54皿目 海。

 熱川までは電車に乗って行く。東海道線で熱海まで行き、そこから下田行きに乗り換える。行きはあえて各駅停車を選んだ。ゆっくり景色を見たり、いろんな駅に止まったり、乗換えたり、それも旅行の楽しみのひとつだと思ったからだ。

 湘南茅ヶ崎を過ぎた頃、窓から海が見え始めた。

「ねぇ!母さん!海だよ!」

 花子は、これまで何度か海を見てきたが、列車の窓から見える太平洋の雄大な眺めに興奮を隠せなかった。そして、もうすぐ体験できる海水浴に心を弾ませた。

「海中メガネで何が見えるかなぁ」

 今回、シュノーケル付きの海中メガネをひとつだけ購入した。二つだと荷物がかさばるからだ。交代で仲良く使うことを約束させた。後に、このメガネが私たちに大自然の奇跡を教えてくれる事になるとは、この時、想像もできなかった。

 途中、乗り継ぎの時にバタバタしたが、予定通りに伊豆熱川駅に到着した。予約した旅館は、地図にあるとおり、駅のすぐ側にあり、熱川の川沿いに立っていた。立派な玄関に趣のある日本建築は、歴史を感じさせ、私たちのような庶民には場違いのような印象を与えた。それは、想像よりも素敵な旅館だった。予め、早めの到着を伝えていたので、荷物を預けて着替えを済ませ、早速海に向かった。

 熱川のビーチはこじんまりとしていて人出もそれほど多くはなかった。私たちはビーチの防波堤寄り、海の家のすぐ前に、パラソルを借りて陣取った。子供達はうずうずしている。

 たくさんの子供達が海水浴を楽しんでいる姿を見て、いてもたってもいられなくなったようだ。私がレジャーシートなどを広げる間に、ふたりは浮き輪を膨らました。落ちにくい日焼け止めを塗り、ようやく許可をだした。

「行って来ていいよ。但し、必ず浮き輪に入っているんだぞ!」

「はい!」

 昨日注意したこともあり、素直に返事をした。太郎がいそいで海中メガネを頭に乗せた。そして、海に向かって勢い良く駆け出した。しかし、3秒で戻って来た。

「あっちぃ!!!」

 サンダルを脱いで、裸足で駆け出したのだ。

 ほらな。大自然を甘くみるからだ。灼熱の太陽は、砂浜をまるでフライパンのように熱くする。身をもって覚えたな。ちょっとでも油断しようものなら、自然の驚異は容赦なくおまえの身に襲いかかってくるんだぞ。

 太郎はサンダルを履いて再び波に向かって駆け出した。

「波にきをつけるんだぞぉ!」

 私は太郎の背中にむかって叫んだ。しかし、それは太郎の耳には届いていないようだった。そして、30秒後、太郎がまた戻って来た。

「うへぇ!すっごく!しょっぱいんだけど!!!!」

 ほらな。また油断したんだろう。海水はプールの水とは違う。ミネラルをたっぷり含んでるんだ。それが自然というものだ。用心を怠るなよ。

 その後、妻の身体にもオイルを塗り、私も特大の浮き輪を膨らまして、子ども達に合流した。防波堤の付近は波もほとんどなく比較的安全に思えた。ここなら大丈夫だろう。あたりに人もいるし、ライフセーバーのお兄さんがすぐ近くで目を光らせている。子供達は、この数分間で2度も自然の驚異にさらされた。これからは、慎重に行動するだろう。

 私は旅館にチェックインを済ませる為、ひとり砂浜を後にした。

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