43皿目 シンクロナイズドショッピング。
太郎がリビングの脇にある戸棚の中を物色しはじめた。そこには、おやつとして、チョコやせんべいが常備されている。あれこれと取り出しては、ぶつぶつと文句を並べ立てた。そして、なかば妥協をしたように呟いた。
「これでいいか・・・」
妻が尋ねた。「何がいいの?」
「明日の遠足に持っていくお菓子だよ」
遠足には200円分のおやつが許されている。それを、太郎は家に常備されているもので賄おうとしているようだ。
「だって、お金ねぇもん」
太郎は花子と違って、浪費する。お小遣いは、もうすでになくなっているのだ。母が助け舟をだした。
「遠足のおやつでしょう?お母さんがお金をあげるから」
「ほんとう!」嬉しそうにしながら、取り出したお菓子を戸棚に戻した。
太郎は200円を手にするやいなや、近所の駄菓子屋に足を向けた。妻も太郎の後を追うようにスーパーに買い物に出かけた。しばらくして、二人がほぼ同時に戻ってきた。食卓に駄菓子を広げる太郎。冷蔵庫に食材をしまう妻。その時、唐突に妻が大声をあげた。
「あ〜!味噌買ってくるの忘れた!太郎!買ってきて!」
二人とも、つい先ほど帰って来たばかりだ。太郎はあからさまに面倒くさそうな表情をしたが、200円を貰った手前、母の頼みを無下に断ることもできない。
「みそぉ?わかったよぉ。いつもの?」
妻が財布からお金を取り出しながら、太郎に説明を始めた。
「いつものと違うのよ。特売のがあるから。それ買ってきて」
確かに、味噌はまだ冷蔵庫に残っていた。焦って買う必要もないのだが、物価の上昇が著しいこのごろ、安い時に必需品を買っておこうという妻の気持ちもわからないではなかった。二人はリビングのソファに座り、スーパーの配置について語りはじめた。
「ここが肉売り場でしょう?」太郎が言う。
「そうそう。で、この列に乾物があるでしょう」
「いつもの味噌はこっちだよね」
「でも、今日は違うの、別の場所に特売品があるのよ」
「どこ?」
「このソースとか売ってる列の端よ」
「え?ソースってここだっけ?」テーブルの上に指を置き、場所を示す。
「違うわよ、ここ!」妻が指を差し返す。
もちろん、そこには図面などある筈もなく、最初に出てきた肉売り場が基準となって、およその位置関係を示しているのだ。
「そこ?ってことは、この辺がお菓子売り場?」
「違うわよ、お菓子はこっち」
その口調には不安な様子が伺えた。妻が頭の中に描いている図面と、太郎が描いているそれとは、明らかに喰い違っていた。妻は念入りに説明を始めた。太郎は間違ってはいけないという思いから、集中して母の説明に耳を傾けた。
「こっから入るでしょう。そしてここを曲がって、こう行って、ここよ」
「ってことは、こっちが肉売り場だよね」話が最初に戻った。
「そうそう、で、ここが乾物」
入口からの説明が功を奏した。二人の頭の中の図面がコーヒーテーブルの上で一致しはじめた。スムーズな展開に妻の表情も安心したものになった。
「つまり、こっちがあれで!ここがあれだね!」
「そうよ!こっちがそれで、ここがそれよ!」
「で、みそはここにあるんだね!」
「そうそう、安売りしているの!」
バーチャルが完全にシンクロした瞬間だった。太郎の口ぶりからは、母との同調に成功した喜びが感じ取れた。妻の頷きには、興奮が見て取れる。いまや、コーヒーテーブルの上には、二人にしか見えないスーパーの図面が広げられていた。それは、ふたりのせかい。
おめでとう。よかったな。シンクロできて。同調の喜びは充分に堪能したかい?それはそれは、楽しいひと時だったろう。しかし・・・完全なシンクロに至るまで、約10分を要した。知っていると思うが・・・うちからスーパーまでは、直線距離にして20メートル。ベランダから顔を出せば、眼下にその全容が見られる。往復5分もかからんぞ。
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