第三章:蒼海―Survive Raider―

第43話:博士―Collaborator―

 夢うつつ。虚ろな夢の中でニーアは目を醒ます。ニーアはここがいつものあの虚ろな蒼海である事に気づき、そして現実に起こった悲劇を思い起こす。

 命の恩人であったヒューマが大怪我を負った。それはずっと彼を無敵だと感じていたニーアからすればありえない事であり、認めがたい現実だ。もしかしたら死ぬかもしれない……そんな最悪な考えが頭を過ぎり、ニーアは頭を両手で押さえてその現実から逃避しようとする。

 全ての始まりは――――自分にあるとニーアは考えていた。当然な思考の帰結だ。あの日、ニーアが彼に出会わなければ、殺されていれば話はそこで終わっていた。ヒューマがこんな事になると思わなかった。こんな思いを抱くなんて思ってもいなかった。

 マリーの記憶が無くなった時、側にいてやれと促してくれたのはヒューマであった。ニーアの決意に本音をぶつけても許してくれたのはヒューマであった。あの時、何もできないとマリーとの約束も忘れて何もしなかった自分を助け出してくれたのはヒューマであった。

 全部。全部。ヒューマはニーアに与えてくれたのだ。生きる意味も、居場所も、戦う目的も。それらが全て、音を立てて崩れていく。


「……おい」


 ニーアは思わずそう怒りを溢す。私服を着たニーアの目の前にはカルゴのギアスーツを纏った自分がいた。顔も隠れてそれが自分かなんて解らないが、たぶん、恐らくそれが自分自身だとニーアは確信を持っていた。争いをする自分。人を殺す自分。あの時、ヒューマと出会った時の自分。だから、彼は彼に怒りをぶつけるしかない。


「なんで……なんであの人が傷つくんだよ……。あの人はここで死ぬ人じゃないんだ……」


 ギアスーツのニーアは答えない。ニーアは死をやっと理解したばかりである。いや、死自体は最初から知っていた。問題は、それに無感動というべきか。感情を揺り動かされていなかった。大事な、大切な人が死ぬと言う手前まで。

 子供達が死に、それでマリーが記憶を失い、事の意味を知った。死とは失う事だ。でも失うのは取り戻せるかもしれない。でも、死は、命は取り戻せない。ずっと失ってしまい消えてしまう。


「僕は……解らない。どうしてヒューマさんがこんな目に合うのか……どうして……」


 ギアスーツのニーアは答えない。答えるわけがない。答えられるわけがない。だからこそ苛立ちが募る。答えを知らない自分に。うんともすんとも言わない、自分に。


「答えろよ!!」


 だから、ニーアはそんな自分に殴りかかろうとする。自分自身を殴りつけないと気が済まない。だが、その拳はまるで空を殴るように当たらなかった。

 よろめくニーアは、そんな色褪せた海を見つめてポツン、ポツンと滴を流す。


「僕は……解らない。あの人からもらったものがいっぱいだから……」


 目から溢れる涙は虚ろな蒼海を少しずつ彩るように波紋を描く。この涙も、ニーアが失っていた物なのだ。ヒューマが子供達の死を介してニーアに思い出させた人間としての証明だった。


「なぁ、ニーア。生きるってなんなんだろうな……僕が生きている理由って、何かあるのかな?」


 少年の自分への問いかけに答える者はいなかった。



     ◇◇◇◇



「……最悪」


 最悪な目覚めだった。個室で死ぬように眠っていたニーアは自分が見たあの夢を思い出し、そう悪態を吐く。どうしようもない自己嫌悪。答えのない自己問答。まさかあの虚ろな夢でそんな事をするなんて思ってもいなかったから、ニーアは重々しい溜息を吐くしかない。

 本日はホウセンカが負った傷の修復に勤しまないとならない。ギアスーツのパイロットは自分のコアスーツを使って資材運びの手伝いをする予定だ。ヒューマの怪我の結果が解らない以上、今自分達の手でやれる事をするしかない。


「あの金髪の人の言う通りだ」


 昨日、ヒューマの怪我に沈むクルーを叱咤した金髪の男の正論を、俯きながらもちゃんと聞いていたニーアはその言葉に現実をよく見ていた事に気づいた。あの人は応援に駆け付けてくれた戦艦の艦長である事はニーアは知っていたが、どうにも他人事のように言っているように聞こえていたのだ。

 でも、彼の言う通りだ。今はツバキを信じていつでも戦えるように整えないとならない。


「頑張らないと……」


 ヒューマの事は心配だ。でも、その心配を引きずり続けてもいけない。今は前を見なければならないのだ。その先がたとえ真っ暗でも。その暗闇に立ち向かえるように。

 ニーアはバッとベットから飛び出した。その表情には、虚ろなあの頃の表情はなかった。



     ◇◇◇◇



 途中でマリーと子供達と合流をして、食堂へ朝食を食べに行く。食堂にはスミスはおらず、技術者のメンバーはいなかった。代わりにいたのはギアスーツのパイロットとテルリ、そして彼らと一緒にご飯を共にするあの金髪の男と、黒と金色の髪が混じり合ったかのような長い髪を持つ女性がそこにいた。

