40皿目 役割。

 過去4回の来園に比べて、この5回目は入場ゲートに一番近い所に並んだ。ゲートから10メートルと離れていない。理由は、最近走りはじめた路線バスの始発時刻が早まった為だ。これまでよりも、30分近く早く到着したのだ。

 ここならば、開門ダッシュして、人気のランチショーの予約が取れるだろう。しかし、油断は禁物だった。私はまわりを見渡して、強そうなお父さんのいる家族を観察した。予め、ライバルをチェックしておこうと思ったのだ。開園時刻の8時半まではまだ一時間近くある。あちらこちらで、園内マップを広げながら、開門後の計画を立てている。すぐ前の家族の話し声が聞こえた。

「11時50分の回がベストよ。わかった?パパ?」それは、まぎれもなくリロ&スティッチのランチショーの時間だ。「あたし達は、ファストパスを取りに行くからね」役割分担をしっかりと立てていた。この家族は強敵だと感じた。子ども達が大きいので、ケータイ片手に戦力として動き回れるからだ。それに比べて、我あかわいん家の中で、機動力を発揮できるのは私だけだ。厳しい戦いになりそうな予感がした。

 開門まであと10分と迫った頃、前に並んで待つ人たちが、ざわつきはじめた。見ると、ディズニーキャラクター達がゲートの向こうで、こちらに向かって手を振っている。ミニーが見えた。花子が興奮を隠さず言った。

「うわー!入ったらミニーと写真を撮る!」

 それは、つまり、父抜きで写るということだ。まぁいい。私の目下の敵は、すぐ前に立つ、半袖Tシャツを着た健康そうなお父さんだ。

 いよいよ、ゲートが開こうとしていた。お目当てのランチショーは開門から5分で完売となる。正確には、5分後には受付待ちの長蛇の列ができていて、その後ろに並んでも、席は無くなっているのだ。ゲートから予約受付窓口までは、ダッシュしても約2分かかる。したがって、開門から3分以内にゲートを抜けなければならない。一人ずつしか通れないゲートに対して、4列の待ちがあり、そんなゲートが扇状に十数カ所ある。私の所まで、ざっと30人。3分で抜けられるか微妙だった。時間がかかってしまった場合は、走る速度でカバーしなけらばならないのだ。

 開いた。気がせく。そんな時ほど、遅々として進んでいないように感じる。『見ている鍋は煮え立たない』と言うヤツだ。たくさんの人たちがゲートを抜けて、東の方面へ走って行くのが見えた。焦りがつのった。やっと私の番が来た。ガチャン。抜けた。私は駆け出した。朝の空気が冷たく感じた。

 ワールドバザールを抜けると、たくさんの人たちが同じ方向を目指して走っていた。みな、お目当ては同じだ。私は、中年のおばさんを抜き去り、次に、数メートル前を走る頭の薄くなったおじさんを射程に捕らえた。しかし、視界の中に半袖Tシャツのお父さんがいないのが気がかりだった。はるか先を走っているのか?それとも、私の知らないルートを走っているのか?そんな疑問が頭をよぎった。その時だった。

 タッタッタッ!

 後方から軽快な足取りで走る足音が聞こえてきた。よく日に焼けたおじさんが、私をあっと言う間に抜き去った。さらに、若い男性が、私を追い抜いて行った。私はスピードを上げようと試みた。しかし、ふたりとの距離は縮まろうとはしなかった。悔しかった。負けたくなかった。私は足にむち打つように力をいれた。その瞬間、右膝が悲鳴をあげた。力が入らなくなった。ふたりの背中が遠のいていく。かれらの軽快な足音も聞こえなくなった。小さくなるふたりの背中。そして、カーブの向こうに消えた。私は、開門ダッシュで負けるのか。敗北を味わうのか。作戦もだめ。ルートもだめ。身体能力でも劣った。戦う相手は、敵ではなく自分自身だったことに気がついた。

 膝の痛みが増してきた。涙がでてきた。涙の中に、太郎と花子のがっかりする顔が浮かんでは消えた。

 がんばれ!あきらめるな!あ〜神様!

 これまで、幾度も私を危機から救ってくれた『精神論』と『祈り』にすがるよりなかった。

 ふたりが消えたカーブに差しかかった。もうびっこを引いたような足取りになっていた。曲がり切った。ゴールが見えた。行列ができている。スタッフが身振りを加えながら、大きな声で叫んでいる。

「ランチショーを予約の方は右側へ並んで下さい!」

 まだいける!並べと言っているうちは大丈夫だ!後ろを振り返ると、半袖Tシャツのお父さんがヨタヨタと走っていた。いつの間にか、私の方が前にいたのだ。苦しそうな表情で、息もあがっていた。彼も必死なんだ。私は前を向き、最後の力を振り絞りスパートをかけた。

 行列の最後方に取りついた。スタッフが笑顔で出迎えてくれた。その笑みは、私が自分との戦いに勝った事を教えてくれた。最後まで諦めなかった。

 息を整えるため大きく深呼吸しているとケータイが鳴った。妻からだった。勝利を伝えるのだ。

「ほひほひぃ」

「ねぇ!こっちはもうすぐ、ミニーと写真を撮る順番がまわってくるよ!そっちはどう!?」

「らんとか、間に合ったよ」

「ほんとに!?やったぁ!ありがとう!」

 こうして、長い一日がはじまった。

 およそ13時間がすぎるまで、私はしっかりと役回りを全うした。


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