53皿目 規律。

 伊豆熱川温泉への2泊3日の旅行の前日、私は子供達に大きなカミナリを落とした。

 このところ、子供達の勝手な行動が目立ち始め、言うことを聞かなくなって来ていた。特に、妻が注意しても、ぐずぐずしているだけで、本気で怒られるまでは行動に移そうとはしなくなっていた。今回の旅行はディズニーランドとは訳が違う。海水浴に昆虫採集と、大自然の営みの中に身を置くのだ。不注意や、浮かれた行動から大きな事故が発生することも充分に予想できた。

 出発前に規律を取り戻さなければならない。

 私の心配は当然のことと思えた。

 旅行の荷物を準備し終えた頃、子供達が兄妹喧嘩を始めた。きっかけはいつもくだらない。私はすぐに仲直りするように命じた。

 「やめなさい」興奮状態から、すぐに仲直りできるとは思っていなかった。少し時間をおいてから改めて注意した。「喧嘩を止めないと、明日、連れてかないよ」

 二人の取っ組み合いが止まった。しかし、お互い牽制し合い、手を離そうとはせず、服を掴んだままの時間がしばらく過ぎた。頃合いを見計らい、もう一度伝えた。

「そんなんじゃ、旅行に連れて行かないからな」本気である事を知らしめるため、口調を強めた。私は二人に父の本気が伝わるのを待った。ようやく手を離そうとしはじめた二人。どっちが先に折れるのか見ていた。太郎が花子を乱暴に突き飛ばすようにして、手を引きはがした。その行為が、落ち着きを取り戻そうとしていた二人の感情に再び火をつけた。今にも、取っ組み合いが再燃しそうだった。私は心を決めた。

「もう、連れてかない」決定事項である事を理解させるように告げた。

 花子が泣き出した。太郎はまだ興奮が残っている。

「いいな!わかったな!父さんの言うことが聞けないんじゃ連れてかないから!」

 太郎が頷いた。

「よし!太郎は置いてく。花子は!?」

 花子は泣きながら、父の気持ちを変えようと試みた。

「花ちゃん、連れてって。」

「だめだ!」

「うわ〜ん」

「よし。じゃこっちへ来い!」

 私は花子をリビングに呼び、私の前に正座させた。

「行きたいなら、ちゃんと反省しろ!」

「ごめんなさい。言うこと聞きます」

 花子は泣きながら謝り、手を膝の前につき、頭を足れた。それは土下座と呼ばれる謝罪の形だ。これに妻が口を挟んだ。

「あなた!やりすぎよ!」

「うるさい!こうでもしないと旅行先でグズグズ言い放題になっちゃうぞ!」

「それでも、土下座はないでしょう!」

 妻は引かなかった。

 花子はきちんと自分の非を認めた。連れて行こう。しかし太郎はまだだ。

「太郎!おまえはどうするんだ!」

 父の凄い剣幕に圧倒され、恐怖におののき、前に踏み出せずにいた。ぶたれるのが怖かったのだ。

「よし。おまえは連れて行かない。もう、寝ろ!」私は突き放した。しばらくたって、妻が思いを口にした。

「本当に連れて行かないの?」

 そんなわけはない。連れて行くつもりだが、その為には越えなければならないハードルがあった。

「やりすぎじゃない?」

「これでいい」

 太郎はこの時、眠れぬ夜を過ごしていた。


 一時間ほど過ぎてから、太郎が母に促されて、リビングにやって来た。そして、か細い声でなにやら謝罪の言葉を口にした。

「連れていってほしいのか?」私は聞いた。

「うん」太郎が小さく返事をした。

「なら、ここへ来て、土下座をしろ。花子はしたぞ。おまえにできるのか?」

 それは、ぶたれるのを覚悟して座れという意味である事は、お互いが理解していた。太郎にそのハードルは高過ぎた。足がすくみ動けなかったのだ。

「根性なし。もう寝ろ」

 そう言って、再び太郎を突き放した。妻はあきれた顔して私をみた。その夜、太郎は夜中まで苦しんだ。


 翌朝、起きてから、身繕いを始めた。忘れ物がないか最終チェックをしている時になって、太郎が泣きながら私を捕まえた。

「ちゃんと謝るから、話を聞いて」

「よし、じゃぁそこに座れ」

 太郎は私の前に正座して、頭を足れた。

「ごめんなさい。ちゃんと言うことを聞きます」

「太郎。父さんがなんで怒っているのかわかるか?」

「注意されて、言うことを聞けないと、あぶないから」

 昨夜、母から私の怒りの根本的な要素を聞かされていたのだ。

「そうだ。昨日の夜は苦しかったろう?」

「うん」

「もし、海で溺れたら、もっと苦しいんだぞ。父さんが注意しても、おまえがそれに耳を傾けないのなら、事故はおこるぞ」

「ごめんなさい」

「クワガタを取りに行く時は、夜、山に登るんだぞ。浮かれた行動をして、もし崖から落っこちたら、父さんにぶたれるよりももっと痛いんだぞ」

「ごめんなさい」

「やりたい事は楽しくやらせてやる。でもな、注意した時はすぐに言うことを聞け。でないと、なんにもやらせてやれなくなる。わかったな?」

「わかりました」

「よし、じゃぁすぐに支度しろ」

 心配そうに見ていた妻にも私の思いが伝わったようだ。やりすぎぐらいで丁度良いのだ。海での事故で毎年、小さな子供が犠牲になっている。そんな災難が我が家に降り掛からない保証などどこにもないのだから。

 こうして、あかわいん家の2泊3日の家族旅行が始った。

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