34皿目 書き初め。

 冬休みの宿題のひとつに書き初めがあった。始業式の前日に思い出し、太郎はあわてて習字セットを取り出した。道具はなんとか揃っているようだった。しかし、半紙が残りあと1枚。母に買ってきなさいと言われたが、太郎は言うことを聞かなかった。

「1枚あれば大丈夫」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。失敗したらどうすんの!」

「おれ失敗しないよ」

 太郎は書き初めの準備を始めた。子供部屋の床に新聞紙を広げ、縦長の半紙を敷いた。文鎮を置き、すずりに墨汁を入れて、大筆を取り出した。大きく息を吸い込んでから、書き始めた。

 えい!や!

 力強い筆さばきが半紙の上を踊った。書き上げたのは平仮名で『つよい』だった。

 出来映えはその言葉どおり力強く、躍動感のある素晴らしいものだった。一発で決めるとは大したもんだ。

 「上手だな」満足げな顔をして作品をみつめる太郎に言った。

 ただ、それは均整のとれた書ではない。どちらかと言うとアンバランスな仕上がり。しかし、それを補って余ある躍動感と、力強さが表現されている。上手だといったのは決してお世辞ではなかった。本心から、なかなかやるじゃないかと思ったのだ。

 太郎は乾くの待つ間に、筆やすずりを洗いはじめた。どことなくご機嫌な様子。上手に書けたこともあるが、母の忠告に対して、宣言した通り一発で決めたことが嬉しかったのだろう。道具はもう必要ない。太郎は洗い終わった筆やすずりをきちんと片付けた。次の行動は、母に作品を見せることだった。褒めてもらい、自慢したかったのだ。

 太郎が半紙の端っこをそっとつかみ、持ち上げたその時、たっぷりと墨汁を吸ったその薄っぺらい紙は、いとも簡単に、音もなく、まっぷたつに破れてしまった。

 息子の手からだらんとぶら下がる半紙。信じられない思いで書き初めをみつめる太郎。時が止まった。その間約2秒。やっと状況を理解した。

「うわぁ〜ん。うっうっうっ。あぁ〜ん」

 大粒の涙を流し、鼻水をたらし、まだ破れた半紙を持ち上げながら私を見上げた。

 そっそんな目で見られても!とーさんには何もできないぞ。壊れたラジコンを直すとか、自転車のブレーキを調整するとか、そういったものとは訳が違うんだ。むりだ!太郎。そんな目でとーさんを見るな!いくらなんでも破れた半紙は元に戻せない!それよりも太郎。こんなことで泣くなんて、ちっとも強くないぞ!

 その無惨な書き初めは、まさしく太郎のその時の精神力を表現していた。

 バスの冒険で成長したはずなのに・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る