第42話:生死―Border―

「なにィッ!?」


 男は突然の横入りにそう叫ぶほかなかった。完全無敵なギアアーマーにダメージを与えたのだ。加えてあまりにも強力なその衝撃は、見事にギアアーマーの後方部に当たり、放射中の射角を狂わせる。ギアアーマーの発生させる盾が如何に強力であろうとも、その盾を突破されれば精密機器の塊であるギアアーマーの体勢が崩されるの自明の理だ。

 射各を崩されたギアアーマーはバイオスフォトンの波を放射しながら、ギアアーマーからすれば左方へ、ホウセンカからすれば右方へ逸れる。バリアーが途切れたヒューマの右半身を焼き溶かしながらも。バリアーが消えた事により届いてしまった波がホウセンカの右ブロックを襲いながらも。

 結果的に、ヒューマは右腕と右脇腹そして右足の一部を欠損し、意識を失ったのか、それとも死んだのか。少なくともバランスが崩れ、コアスーツの横転を抑えるシステムによって無理矢理にバランスを取らされていた。ブロード・レイドのバイザー部分にはツインアイは残っていたが、モノアイは消えてしまっていた。


「……チッ。邪魔が入ったか……まぁいい。あとは、これで終いにすればいいだけだッ!!」


 エネルギーの放出を終えたギアアーマーを脱ぎ捨て、男は巨大な鉄盤の様な剣で動きが取れないヒューマに振り被った。外見からでは死んでいるかも解らない状況。だがそれでも確実に死を与えるために、男はヒューマを切り刻もうとする。

 それを見ていたツバキが手で目を覆った。テルリが子供達にそんな姿を見せないために後ろを向かせた。グレイが敵を狙撃しようとしたが遅い。キノナリがヒューマの名を叫ぶ。ニーアが無力である自分を嘆き、そして彼の名を叫んだ。

 そして――――


「ッ!?」


 それはやってきた。重低音なる空砲と。そして、その銀鎧の戦士達が。



     ◇◇◇◇



「まったく……折角、私が直々に元助手のためにここまでやって来たと言うのに、嫌な物を見せられたよ」


 その戦艦の甲板に立っている一人の男が、愚痴を溢しながらも眼前に見える赤い戦艦を見つめていた。金色の短い髪を持ち、その顔立ちは苦労を多くしているように少し年老いて見える。これでまだ四十代手前というのが信じられない。加えて黒縁の眼鏡をかけている事もあってか、仕事での気苦労が多そうな印象を受ける。

 彼こそがトロイド・ハーケインという男であった。ツバキ・シナプスが元々彼の元で技術職を享受しており、その二人が主導でギアスーツの開発は進んだ。現在の標準となるギアスーツであるカルゴも、この男がいたからこそ生まれたと言っても過言ではない。

 今回はそんなツバキが理想の戦艦を作り上げたという報告を受けたのだから、彼女の技術力の結晶を拝みにやって来たのだが、そんな折に見せられたのが自分の生み出してしまった過ちの残骸であったのだから気分が悪くなるのも仕方がない。それが、友人であるツバキ達を襲うのだから彼が怒りを覚えるのは当然であった。


「ミスティア実験部隊、発砲を許可する」

『もうしたっすよ』


 トロイド博士の発砲許可をそう言い切った女性は、この戦艦から出て数キロ先にいる。銀色に輝く真新しいギアスーツ。まともにスラスターがあるわけではないはずだが、自由奔放に海上を行くその様はまるで海上を踊る妖精か。装甲に走る黄色いラインが、まるで小説に描かれた未来の機体のように見える。

 およそ五機。それぞれにパーツが追加されており特徴づけられている中、唯一色のみを変えていた機体がいた。それが先程の女性の声の主である。


「……おい」

『仕方ないっしょー。先輩がヤバかったっすから』

「命令違反なんだが……いや、まぁいい」


 女性のマイペースな一言に正論を感じた博士は、小さく溜め息を吐きながらも冷静に通信機を切り、あの襲われていた戦艦の中の主に通信を行う。


「ツバキ。どうにも状況が芳しく無いようだが無事か?」

『トロイド博士……』

「なに、どうにかしてやろう」


 そう言って通信を切る。言葉より実行。それがこの男の理念だ。だからこそ生んでしまった悲劇も幾つかあるが、彼という人間はそれだけは曲げてこなかった。

 銀色のギアスーツ、ミスティアが海上をギアアーマーに対し、その両手にもったアサルトライフルで射撃をし攻撃する。その攻撃自体はバリアーによって防がれるが、その中で一機だけ攻撃対象が違う機体がいた。紫色のミスティア。パイロットの名は、ユカリ・クラリス。トロイド博士の元へ残った、元ツバキ達の仲間であり、現在でも友人である女性だ。

