゴクを頼ることにしていたのだった。

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