第41話:叫び―Despair―

 光が放たれるそのたった数分前。両腕のガトリングガンの回転が空しく響く。銃弾を最大限に撃ち出したのにギアアーマーにはダメージがない。ガトリングガンの残弾はなし。背中のバズーカも、ミサイルもキャノン砲も撃ち出すだけ撃ち出した。それこそ無理矢理に撃ち続けたからか、ガトリングガンの銃身は焼け付いてしまっている。

 打つ手なし。あるとしたら手持ちのヒートソードで接近戦か――――いや、それが正攻法であればグレイがとっくの前にそうしているに違いない。事実、バイオスフォトンのバリアーは生命体にも反応するため近接攻撃を行うにもその球体上のフィールドに阻まれてしまう。


「くっ……」


 ニーアはガトリングガンを敵に向けて構えていた腕をだらんと垂らし項垂れた。目の前で行われたのはニーアにとっては不可解な現象。どんなに攻撃をしても、どんなに銃弾を撃ち放っても、それはそこに鎮座する。少しも壊れはしない。ただただ、ニーアを嘲笑うかのように。

 絶望。それがニーアを支配する。自分の手ではどうしようもできない。絶対的で決定的な無力感がニーアに重く襲いかかる。


「なんで……なんでなんだよッ!!」


 どうして破れない。どうして銃弾がない。どうして。どうして――――

 ニーアの思考はそれに染まりゆく。自分の手で仲間を救えない。その悔しさがニーアに異常なほどの怒りを浮かび上がらせる。しかしその行き場はなく、ただただ自分を責め、そして自分の無力さを助長する。

 やっと、やっとの思いでここまで来た。マリーを助けて、記憶を失ったとしても彼女を受け入れる事にした。たくさんの子供達が死んで、海賊と戦う理由を見つけ出す事が出来た。なのに、ここで終わってしまうのか。こんなところで立ち止まってしまうのか。

 ニーアは前に進みたいと願う。でもその手段を持たない。こんな、あぁこんな最悪な結末があるものか。あってたまるか。ニーアは無力にも、もう一度ガトリングガンをギアアーマーに向け引き金を引く。カラララ、と虚ろにも無残な回転の残響が響く。弾がないのだから当然だ。発射されるべき銃弾はなく、今はただ虚しく音を鳴らすだけだ。


「もう……何も……」


 できない。手はない。ニーアはカルゴのヘルメットの中で静かに涙を流す。動けないあの鮮やかな赤色のホウセンカを見つめ、心の中で自分の無力さを語り、そして何も出来なかった事を詫びるしかない。そうでしか今のニーアの心を保つ手段なんてない。

 そして――――光は放たれた。破滅の光がヒューマを、ホウセンカを、仲間を覆い尽くす。


「……?」


 それは決して確証ではなかった。しかし、粒子砲の如き放射される光子の流れは一直線に放たれるはずであった。周囲の無人の戦艦を巻き込んで、ホウセンカを正面から光が襲いかかるはずだったのだ。

 でも、それはまるで横に広げた傘のように歪な軌道を描いていた。それはまるで、ホウセンカを守る盾の如く。否、それは盾であった。その盾はまだ、そこにいた。



     ◇◇◇◇



 眼前に広がるバイオスフォトンの波。粒子砲の中で、ヒューマ・シナプスは抗っていた。絶望的な状況下で、ただ立ち向かえるのは自分だけ。ならば前に進むしかない。ここで止まるわけにはいかない。彼女の夢を、ここで潰させるわけにはいかない。

 ブロード・レイドの肩部の装甲がスライドし、円を描く部分が露出する。同時に胸部の球体が同じように光を瞬かせる。ツバキがRRから受け継がせた唯一無二なるバリアーシステム。銃弾の軌道を逸らし、幾度もヒューマを守ってきた無敵の盾。ゆえに、たとえその相手が最強の矛であっても、たとえそれがギアスーツ以上の攻撃力があっても負けない。負けるわけにはいかない。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおォォォッ!!」


 ヒューマは叫ぶ。己が命を懸けて、その殲滅の光を受け流す。バイオスフォトンの波は、バイオスフォトンの盾によって防がれる。その結果、まるで花開くようにホウセンカを躱すバイオスフォトンの粒子砲。だがその代償はその死に近い場所で戦うヒューマに降り注ぐ。

 異常なる反動。ギアスーツのスラスターを使い無理矢理に抵抗するが、ただでさえ先程の戦いでエネルギーを喰うバリアーを使用したのだ。受け流すのがやっとで、押し返す事などできない。ましてや、ガルトラに攻撃を加える事など不可能。

 だが、諦めきれない。それはヒューマが英雄だから? いや、違う。彼は、人間であったからだ。


「――――ルビィッ!!」


 心の中で敵わないと思ってしまっている自分がいる。それに気が付いてしまったヒューマは思わず相棒の名を叫ぶ。ヒューマは過去に如何に英雄と呼ばれようとも一人の人間であった。一人の人間だから、越えられない者がいた。一人の人間だから諦める事をしてきた。

 でも、それは人間であったからだ。認めたくはない。こんなところで全てを失うなんて、間違ってもそんな事は。

 ならば、何をどうすれば奇跡が起きる。その答えは十年前に彼は得ていた。得てしまっていた。


「――――適正化、開始」


 もし、その現象が人知を超えた現象であれば、それを行おうとする者は果たして人であろうか。いや、人で非ず。ゆえに英雄と語られた。人であった存在が人を超えたのだから。彼は英雄とまで呼ばれた。

