第01話 09

「…………」

 どう? 卯月さんが尋ねてくる。茫然と 立ち尽くすおれの変調にも気づかずに。おそらく彼女自身、オープンカーを運転するという、普段ならば決して味わえない特別な刺戟しげきに、いたのだろう。それはお互いにとって、幸いなことだった。おれもまた眼前の光景に、彼女への配慮をまったく怠っていたからだ。

 助手席の“少女”が、無言でおれを仰ぐ。年頃は、おれよりも若干低そうだ。たぶん十五、六といったところだろう。おれ二番目の妹と同じくらいだ。縁の大きな眼鏡をかけている。小さな“彼女”の顔にはそれは少し大きすぎるように見受けられた。そのせいで幼げな印象はより一そう強調されていた。アンバランスさにひとやく買っているのだ。

(…………。)

 いや、そんなのは些末な問題だった。もっと取り上げるべき特徴が、まず第一に挙げるべき特徴が、“彼女”にはあった。……最初に望んだ瞬間から、それとなく感じていた。(……はじめに断わっていくが、こういうのはおれだけではない。男性なら仕方ないはずだ。なので殊更におれが欲求不満をかかえているだとか、そのような早合点は控えてもらいたい。)そう、遠くからでも判った。助手席の“少女”の、肌色部分の多さに。“彼女”はきわめて露出的な恰好をしていた。卯月さんよりも、そしてオープンカーよりも、おれの意識を惹きつけるには充分な、それは“彼女”の装いだった。(このようなときに視力が格段に上昇するのは、何もおれだけではないであろう。オトコたる生き物なら、まず同意してもらえるはずだ。人体とはくも神秘的につくられているのである。)だがこちらへ近づくにつれ、“彼女”が『露出的』では済まされない恰好をしていることが判明した。卯月さんがおれの目の前に横づけしたときには、もはや疑問をはさむ余地は一点もなかった。

 そう、


“彼女”は下着以外、何も身に着けていなかったのだ。


 車体と同色の、上下の女性用のそれ。一瞥しただけなので確かなことは言えなかったが、刺繍の施された品の良い下着だったと思う。妹たちの色気も感じられないそれとは、明らかに異なっていた。おそらく『勝負下着』とは、“彼女”が着けているようなものだろうと、おれは想像力を働かせた。はだけさせた衣服の内側から、このような高級そうな下着が現われたなら、それだけで男性側の気合の入れようも変わろうというものだ。(しかし日常的に使用しているだろう生活感それも、それはそれで良いものだと思う。それはそれ、これはこれである。)

 そして“少女”は、いささかもじらう素振りをみせることなく、均整の取れた美事な肢体を堂々と、全天下へといたのだった。

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