第01話 03

賓客ひんきゃく”として持て囃される毎日も、それはそれで魅惑的だったのだが、しかし己の見聞を広める絶好の機会である。それを逸するのは、何やら大きな損失のような気がした。(以前のおれは、もうすこし安定志向の性格だったと記憶している。間違っても、進んで火中の栗を拾おうなどとは考えなかったはずだ。それもこれも、センゴクのせいだ。気づかぬうちに、向こう見ずなあいつの気質が伝染うつってしまったに違いない。典型的な“踊る阿呆”であるセンゴクと似てしまったとは、痛恨の極みである。)なので級友の、歓迎会を開きたいのだけど、場所がないから、おれの家を会場として提供してほしいという、いささか非常識な申し出に、快諾で応えていた。取り壊すのが面倒だと放置されていた木造住宅は、実家よりも、よほど広かった。おれが使用しているのは一階のふた部屋だけで、それ以外の部屋――二階を含む――はまったくの手つかずだった。六万円という破格値で住まわせてもらっている身としては、少しは地元民に還元しないと据わりが悪いというものである。(え、六万って、そんなに安くないじゃんと思われたあなた、だがちょっと待ってほしい。六万円というのは、一ヶ月の家賃ではなく、一年分の家賃なのだ。……固定資産税の分だけ頂ければ充分との、悠々自適の老夫婦のご厚意と、これまたすでに楽隠居の相を覗かせる不動産屋さんの男性――それはここではまったく需要のない、不動産業などというものを営んでいる時点で推して知るべしである――のご厚意に甘えた結果であるが、(といっても、最初に呈示された額は、なんと三万円だった。両親はリアルにお茶を噴いた。)それにしても信じられない。扶養家族のおれでさえも、相場より全然安いと即断できるレヴェルだ。ととられても、反論の余地はないであろう。)

 そのような経緯を経て、わが家は大学の友人たちの溜まり場となっていった。そう、通学できる距離に住んでいる友人たちにとって、気軽につどえる空間というものは、何にもまして得がたいものだったのだ。なるほど実家住まいでは、なかなか人を呼びにくいだろうし、逆に気兼ねせずにおとなうことも難しいだろう。実際自分の中学、高校時代もそうだった。だがおれの実家周辺には、終日開いている店など、いうらでも、それこそ掃いて捨てるほどにあった。どこかで寄り集まることは、それほどの難事ではなかった。ファミリーレストラン、ファーストフード店、カラオケボックス、漫画喫茶など、受け容れ口は数え上げれば指が足りなくなるくらいだ。――だが、だがである。それら商業施設の、そのすべてが、ここにはなかった。陽が沈んだあとも皓皓こうこうと人工的な光を放っている場所といえば、近隣住民の生活を一手に担っている大型ショッピングセンターと、コンヴィニエンス・ストアくらいなものだった。だが前者は日付が変わる前には閉店してしまうし、かといって大学生にもなってコンヴィニで時間をつぶすのも情けない。年齢相応の自由と、そして金銭的な余裕を具えていながらも、肝腎の場所がなかったのだ。……皆あそびたい年頃である。身体的、精神的エネルギーは、あり余っていた。しかし発散しようにも、それを向ける場所がない。身裡みうちそれを、皆もて余していたのだ。大学生という新たな肩書きを手に入れながらも、反してすぎる毎日は今までと何ら変わりはない。それでは面白くないと感じるのは当然すぎるといえるだろう。

 そんな折、友人たちは耳にしたのだ。県外からこの大学に通おうという、奇特な人の噂を。それだけではない、なんと家を借りて、独り住まいをするらしいと。……その風聞は、まるで伝染病のごとくに広まった。噂は錯綜し、混線し、迷走した。百花繚乱な風体ふうたいが咲き乱れた。ある噂では、おれは療養として越してきた、難病をかかえる儚げな青年であったし、またある噂では、おれは世間体をとある事情により、こちらに越さざるを得なくなった、そんな向こう脛に傷のある人間であったらしい。種種様様な背景が創作され、流布された。同じ試験会場にいたのだし、一人くらいはおれのことおぼえてくれていても良さそうなものだったが、まあ試験問題を解くことで精いっぱいだったのだろう。くいうおれも、前後左右の人ですら憶えていなかったので、他人ひとのことは言えない。そうやっておれは、皆の期待を一身に浴びて、入学式を迎えたのだった。(このときには、おれの風貌、独居する家の場所などは、子細にわたるまで知られていた。数日前の引っ越しの際、足りない必需品を買い出しに出かけたのだが、そこを起爆点として広がったようだ。なんでも、日常風景から相当に浮いていたらしい。隣接している市町村から通学してくる学生も、厳密にいえば大学がある市からすれば“他所者よそもの”のはずなのに、彼らはそれほど目立たない。普通に馴染んで見えるらしい。対してこのおれはというと、明らかに異彩を放っていたという。どのあたりがと問うても、何となくとしか答えが返ってこなかったが、それでも一瞥して区別できたそうだ。田舎の連帯感、恐るべしといったところである。)

 これはのちほど聴いたのだが、友人たちは予測どおり、闖入者であるおれに対して期待を寄せ、また一方では身構えていたそうだ。なのでおれが、快く門戸を開き、招いてくれたことに、いたく感激したという。彼らは彼らで、都会の人間に対する偏見を、人づきあいを嫌い、淡泊な交友関係を好む、そんな人間像をいだいていた。だがそれは、良い意味で裏切られた。予想に反して来訪者は、人見知りをしない、付き合い易そうな人柄を具えていて、本当に良かったと、皆は感想を述べていった。おれはおれで、仲間外れにされてしまわぬか気を揉んでいたのだから、お互い様だ。すぎたことは水に流そう。……さて、随分と遠回りをしてしまったのだが、入学初日以来、おれの家に客が絶えた日はない。必ずがいる。おれのプライヴェートは、皆無も同然だ。しかしおれはまったく気にならなかったし、疲れていたら放置して、自室に戻ってしまっても問題ない。みな騒ぐだけ騒いで、満足したら勝手に帰っていく。いちいちとするから、気疲れしてしまうのだ。肩のを抜いて、ほどほどの加減で付き合うことが、関係が長持ちする秘訣だろう。皆もそれは承知していたし、また最大限の配慮を示してくれた。おれ自身としては、皆が来てくれること自体に喜びを見いだす性質たちなので、それ以上は特に求めていなかったのだが、友人たちは大変に感謝を示してくれた。例えば、食事である。みな家に来る際は、何かしら食料を携えてくる。それは米や野菜など、家の畑でれたものや、または店で買った具材などだ。そして夕食を振る舞ってくれる。これは本当に助かった。料理などとしたことがなく、総菜や弁当を買って暮らすだろうと考えていたのだが、期せずしてこうして温かな手料理をになることができていた。どうせ使わないでしょと半ば諦め顔で、それでも両親に一式そろえてもらった調理器具は、すっかり活躍の場を与えられていた。台所など、もうおれより女友達のほうが詳しいくらいだ。卯月さんに至っては、もはや通い妻みたいな貫禄である。

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