シンリは森に深く根を張る
「私が人の姿をしたバケモノだって? 全くもってその通りだ」
――あるゆがみの娘の語り
植物、樹や花を愛でる人は珍しくない。
花はどこが美しい?
人間にはおいそれとマネできない、自然の力が生み出す色彩?
美しい姿をわずかな時間で枯らせてしまう儚さ?
クセになってしまいそうな味の甘い果実?
樹はどこが美しい?
人間よりも長生きできる生命力?
りっぱに生い茂る葉が風に揺れるざわめき?
幹から染み出る甘い樹液?
動物と同じく、植物もまた人間にはないものをたくさん持つ。
人間が植物に憧れ、尊敬したり愛情を抱いたりするのは自然の道理というもの。
しかし悲しいことに、植物に本物の愛情を抱くことは、ゆがんだ心を持つがゆえの思いらしい。人間の世界では、人間は人間を愛するのが常識とされる。
常識に歯向かえばとたんに異常なものとされ、のけものにされる。なんとも面倒な話だ。
ゆがみの娘のいる町の外れに、結構深い森がある。
木々が織り成す豊かな緑にあふれ、たくさんの花が咲き誇る景色は目の毒になることはない。
カエデ、ケヤキ、モミジ、カシ、ヒノキ、サクラなどなど、あらゆる木がこの森に集う。
ユリ、スミレ、キク、タンポポ、チューリップ、ヒマワリその他もろもろ、あらゆる花がこの森で咲き誇る。
植物にそこまで詳しくない人でも、この森はおかしいということに気づくだろうが、その辺りについてはまだ目をつむっていてもらいたい。
町の人間たちは、ちょくちょくこの森を訪れる。
ある恋人たちは絶好のデートスポットとして、
ある子供たちは遠足にふさわしいハイキングスポットとして、
ある信心深い人たちは未知の力を授かるためのパワースポットとして。
生活のためにもこの森は最大限に利用される。結構深い森から木を切って木材を得ようと思わないのは、自然を傷つけるぐらいなら人を傷つけるという人ぐらい。
木こりたちは、のこぎりや
切り分けて丸太にされて、町へと運ばれる。町へ運ばれた木は火をともすためのマキや、家を建てるための建材など様々な姿に変わり、人間の生活を助ける。
木こりの仕事の儲けはそこそこだ。慎ましく過ごせば充分生きていける。
派手に生きたい木こりもいる。
派手に生きたい木こりがみんなが寝静まった夜中に、こっそり森にやってきた。
こっそり誰にもばれないように、木を切りに来た。昼間は堂々と木を切れるのに、なぜ夜はこそこそするのか?
この町には絶対のルールがあった。この森から木を切るのは、一人一日一本だけと。
この町一つにはちょうどいいという木こりがいれば、厳しすぎるルールだという木こりもいる。派手に生きたい木こりは、もちろん後者。
夜中にこっそり誰にもばれないように木を切って、こっそり他の木こりには内緒で木を売れば今より豊かな暮らしができる。
雲で覆われた空の下、結構深い森に当然明かりはない。ランプの明かりを頼りに、手ごろな木を探す。
良さそうな木を見つけた。大きくて丈夫そう。いい木材として高く売れそう。さっそく切り倒そう。
木こりは愛用の斧を木に食い込ませんとふりかぶる。
「植物は見ている」
声が聞こえた。木こりは斧を下ろし、辺りを見回す。だれもいない。空耳なのか。
「植物は覚えている。この森に足を踏み入れたものの顔を。植物は知っている。この森に存在するルールを」
空耳ではない。だれかが木こりの近くにいる。でも人影は全くない。
木こりは震えだす。
「植物はわかっている。お前はルールを破ろうとしている。植物は怒っている」
びゅうと強い風が吹いた。ざわざわと木の葉っぱが音を鳴らす。
怒鳴り声に聞こえないこともない。
「植物は動かない。踏まれても風に吹かれても引っこ抜かれても、植物は動かない」
風は止んだ。ざわざわと葉っぱが揺れる音が聞こえる。おかしい。
ずずずと何かが地面を這う音がする。
「植物は動かない。お前に斧で切られそうになっても、植物は動かない。植物は感じる。植物は喜ぶ。植物は悲しむ。植物は怒る。でも植物は動かない。欲をかいたものの毒牙にかかろうとしても、植物は動かない」
木こりは背後を振り向いた。木が生えている。おかしい、ここに来たときこんな木は生えていなかった。
この木そのものが、なにかおかしい。やけに小さいし、幹から何か花が咲いている。幹から花が咲くこと自体は
