50皿目 緊張。

 妻が新しい仕事探しを始めて数週間が過ぎた。なかなか見つからなかったが、この際だから、妥協せずにいい所を探そうと提案した。そして、見つけたあるイタリアン。ネットで評判をチェックして、面接を申し込んだ。

 面接当日、妻は朝から落ち着きがなかった。そわそわとして、心配ごとを口にしている。

「年齢だいじょうぶかな?」

「イタリアンの経験は10年近くあるんだし、大丈夫だよ」私は安心させるように言った。

「子供いても平気かな?」次なる不安を口にした。

「募集広告には『主婦歓迎!』と書いてある。心配ないよ」

 けれども、妻の緊張は高まるばかり。裏を返せば、それだけそのお店を気に入っているのだろう。妻は面接を申し込む前に、こっそりそのお店を下見していたのだ。

 家を出る時間が迫って来た。「変じゃない?」服や髪型を気にし始めた。バッグを開けては履歴書の入った封筒を持ったかどうか何度も確認した。そして、時計を気にし始めた。

 こりゃ相当緊張しているな。大丈夫かな?私まで不安になってきた。なぜなら、私はこれまでに、何百人ものアルバイトの面接を行って来た。そして、接客業にふさわしいかどうかを面接で見極めるコツを身につけて来た。しかし、今の妻の精神状態では、いい印象を与えられるか心配だったのだ。

 この日、私は仕事が休みで、先日購入したスーツの寸法直しが仕上がる日。日比谷まで行くのだが、妻の様子が心配だったので、家をでる時間を合わせた。電車に乗った。私はずっと先まで乗るが、妻の降りる駅は二つ目。約4分。それまでに、できる限りのアドバイスをしようと思った。

「きちんと挨拶するんだよ」

「うん」

「それから、正直に話した方がいいよ」

「なにを?」

って最初に言うんだ」

 この一言が、面接官に好印象を与えることができると、私は経験から知っていた。正直に話せるというのは、チームワークで仕事を進める上で、とても大切な要素だからだ。

 「わかった」妻はそう呟くと下を向いた。また、鞄を開けて、封筒をチェックした。

 本当にわかっているのだろうか?大丈夫だろうか?そわそわしすぎている。もうすぐ降りる駅に着く。なんとかリラックスさせる方法はないだろうか?残された時間は、あと数十秒しかない。その短い間に妻を笑わせることができたなら・・・私は思案した。電車が駅のホームに差しかかった。あと数秒。私は思いついた一言を口にした。

「一緒に付いていってあげようか?」

『ツマコン』モード全開のその台詞。妻の口元に、かすかな笑みを浮かべることに成功した。

「旦那が面接に付いてくるなんて、ありえないよ・・・」

 そう言いながら、小さな笑顔を残して、電車を降りていった。

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