第15話

「彼氏とチューしてんの見ちゃった」

帰ったら家族に言われた。

「家族」と言っても濃い血縁関係じゃあない。池泉翔平は、遠縁だけど、お父さんのお気に入り。大学生だ。

「ほ!ほっぺただもん!」

「へ。優衣はほっぺたはチューではないと。

大人になりましたねえ。じゃあ、ベロチューのみがチューだと。

ふしだらになりましねえ」

「…ベロチューってなに?」

「…彼氏に聞け」

「…ペロティチョコみたいなもの?」

「そうだねえ」

池泉翔平は、さらさらした髪を掻き上げた後、腕組みをして頷く。

「お口の中で、ペロペロするし甘いから、ペロティチョコの仲間だね。

ま、明日、彼氏に聞きなさい。きっと親切に教えてくれるよ」

「…本当に聞いていいものなの?」

「彼氏限定ならね」


翌日

「…」

「…どうしたの、新川さん」

藤倉くんが、固まってる私に聞く。

私はお昼ご飯の卵焼き(チーズとネギ入り)をフォークにさしたまま、ぼんやりしていた。

「あのう…藤倉くん」

「なあに?新川さん」

「ベロチューってなあに?」

私が聞いた瞬間。

藤倉くんは、ぼとっっと竜田揚げを口から落とした。

「ベ…」

ショックを受けたらしい。真っ赤になって私を見ている。

「も、もしかして、かなり、エロい?へんたいなこと?

あのね、親戚のお兄ちゃんが彼氏限定なら聞いていいって言ったの!

私の彼氏は藤倉くんだから聞いてみたの」

「…実技…いいの?」

「へ?実技とかペーパーとかあるの?」

「…」

藤倉くんはお弁当箱を置いた。

「?」

そしてそのまま私を抱き寄せる。

「おいで」

真剣な顔で抱きすくめると、私の髪を両手ですくうように、耳にかけた。

そして片手でうなじをつかみ、もう一方で顎を固定した。

綺麗な顔が近づき、ふわっと唇に唇が重ねられた。

(え…キス?)

これ、キスだよね?

私、キスされたよね?

柔らかい藤倉くんの唇がふれたあと、おずおずとあたたかいものが私の口の中に…


(何これ)

私の舌の上を這い、絡み、軽く引っ張るのは…

(藤倉くんの舌?)


「ん…ンンっ!」

苦しくなってしがみつく。手が震える。

「やだあ…駄目ぇ…ン…あ…はぁ…!藤倉くん、だ…だめぇ…」

胸を叩くが力が入らない。抱きすくめられ、身動きとれない。


(ベロチュー…って、もしかして、ベロって舌…?舌とキスすること?)

もしかして、ディープキスのこと?なんか、深いキスって、何が深いって、舌が深いの?


パニックになった私は、顔面蒼白。

(大変なことを聞いてしまった…)

キスって、夕陽の見える丘とか、彼氏の部屋とか、何回目かのデートの帰りとか記念日とか。

ともかく大事な日に初めてするのかな?って思ってた。

それなのに

学校の中庭の、雪柳と連翹に隠れて、お弁当食べながら、いきなり深い口づけをしてしまうなんて。

「ふえええ…っ!藤倉くんのばかあ!」

私は藤倉くんを殴りながら泣いた。

「聞いただけなのに!したら駄目なのに!」

「…どう説明したら良かったんだよ!するしかなかったんだよ!」

藤倉くん、ぶちぎれる。

「俺なんか一年以上、新川さんを好きで、やっと付き合って、腫れ物さわるみたいな気分なのに

新川さんは、世間話するみたいに、他の男に対する態度と大差ないんだぞ!

それが、やっと『彼氏限定』な質問してくれたと思ったら『ベロチュー』!

実践せずにいられるかあ!」

「口で説明してよ!」

「口で説明したよ!」

「その口じゃあない!」

「どの口だ!」

ぎゃあぎゃあ!

「じゃあ、口頭説明してやるよ。

まず、お互いの口と唇をつけて、俺の舌があなたの唇を割り、あなたの舌を誘い出し、絡め…」

「ばかあ!大嫌い!大っっ嫌い!藤倉くんなんか絶交なんだから!」

私は、だああああっと走り逃げてしまった。


わああああん!

クラスに帰って、わんわん泣く。

5校時は体育でみんな更衣室や運動場に行ってしまっていた。

わんわん泣きながら、だんだん冷静になる。

(藤倉くんは悪くないのかも)

でも今更気づいても

(どうしよう)


「あれ、新川さん、なにしてんの」

誰もいなかったクラスに赤城くんが入ってきた。

「うわ、泣いちゃってる。どうした?藤森にイジメられた?」

「ううん…逆…。藤倉くんをイジメたの」

「あらら」

赤城くんはフフフと笑う。

「にしても、いつまで『藤倉くん』『新川さん』って呼ぶんだろね。

他人行儀だよね」

「…だってぇ」

「俺なら、さっくり名前を呼んじゃうね。優衣」

不意に呼び捨てにされる。

「おいで」

「…」

赤城くんが微笑んでいる。

「ほら、こんな時、藤倉が相手ならいける?」

「…いけない」

「新川さんはウブだから。

藤倉もそうだけど」

「…」

「お互い、手探りなんだから、喧嘩しながら、深くなればいいんじゃないの」

「…うん」

「う~ん。新川さんって、小動物っぽいよね。ビーバーとかハムスターとかプレーリードッグって言うか」

「こないだ、『猫っぽい』って言ってたくせに」

「今日はねずみっぽい。『チュー・チュチュー』っていってごらん。ご褒美あげる」

赤城くんが、ご褒美用に出してきたペロティチョコを見て、私は真っ赤になったまんま怒鳴った。

「もう、ぜっったい、イヤぁ!」

赤城くんをぶん殴ったら、「あははは」とよけられた。

「もう!馬鹿馬鹿!」



「…どういうこと?」

その時、静かに声がした。じゃれあっている私と赤城くんを見て、教室の扉前に立ち尽くしていたのは


藤倉彗だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る