だが、一本の木の幹からサクラとバラとハイビスカスなど数種類の花が咲いているのはおかしい。
「植物は動かない。でも・・・」
木こりの足元に何かが触れる。木こりは足元を見る。
木の根っこだ。ただの根っこではない。動いている。
さっきから誰かが言っていることとちがう。
動く根っこは木こりの足にからみつく。動けないと思う間もなく、根っこは胴体までからみつく。
両腕もしばられた。
斧が地面に落ちる。木こりは完全に自由を奪われた。
木こりはあぶら汗がどっと吹き出る。悲鳴もあげられないほどの恐怖に震える。
「シンリは動く」
木こりは気づいた。自分の目の前にあるのは木ではない。
声はこの木から聞こえる。つまり、この木がしゃべっている。
雲が動いた。月が顔を出した。満月だ。とても明るい。月の光が森を照らす。
木こりの目の前の、木のようなものの姿が明るみになる。
人間の顔だ。それもとても美しい少女の顔だ。
風になびく髪も、さらさらしていて美しい。花の髪飾りも様になっている。
しかし、その少女は人間ではないと見た目だけでわかる。
その少女の体は木の皮で覆われている。木の皮を使った服のようにも見えるが、少なくともさわってもやわらかくはないだろう。
手と足は人間と同じように皮膚で覆われ、指は五本だ。
そうだとわかるのは、手袋や靴を着けてないから。
しかし、腕と脚はやはり木の皮で覆われているように見える上に、そこから無数の枝が生えている。
枝の先には色とりどりの花が咲いている。ウメ、サクラ、ヤマブキ、ナンジャモンジャといろいろ。
胴体にはさっきも言った、胴吹きする花が。木こりからは見えないが、背中からも枝が伸び、その先にはたくさんの葉っぱが目に優しい緑色の色彩を描く。
雨の日でも傘は不要だろう。
ここまで見ればわかるはず。少女は花の髪飾りをつけているのではない。
髪に花が咲いているのだ。
「シンリはこの森に深く根を張る。シンリはこの森を守る。動かない植物たちに代わって、シンリは動く。それはあなたの住む町を守ることでもある。それをわかっていないあなたを、シンリは正す」
シンリとはこの少女――の姿をした人でないものの名前だ。
木こりを縛る根っこ――シンリの力によって思い通りに動かせる――が、ぎりぎりと縛りをきつくする。木こりは息を切らし、汗もだくだくだ。
木こりの顔に、シンリの手が触れる。
「シンリはわからせる」
腕に生える枝の先についた花の香りが、木こりの鼻をつく。
とてもいい香りだ。
この結構深い森の番人を勤めるのはシンリ、人間ではないゆがみの娘である。
植物を愛する、ただの愛情ではない人間よりも植物を愛する心からシンリは生まれた。
シンリは植物を愛するだけではない。
シンリは人間よりも植物のほうが美しいと考える。
シンリは人間ではないが少女である。少女は自分も美しくありたいと願うもの。
だからシンリも植物である。
人間のような体に木の皮をまとい、枝を生やし花を咲かせて葉を繁らすのも、シンリは植物のように生きたいからである。
シンリは語る。
「植物は動かない。植物は自分の身を守らない。シンリは植物でありたい。でもシンリは植物を守りたい。だからシンリは植物でありたいけど、動く」
普段のシンリは森の中でじっと動かず、太陽が昇って沈み、月が昇って沈み、また太陽が昇って沈みを繰り返す空の下で、じっと動かず自然に身を任す。
しかしひとたび森の平穏をおびやかすものが現れれば、シンリは動き森じゅうに張り巡らせた根っこを動かし、夜中にこっそり木を切りに来る木こりのような、植物に対する敬意がたりないものどもに、植物がどんな存在かをわからせる。
この結構深い森にはおかしなことがたくさんある。ほとんどはシンリの力。
多くの種類の植物、気候によって生える場所が変わるはずの植物たちが、この結構深い森という一つの場所に集まっているのもシンリの力。
季節によって咲く季節がちがうはずの花たちが、同じとき同じ場所で花を咲かすのもシンリの力。
満開のサクラの木の下でヒマワリが太陽と向かい合い、そのそばに真っ赤に染まるモミジの木が生えその隣りにはサザンカの木が花を咲かせている、なんてめちゃくちゃな景色が見られるのもシンリの力。
なぜこんな季節というものをないがしろにする景色を作るのかねと聞けば、シンリは答える。