 テルリを見つけてか、子供達が一斉にテルリの元へ駆けていく。


「テールリー! おっはよー!」

「うわっぷ!? こ、こら! 今、口にケチャップが放り込まれてんだよ! しがみつくなしがみつくなッ!!」

「ははははは! 相変わらず子供に人気だな、テルリ」


 テルリの焦って腕を振り回そうとしている様に金髪の男は軽快に笑った。昨日とはまたうって変わって親しみやすいような雰囲気を醸し出している。

 すると動けないニーア達を見て、キノナリが手でこちらへ来るように合図をする。マリーと一度顔を見合わせ、どうにも断る理由も見つからないのでトテトテとキノナリの元へ向かった。そしてキノナリの隣へちょこんと座る。


「君がニーア・ネルソン君。そして横の少女がマリーちゃんか。初めまして。私の名はトロイド・ハーケイン。君達のよく知る、ツバキの親友であり、元上司だ」

「そして、私こそがこのトロイド博士が率いる実験部隊の長を任されているユカリ・クラリスっす! よろしくな少年達よ!」

「は、はじめまして……」

「……ふにゅ」


 トロイドと名乗る金髪のメガネの男と、ユカリと名乗った元気が良すぎる女性の勢いにニーアは少々引き気味に、マリーはドン引きでニーアの袖を掴んで声とも解らない声を出す。

 そんな委縮した二人を見兼ねたのか、キノナリはこほんと小さく咳払いをし、


「二人とも、勢い良すぎ。マリーとニーアはご飯をもらってきたら? 僕からも軽い紹介をしたいからさ」

「あ、はい」


 キノナリの薦めもあって、マリーと一緒にご飯をもらいに行くニーア。彼らが朝食を受け取っている間に、トロイド博士は彼らに見せなかった険しい表情をキノナリとグレイに見せた。


「彼らも戦っているのか?」

「……ニーアは戦ってくれている。俺達の力不足だ」

「大方そうだろうな。いや、責めているわけではない。罪の自覚をしているのならばいい。これに関しては、十二年前にも通った道だしな」


 トロイド博士が遠い目をしながらそう語る。その十二年前にはニーアと同じぐらいの歳であったキノナリとグレイは申し訳なさそうな表情を浮かべるが、これに関してはトロイド博士は経験済みなのでいいよ、と笑って返す。全員を生かせなかったが、それでも生き残った者がいるのだから、トロイド博士はそれを良しとするしかない。


「あの青いカルゴがニーアでいいんっすよね?」

「うん。重装甲なのによくやってくれているよ」

「彼があのデカブツをどうにかしてくれたから発砲できたわけっすから、彼に関しては心配はあんましなくてもいいんじゃないっすかね。……博士?」


 ユカリが笑い混じりにニーアを褒めているとトロイド博士の表情が硬くなってしまっているのに気付き、思わず会話を止めてしまう。事実、あのデカブツというだけでトロイド博士がぷるぷると震えていた。

 仕方のない事なのだ。ユカリは知らないが、トロイド博士が開発したデカブツ――――ギアアーマーは、結果的に彼に大きな禍根を残してしまった忌むべき兵器だ。彼が初めて生み出さない方がよかったと感じた兵器。その始まりはある女性の願いから生まれたのに、その結果、その女性を殺してしまったのだから。


「あの兵器を、再びこの目で見る日が来るとはな」

「厄介だ。味方にいれば心強いが、敵であればこれほど厄介な相手はいない」

「だろうな。私だってそう思う。こりゃ、責任を取ってどうにかしないとならないかもな」


 そう言ってトロイド博士は席を立った。まだニーアに紹介をしていないのに、とキノナリは止めようとするが、いいよとだけ言った。


「ツバキに迷惑をかけたのだ。ただの応援ではなく、仲間として再び君達と立ち向かおうじゃないか。巨悪にね」


 トロイド博士は懐かしむようにそう言って食堂から出ていく。ユカリはまだ朝食を食べていたが、トロイド博士は朝食の全てを食べきっていなかった。よほど思うところがあったらしい。

 朝食のお盆を持って帰ってきたニーアがトロイド博士の所在を聞くと、キノナリは自由奔放な彼に呆れを覚えて溜め息を吐いた。どうもあの天才達は自由な所があって面倒くさい。

 ニーアが首をかしげる中、テルリはまだ子供達と悪戦苦闘してた。


「こら、チャッコ! 勝手に俺のパインを食べるな!」

「きゃはははは!」

「…………」


 そこだけ、特に平和であった。

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