41皿目 ハンドメイド。
夕方、帰宅した妻が、鞄を置くなりソファに、ドスンと身体を預けた。その仕草から、この日の仕事がハードだったことが伺えた。いつもなら、やかんに火をかけ、珈琲とおやつの準備をしてくれるのだが、今日は、私がすべきと判断し腰をあげた。そこへ、太郎が帰って来た。先に帰宅している母をみて喜んだ。
「あっ!お母さん!帰ってたの!」太郎は母が大好きなのだ。
妻は『おかえり』を言わなかった。そのかわりに、「ねぇ、肩揉んでよ」と、ぶっきらぼうに命令した。
随分、愛想がないな。そう思った。たとえ、自分の子どもであろうとも、何かお願い事をする時はもっと丁寧に行うべきだ。注意しようかとも思った。しかしなにより合点がいかないのは、妻の肩を揉むのは私の役目ではないのか。太郎に頼まずとも、私に頼めばいい。凝りのツボだって熟知している。それなのに。なぜだ。
「わかったぁ!」
太郎は嬉しそうに返事をしてから、ランドセルを置きに廊下を戻った。妻がソファから身を起こし、ドレッサーに歩み寄り、何かを手にすると再びリビングへ戻り、太郎が肩を揉みやすいように、床に腰をおろした。妻の様子を心配気に見ている私の視線に気づいたのか、言い訳をするように口を開いた。
「最近、太郎の握力が強くなって、上手になってきたのよ」
つまり、こうだ。このところ、太郎によく肩を揉ませている。それは、私の知らない所でだ。妻の言い訳から察するに、肩揉みのコツを相当指導したと思われる。それは、スパルタ教育だったに違いない。そして、太郎は見事にその期待に応え、母を満足させるにまで上達したようだ。かすかだが、嫉妬の火が、私の心に灯った。
部屋から戻ってきた太郎に、先程、ドレッサーから取ってきた物を渡し、肩揉みが始った。
「あ〜そうそう。いいねぇ。そこそこ。気持ちいいわぁ。太郎、上手になったねぇ」
母を喜ばせることに成功した太郎はご満悦の表情。妻もとても気持ちよさげに身体を預けている。嫉妬の炎が一気に火力を増した。
たしかに最近の私は手を抜いていたかもしれない。テレビを見ながら、肩を揉んだりしていたからだ。妻は、口には出さなかったが、内心「もっと真剣にやってよ!」と、思っていたのかもしれない。しかしだ、それにしても私の方が上手いに決まってる。
私は二人を観察した。それは、よくある親孝行のシーンではあるのだが、なぜかすっきりしない。その原因が私の嫉妬心にあることは間違いない。しかし、それだけでは納得できないものがあった。妻は何故、帰って来るなり、私に肩揉みを依頼しなかったのか?妻は何故、太郎が帰って来るのを待っていたのか?そんな事を考えていると、ある事に気づいた。肩揉みを始める前に、妻が太郎に何かを渡していた。あれはなんだろう?紙切れのようなものだった。視線をさまよわせると、それが食卓の上に置かれているのに気づいた。私は近寄り、それを確認した。
なるほど。うまくやったな太郎。古典的なものだが、効果は絶大のようだ。わざわざ、おまえの帰りを待つほどだからな。すっきりしない理由がわかった。
ドレッサーを見に行った。化粧品の瓶の横に、同じ物があと2枚残っていた。ご丁寧に手のひらのイラストが描かれている。ラッキー!ハッピー!お得感満載のデザインだ。ハンドメイドのその『肩揉み券』は、印刷物とは違って、愛情が感じられた。一枚、一枚、丁寧に、一生懸命に描いたのがわかる。私はそれを見て、すぐさま行動に移した。鉛筆を手に取り、『全身マッサージ券』を作るのにふさわしい紙がないか、あたりを見回した。
なかなか、いい紙がみつからなかった。
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