「シンリは思う。なぜ季節がちがうという理由で、植物同士の出会いを刈り取らなければならないのか。アケビの花の下にイチゴの花が咲いてはいけないのか。シンリはそう思わない」
シンリは普段はじっとして動かない。いざ動くときが来ると、シンリはとてもアグレッシブになる。
恋人同士がずっと一緒にいられるようにと、木に自分たちの名前を刻むものなら、根っこで縛り付けてお望みどおりずっと一緒にさせてくれる。
信心深いものたちが、自分なりに植物を清めようと樹や花に絵の具をぶちまけようものなら、根っこで縛り付けて絵の具をかけて、そいつらを清めてくれる。
遠足に来ていた子供がグループから外れて一人迷子になろうものなら、いつのまにかそばに立ち、怪物に出会ったと怖がる子供の手をとって出口まで連れて行ってくれる。
森で何か起これば、シンリは遅れることなくいつのまにかその場所に現れる。
異常をすぐに察するのもシンリの力――かと思えば、本人が言うにはそうではない。
「植物は見ている。この森でなにが起きているかを。植物は動かない。この森でなにか起きても。植物はシンリに伝える。この森でなにが起きたかを。シンリは植物の声に応える。シンリは植物に代わって動く」
シンリはこの結構深い森の番人。番人がいるということは、この森をおびやかすものもいるということ。
「ぶんめ~いと~か~がくぎじゅつのはってんは~火をぎょするこ~とよりはじまった☆」
能天気な歌声とともに、スキップしながら現れたのは小さな女の子。
赤いずきんをかぶり、腕には木のかごをぶらさげている。
お花でも摘みに来たみたいだが、そうではない。
「お~い、このもりのあるじよ、いたらへんじをしておくれ~☆」
大きくて甲高い声が森じゅうに響く。まるでおとぎ話のワンシーンのよう。
返事はない。女の子は首をかしげる。
「あり~? このもりのあるじはずっとこのもりにいて、るすってことはありえんはずなのに~?」
と首をかしげていたら背中に何かが触れた。後ろを振り向くと、目の前にバラが咲いていた。
「うひっ!?」
と驚いてのけぞり、上を見上げるとシンリの顔が見えた。
「ちょいとちょいと! あんたがもりのあるじでしょ! いるんならへんじせんかい! むごんであらわれるとはれいぎしらずな!」
怒る女の子にシンリは答えた。
「シンリは森の主ではない。あなたは森の主を呼んだ。シンリは森の主ではない。だからシンリは返事をしなかった。この森の主は植物たち。シンリはこの森を守るものに過ぎない」
「なんちゅうへりくつ。しょくむたいまんね」
「シンリは務めを果たしている。シンリはこの森を守る。植物はあなたの訪れをシンリに伝えた。だからシンリはここに来た。あなたがこの森をおびやかすものなら、シンリはあなたからこの森を守る。シンリにはまだわからない。あなたはこの森に何をしにきたのか」
やっと話ができるとわかると、女の子はニタッと笑った。
「まずはじこしょうかい☆ あたしはピコ。まちのみらいをおもうもの☆ さっそくほんだいに、はいるけど、あなた、このもりのいちぶをゆずるきはないかい?」
突拍子のなさすぎる話だが、シンリはひとまず耳を傾ける。
「あたしたちのまちは、じんこうがどんどんぞうかしているの。いろんなもんだいがあるけど、まずひとつはすむばしょのかくほなのね☆ そうなるとあのまちひとつだけだと、はっきりいってせまい! いまはもんだいなくても、いずれはじゅうだいなじたいになりかねん! そこで、やけにただっぴろいこのもりをちょっとゆずってもらって、あたらしいひとのすむばしょをつくろうってはなしなの☆」
要するに開発のために、この自然あふれる場所を自分によこせということだ。
シンリはこの森を深く愛するもの。そんな話に乗るはずがない。
「シンリは承諾する」
意外な返答だ。
「シンリは思う。植物は人間の生活を助けるもの。花は人間の心を癒す。木は木材となって家となり、人間を風雨から守る。果実は人間の飢えと渇きを満たし、命を守る。だからシンリはこの森から木を切ることを許している。一定のルールを定め、従わないものには罰を与えるけれど。とにかくシンリはこの森を守ると同時に、あなたの住む町も守る。この森が町の人間の生活を阻害するというのなら、シンリはそれを切ることを許す。もちろん全部はだめだけど。植物はわかってくれる」
