33皿目 太郎の冒険。
元旦の夕方。そわそわし始めた二人。また今年もお年玉を渡す時がやってきた。私はいつものように命じた。
「おまえたち、そこに座れ!」
「だから!すわってるてばっ!」
「これから、お年玉を渡す。今年は群馬のおじいちゃん、おばあちゃんからも預かっているからな」
ふたりは、顔をほころばせた。わくわくしてい。
ちょっと前ならお金の価値もまだよく分からずにいて、貰ってもあまりありがたみを感じなかったが、その価値を知り、期待をふくらませるような年にまで成長したのだ。もう数年もすれば、期待の方が大きくなって、中身を見てがっかりすることだろう。
私はもったいぶりながら、二人にお年玉袋を渡した。祖父母からは3000円ずつ、私たちからは1000円ずつ、合わせて4000円。
袋を開けた子ども達は、その額にびっくりした。人生ゲームを始めたせいで、お金の計算が早くなった。すぐさまその価値を理解して喜んだ。
去年は、渡してから3分後には、妻の財布に戻っていた。さて、今年はどうなるのか。
「お母さん、去年のも貯金してあるでしょう?」太郎が聞いた。
妻は子供達それぞれの口座を作ってきちんと預けている。
「ちゃんと貯めているわよ。もうすごく貯まっているからね」
それを聞いて子供達は安心し喜んだ。
「今年も貯金するの?」
「そうね。お母さんが預かっとくね」
「はぁ~い」
少し残念そうにしながらも、素直にお年玉を渡そうとした。この素直さ加減には毎度の事驚かされる。この子達は疑うことを知らない。母がネコババしているんじゃないか?といった疑いを微塵も持っていないようだ。
「今年は2000円だけ貯金ね」
「え?」二人がきょとんとした顔で、母を見た。
「2000円?」
お金を差し出そうとしていた二人の手が止まり、沈黙が流れた。てっきり全額回収されると思っていたのだ。
「お母さん、お年玉は4000円だよ」確かめるように太郎が言った。
「そうよ、今年の貯金は2000円でいいよ」
「残りはどうすんの?」
「好きに使っていいのよ」母はやさしく言った。
太郎がうろたえた。
なぜ、今年は全額ではないのか?罠か?試されているのか?
太郎は、巧妙に仕掛けられた地雷を探すように慎重に言葉を選んだ。
「なにを買ってもいいわけじゃないでしょう?」疑いをもった目で母を見ながら言った。
どうやら、太郎は、とても素直な天の邪鬼に育っている。
お年玉を貰った翌々日、太郎が欲しいものを決めた。TVアニメから派生したカードゲームのセットだった。
この2日間、罠が仕掛けられているのではないかと、慎重に状況を見極めていたが、ついに念願のカードゲームのセットを購入する事に決めたのだ。
その商品のパッケージについているバーコードを販売事務局に送ると『プレイヤーズ登録』ができ、カードゲームの大会に出場できるようになるという。なんと、世界大会まで開催されているという。
インターネットで調べてみた。なるほど太郎が夢中になるのも頷ける。
「おれ、これが欲しい!」
画面に映し出されたカードゲームのパッケージを指差し叫んだ。
「これは2000円だぞ。お年玉は全部なくなるけどいいんだな。」私は太郎の決心を確かめた。
「うん。チャンピオンをめざすよ」
「わかった。じゃぁ買ってもいいよ」
「いいの!?やったぁ!」
太郎は、無邪気に喜びを表現した。
「どこに売ってるかな?」
「大きいお店でないと売ってなさそうだなぁ」私は答えた。太郎は早く買いたくて、うずうずしている。
「トイザラスなら売っているだろう。行って来な」
「わかったぁ!」息子は元気よく返事をした。そして、怪訝な顔をして聞き返してきた。「行ってきなって?」
おもちゃの量販店トイザラスまでは、バスに乗らなければならない。私はこの機会に、太郎に一人でバスに乗り買いに行かせる腹づもりだった。もう小学3年生だ。そろそろいいだろう。
「とーさんがバス代を出してやるから、行って来な」
「え?ひとりで?」
「そうだ。ひとりでだ」
リビングに戻った太郎。頭を抱えながら絨毯の上をころげ回った。
(ひとりでバスに乗る。それも遠い街まで。そして、またバスに乗り帰って来る)
私達は、のたうち回る太郎を見て楽しんだ。
(ほしい。一刻も早く手に入れたい。だけど、ひとりで?だいじょうぶだろうか?その街に行くバスに乗れるだろうか?全然知らない街に行ってしまったりしないだろうか?降りる停留所はわかるだろうか?)
ころげ回りながら、不安と戦う太郎。
「う~う~」ついにうなり声を発し始めた。
子供が葛藤している姿は、とても面白い。果たしてそんな勇気が太郎にあるのか?
