44皿目 一時間。
「お父さん、今日は何時に起きる?」
夜勤があけて帰宅した日曜日の朝、花子に聞かれた。
「3時半ころかな」
花子の質問には何か含みがあるようだった。
「じゃぁ、3時頃からつくればいいかな?」そう言って、母に目配せをした。
先日、花子の誕生日に購入したアイスクリームマシン。流行りのクッキングトイだ。調理機器とは言えないものの、おもちゃとしては、充分な品質をもっている。初回の作成が上手くいったようで、次なるレシピの実験台を求めていたようだ。
「30分もかかるの?」妻に聞いた。
「結構、手間なのよ」
塩水の特性を利用してアイスクリームを作るそのおもちゃ。固まらせる工程は手動で行われる。氷水に塩を振り掛けて温度を下げ、その上に熱伝導効率の良いアルミのプレートをはめる。そのプレートの上に、牛乳などで作った溶液を少しずつ垂らし、混ぜながら凍らせるのだ。私はチョコアイスをリクエストして眠りについた。
午後3時すぎ、太郎の声で目が覚めた。
「全然、固まらないじゃん!ねぇ母さん!トロトロだよ」
私は寝ぼけていたが、太郎が何を騒いでいるのかすぐにわかった。アイスクリーム作りがうまくいっていないのだ。のそのそと起き出して、状況を確かめた。花子がアルミプレートを回している。その上に垂らされた液体は、ココア色を保ったままプレートの傾くままに動いている。妻と花子が四苦八苦しながら、回したり、かき混ぜたりしているが、一向に固まる気配はない。何がいけないのか?私にはこれまでの経験から、いくつかの問題点がわかった。
①アルミプレートと氷水の接地面積が少ない。氷の突起がアルミプレートを押し上げているので、その表面積に対して接点が少なすぎるのだ。
②糖度の高い液体は固まりにくい。おそらくチョコソースを入れすぎたのだ。
「前に作った時は、プレートがもっとキンキンに冷えたのになぁ」妻がプレートを触りながら、不思議そうに呟いた。アドバイスをしようかと迷った。結局、思いとどまったその時、妻が太郎に命じた。
「太郎!窓を開けて!」
えっ?窓?風通しをよくした所でプレートの温度は下がらないよ。
「少し牛乳を足して、糖度を下げた方がいいよ」私は我慢しきれずに助言を施した。しかし、待てども暮らせどもアイスクリームは固まらない。もう4時をまわった。あと30分もすれば、私は仕事に出なければならない。それまでに完成するのだろうか?
コーヒーの準備はできている。私の出勤の支度も済んだ。あとはアイスクリームだけだ。
4時15分をまわった。もう、だめかも。私は諦めて、さらに助言を加えた。
「少し、水を足して氷を浮かせてみれば?あと、塩をもっと振るんだ」
言われた通りに、水位をあげて、塩をどっさり氷水に加えた。すると、ココア色の液体が見る見る凍りはじめた。花子が歓声をあげた。
「やったぁ!固まりはじめたよ!」
よかった。
花子は、少しずつ溶液を入れては、固まりを大きくして、ヘラでこねた。ようやく、ひと塊のアイスができた。妻がガラスの器を用意して、アイスを入れ、その上にチョコスプレーをトッピングした。
「パパァ!おまたせ!さぁどうぞ!」
一時間以上におよぶ格闘の末完成したアイスクリーム。
おつかれ、花子。そして、頂きます。
私はドキドキしながら、スプーンですくって口に運んだ。想像していたよりも美味しい。チョコソフトクリーム。甘さ控えめ。口の中でふんわり溶けるそれは、まさしく努力の結晶だ。私は素直に感想を述べた。
「美味しいよ!花子!凄く美味しいよ!」
「ホント!?じゃぁ・・ひゃくえんね!」
・・・・・
あ〜。商売はじめたんだ。しかも、一時間待ち。ディズニーランドも真っ青だな。だけど、それじゃ赤字だぞ。
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