 彼女の射撃は赤と黒のギアスーツ、ガルトラにとっては十分な牽制となる。なにせ、あの機体はかの有名な新型の量産機なのだから。自ずとその組織の名前が男の頭に反響する。


「世界機構か……仕方がねェッ!」


 男はヒューマへの追撃を止め、咄嗟に無敵要塞であるギアアーマーに自らを接続しコントロール下に加える。エネルギー残量を見て、予測通りに逃亡用のエネルギーしかない事を確認した男は、急激な旋回をした。全長十メートル。奥行七メートル強の巨体がその場で半回転するのだ。海上には大きな波を作りだし、ミスティア部隊もその波で一瞬だけ動きを緩める。

 そして、ギアアーマーの背部に大量にあったバーニアに火が灯り、ギアアーマーは急加速をしてこの戦域から離脱した。まるで魔王だとガルトラを形容できたが、ギアアーマーはむしろその魔王の持ち馬だったのかもしれない。追撃を許さないほどの急激な加速は、まさに人知を超えた災害であろう。

 静まり返る戦場。嵐のように過ぎ去った災いは、たった一人の英雄によって守られた。だが、その英雄は――――今はただ墓標のように立ち尽くしている。力なく、蒼海を見つめ――――


「ヒューマ……」

「ヒューマぁッ!」

「ヒューマ!」

「ヒューマッ!」

「ヒューマさん!」


 皆が皆、彼の名前を呼んだ。一人は涙し、一人は叫び、一人は生きていると信じ、一人は信じられずに溢し、一人はその姿を嘆いた。

 そして、仲間の絶叫の中で、一人の男がただ、そこで、虚ろに、空を見つめていた――――



     ◇◇◇◇



 ホウセンカに担ぎ込まれたヒューマ。遅れて戻ってきたニーアとマリー、グレイは彼のその姿を見る事は叶わなかったが、彼を見たキノナリのやりきれない表情と涙を見て、いかに最悪な状況かが悟れた。現在はツバキと看護師によって緊急手術を行っているようだが……、果たして右半身を失った今、彼が生きる可能性なんてないに等しい。

 その事がニーアの心に重石を生み、帰ってから怒ろうと思っていたスミスに出会っても怒る事などできるはずもなく、ただただ絶望でギアスーツデッキにあるベンチに座って俯いてしまう。

 マリーもこの空気の重さに気づいたのか、俯くニーアの近くに寄り添っていた。沈んでしまったホウセンカの空気。それは至極当然の結果だ。ツバキによって集められた仲間だが、その中でも最も関わりの強い頼れる仲間であったヒューマがあぁなってしまったのだから。


「……これでは指揮もままならんな」


 一人だけ、ハッキリとそう言う男がいた。ホウセンカに乗艦してきたトロイド博士である。冷静に、冷血、冷徹に。無情にも聞こえるそのトロイド博士の態度は、クルーの耳には届いていない。それほどショックなのだ。これで怒ってくれれば良かったのだが、誰も反応しない事に溜め息を吐くトロイド博士。そして――――強烈な音を上げるようにギアスーツデッキにあった机を叩いた。

 暴烈な音にビクリとするクルーと技術者達。視線を集めたトロイド博士は一度咳払いをし、そして彼らに今ここで涙を流すだけではどうにもならない事を伝える。


「よく聞け。現在ホウセンカは右側のブロックが半壊状態だ。クルーは中央ブリッジに集められていたらしいから人死はない。しかし、熱光線によって多少なりとも被害は出ている」


 冷酷にトロイド博士は現状を報告する。彼が乗艦する際にテルリに報告をしてもらった情報だが、それをそのままクルーに伝えているに過ぎない。それほど現在のクルーは動く能力が低下している。だからこそ、憎まれ役でもいい、トロイド博士は率先して皆を指揮する。


「あの女が、愛する夫をそうやすやすと死なすわけがなかろう? あの女はツバキ・シナプスだぞ? なぜ信じない? なぜそこで立ち止まる? 戦い傷ついた仲間がいれば、彼が戻るまでに負った傷を治せ。ここはお前達のホームなのだろう?」


 トロイド博士の言う通りであった。今ここで項垂れても、何も変わりやしないし、傷ついたヒューマに何かできるわけがない。彼の事はツバキに任せて、クルーは各々で傷ついたホウセンカを直すしかないのだ。

 その言葉にぞろぞろと動き出すホウセンカのクルー達。しかし、ホウセンカが負った傷は深い。その外傷も、精神的な物も。皆が皆、誰もが無敵と信じたヒューマが傷ついた。その事実が重くのしかかる。

 その日、結局は何も進まず、皆、床に就いた。三日月はただ悠然に海にその姿を映し出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る