リビングをのたうちまわる事約20分。ようやく心を決めた。
「花子、おれ男になるよ」
結局、自身の決心を促したのは、妹に対して『兄の尊厳』を保つためだった。もだえ苦しむ兄を見て笑いつづけていた花子は、兄の決心にびっくりした。
トゥルルルー♪トゥルルルー♪
太郎が男になる旅に出てから45分後、電話が鳴った。家に残っていたみんなに緊張が走った。
太郎からだ!無事ついたのか!?
電話から一番近くにいた私が受話器を取った。すぐに太郎の声が聞こえた。
「もしもし、太郎です」
おもいもかけず、太郎は丁寧語を話した。
「太郎か?とーさんだ」
「あっ!お父さん?今着きました」
太郎の声には落ち着きがあり、なにかをやり遂げた自信に満ち溢れた響きを持っていた。
「これから、お店に行って買って帰ります。」
なぜ?なぜ丁寧語なのか?理由はわからんが、時代劇の親子がする会話のようで面白かった。
太郎が決心してからの一時間は、その準備に費やされた。
バスの路線をネットで調べて印刷し、時刻表を探し出し、停留所を教えた。
私のケータイを渡そうとも思ったが、妻の反対でテレカを渡す事になった。
太郎がケータイをどこかへ忘れてしまう可能性を拭いきれなかったのだ。
特に帰りのバス乗り場は入念に教えた。お金を余分に渡し、財布を首から吊るした。そのストラップはややきつくした。簡単には外せないようにするためだ。念には念をいれて、百円玉を1枚、ジャンバーの内ポケットに忍ばせた。バスの番号と行き先の地名を暗記させ、違うバスには乗らないように念を押した。
太郎は家をでる時、玄関でもう一度、妹に向かって声をかけた。
「花子、おれ行って来るよ」
そう言って旅立った。
太郎が出かけてからの花子は複雑な気分だった。まさか、兄にそんな行動力があるとは思ってもいなかったのだ。
ライバル視している兄が、ひとりでバスに乗り、遠くの街まで出かける。それは、今の花子には到底真似のできないことで、悔しい反面、兄の勇気ある行動には、敬意を表さずにはいられなかった。つい先ほどまでは、リビングをのたうち回る兄を見て、笑っていたというのに。
算数クイズでは、何度も兄をだしぬいている。通信簿を見ても成績は優秀だ。自分の身の回りのことも、忘れん坊の兄よりしっかりしている。しかし、勇気では、兄に勝てない。旅立った時から太郎は男になっていた。それは二人の立場が作用したのだ。
花子が妹だったから、太郎は兄の尊厳をみせた。もし、姉だったら、そんな勇気は湧いて来なかっただろう。兄妹の関係がはっきりしはじめた。
ひとり旅から帰って来た太郎は頼もしく見えた。念願のゲームを手に入れた喜びよりも、達成感に浸っているようだった。
帰って来るなり、太郎は冒険のあらましを語り始めた。
バスの番号を確認せずに飛び乗ってしまったこと。バス代を払う時に、財布からなかなかお金を取り出せなかったこと。走り出してから、正しいバスであるか心配になったこと。渡された路線図をしばらくみつめて、間違いないと確認したこと。路線図を見すぎて、気持ち悪くなってしまったこと。降車ボタンを押したこと。公衆電話をすぐに見つけたこと。テレカの度数が11しか残っていないのが心配で、すぐに電話を切ったこと。店員さんがやさしくしてくれたこと。値段が1799円だったこと。お釣りでジュースを買い、飲んだこと。帰りのバス停では、バスを待つ人が行列を作っていたこと。やっと来たバスは定員オーバーで乗車拒否されたこと。しかたがないので、次のバスが来るまで待ったこと。遅くなるから電話しようと思ったけど、度数が気になったこと。次のバスにはすんなり乗れたこと。いつもは眠ってしまう帰りのバスで眠らなかったこと。気がつくと、一つ停留所を過ぎていてあわてて降りたこと。そして、我が家のマンションが見えた時、とても嬉しく思ったこと。太郎は目を輝かせながら語った。
成長の瞬間を見るのはいつも楽しい。なによりも素晴らしかったのは、偉そうにしなかったことだ。太郎は花子に対して、自慢げに話をしなかった。
「今年の夏は、おじいちゃん家に二人で行っておいで」
私がそう提案すると、花子が太郎のほうを見た。
「うん。おれ、きっと行ける気がする。」
妹の視線を感じながら、太郎は自信満々に答えた。
花子は、自分より1センチ背の低い兄を、頼もしく感じたようだ。その証拠に、無言で頷いた。
我が家の素直な天の邪鬼が、お年玉で得たものは、お金では買えないものだった。
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