 肉体が悲鳴を上げる感覚をヒューマは覚える。懐かしい感覚だった。それこそ十年前に味わったあの感覚そのものだ。目の前に死があって、されどその死に抵抗する感覚。負けられない。動け。動け。進め。手を伸ばせ。絶望なんて捨てちまえ。今ある目の前の生きる術に縋れ。己が内の禁断なる手段を選べ。


「――――」

「いい! たとえ無理をしても、ここで立ち止まるッ!!」


 ルビィが警告をする。この肉体では不可能だと。十年前とは違うと。

 それでもヒューマは前に進む。肉体が悲鳴を上げる中、ヒューマは肉体を顧みずにただ抗う。ギアスーツの装甲が限界を語るかのように剥がれていく。ブロード・レイドの象徴である右腕の大剣、ルベーノも衝撃波に曝され少しずつ融解されていく。

 だが、同時に残った装甲がまるで再生するかのように剥がれた部分に移動していく。装甲がまるで生きているかのように動く。ブロード・レイドが生きているかのように、その失った肉体を再生させる。


「ぐッ!?」


 だが――――ルビィの警告通り、今のヒューマは十年前ではない。再生したはずの装甲はすぐさまに粉々に砕け散った。一瞬の奇蹟ではどうにもならない。ほんの少しの水では砂漠を変えられないように、たった数秒の再生では何も変わらない。


「――――」

「解ってる――――だが……まだだぁッ!!」


 それでも、ヒューマは命を張った。ホウセンカを守るために、大切な人達を護るために我が身を犠牲にしてもいいと、覚悟を胸にバリアーの出力を上げていく。

 バリアーの発生装置であるバリアージェネレーターも融解を始める。無理矢理な熱量。人間がとても耐えられるはずがないこの空間の中で、ヒューマはあらん限りを叫ぶ。


「護るんだよッ――――ブロードォォ……レイドォォォォオオオオオオオオオッ!!」


 叫びは反響する。バイオスフォトンの波の中を超えるように。命をからきしに振り絞り、削るように。

 音が――――聞こえた気がした。聞き慣れたかもしれない音であった。その懐かしき音が聞こえたその瞬間、刃は完全に融解し――――彼の肉体の半分を穿ち貫いた。



     ◇◇◇◇



「……マリー」


 ホウセンカをヒューマが護る一方で、ニーアは大切な少女との再会をする。薄紫色の装甲をしたカルゴが一機、ニーアの元へやって来たのだ。捕虜のギアスーツだ。コアスーツは海賊の物ではなく、灰色の物であったがあの紫色は確実に資材の予備用として置いてあった物だ。

 ヘッドディスプレイに映し出された彼女の名前を見た時、ニーアは吐き気を覚えた。彼女が何故ここへやって来た。こんな最悪な場所へ、なぜギアスーツに乗ってきたのか。それが解らないから。


「ニーア!」

「マリー! なんで来たんだッ! スミスは何をしているんだ」

「スミスに頼んだの! スミスは許してくれたから!」


 頭が痛くなる。スミスがニーアの気持ちを理解してくれていないとは思いたくはなかった。でも、マリーがここにいるという事はそういう事なのだろう。

 だが、マリーはそんなニーアにある武器を手渡した。


「ニーア……スミスがこれをって」

「っ……これって」


 それは、彼にとってはある意味で懐かしい武器であった。レールガン。ヒューマが使用していた小型低反動レールガンだ。最初の海上での戦い以降、彼がこれを使っている姿は見えなかったが、まだ残っていたなんて思ってもいなかった。

 少なくとも武器の補給であるため、ニーアはマリーからそれを受け取って、左腕のガトリングガンを取り外し、そこへ取りつけた。同時にレールガンを認識するプログラムが起動し、ある音声データが流れ始める。


『ニーア』

「……スミス」


 スミスの酷く弱気な声が聞こえた。ニーアが怒る事を予測していたのだろう。申し訳なさそうにするスミスのその音声にニーアは録音した音声を垂れ流す。


『ごめん……でも、頼れるのはマリーだけだった。これがギアアーマー戦に活かせるはずなんだ。レールガン……通常の銃と違って特殊な攻撃方法。唯一、バリアーを突破できる兵器』

「…………」

『ツバキ博士は弱点を残していた。バリアーは、異常なほどの高速な攻撃では受け止めきれない。レールガンは唯一それを敵っている』


 レールガンは威力こそ高いが、その真意はその高速な砲撃にある。その分、重心が傾いてしまうほど重いが、その一撃は速くて強い。そしてバリアーは、あまりにも高速な攻撃には対処しきれない。


「これを使えば……」


 スミスから譲り受けた切り札を構える。反動設定はOSが自動にしてくれる。だからそこまで気にしなくていい。問題はコントロール。こればかりは自分のセンスに賭けるほかない。

 レールガンを構え、ニーアは深呼吸をする。当てられるかは解らない。外れたら打つ手が完全に無くなって絶望的だ。だから、ターゲットがカーソルを示してもヒューマは己の勘で尤もなタイミングまで待った。数秒の沈黙、そして――――


「当たれぇぇぇえええええッ!!」


 その一撃は放たれた。潮風をも切り裂いて、大気を貫いて。ただ真っ直ぐに真っ直ぐ。何物にも囚われないように……そしてその一撃は、全てを貫いた到達点をも貫いた。

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