予想以上に話が上手く言って、ピコは上機嫌になった。
「のっほう! そうときまればこうどうは、はやければはやいほどいい! さっそくさぎょうにとりかかるよ☆」
ピコはかごの中身を取り出した。マッチだ。シンリは
「シンリはわからない。なぜそんなものがいる?」
「かいはつのためには、このもりをきりとらなきゃいけない。でもいちいちきるのはじかんがかかるでしょ? だからてっとりばやくすませるために、このもりを火でもやすのだ☆」
「シンリは前言撤回する。シンリはこの森を守る」
ピコは火をこよなく愛し、あらゆるものを火で燃やすことにこれ以上ない喜びを見出すゆがみの娘。
火と植物が相容れないのは自然の道理である。
シンリはこの結構深い森を愛し、この森を守る。
この森を守りたいと思っているのは、シンリだけではないらしい。
森の中に水のかたまりがある。おかしな光景だ。
水そうから水だけをとりだしたようなそのかたまりは、動き回り森を水で濡らしている。中で何かが泳いでいる。
泳いで移動している。何かが水の固まりから顔を出した。
美しい少女だ。
「すいません。この森をお守りしている方はいらっしゃいますか? いたら返事をして欲しいのですが」
「シンリはここにいる」
「ひゃっ!?」
いつのまにかそばに立ち、返事をしたシンリに水のかたまりから顔を出した少女は驚いた。
少女が入っていた水のかたまりが、ばしゃんと弾けてしまう。
土の上に横たわる少女は、下半身が水の生きもののものだった。
人魚だ。
「すいません。いきなり現れてついびっくりしてしまいまして・・・」
服についた土を払い、おだやかな物腰で人魚は祈るような手つきをした。
人魚の周りを水が張り、再び水のかたまりが作り出された。この人魚には水を自由に操る力がある。
「あの、わたくし水の中にいないと心が落ち着かないものでして・・・このままお話しをしてもよろしいでしょうか?」
「植物は気にしない。シンリも気にしない」
「はい! ありがとうございます!」
人魚は笑顔で話を始めた。
「自己紹介いたします。わたくしの名はミナモ。この森を守りたいと願うものです。さっそく本題に入りますが、この森を守るのにわたくしの力をお貸ししたいのです」
「シンリはわからない。あなたにこの森を守る力があるのか」
「先ほど披露したように、わたくしには水を自由に操る力があります。植物に水は必要不可欠でしょう?」
「植物は水がなければ生きられない。でも生きるためには、自然から得られる水、雨さえあれば植物は充分」
「では火をつけられたとき、植物になす術はありますか?」
シンリは少しの間、黙って考えた。
「植物は火をつけられても動かない。シンリも火は苦手。つけられる前に未然に防ぐしかない」
「でも防火対策というものは、消火の手段も確保しないと成り立ちませんことよ?」
「あなたがこの森を火から守ると?」
「はい! せんえつながらわたくし、町のほうではボランティアで消防士を務めております。私は思ったのです。町を火から守るだけではダメ。町の生活にとって大切であろう、この森にひとたび火災が起きれば町のほうも大打撃を受けるでしょう。なにか起きてからでは遅いのです! わたくしが力添えをすれば、この森で火災が起きても被害は最小限にとどめられると約束します!」
「シンリは理解した。この森は町の生活を助けるためにある。この森がおびやかされれば、町にも被害が及ぶ。シンリは町の人が苦しむことを望まない。この森を守る役目は、シンリ一人だけが担うものではないと、あなたのおかげでわかった。シンリは承諾する。あなたの力を借りる」
予想通りに話が上手くいって、ミナモは上機嫌になった。
「ありがとうございます! 早速仕事にとりかかりますね!」
「シンリは少し待ってほしい。火がついてないのにどんな仕事をするのか、シンリは知りたい」
「ええ。わたくしがいるとはいえ、火災が起きないのがこの森にとって一番いいことです! なので、絶対に火災が起きない環境を今から作り上げるのです!」
「シンリはわからない。いったいどうやってそんな環境を作る?」
「もちろんこの森を水の中に沈めるのです!」
「シンリはこの森を守る」
ミナモは水をこよなく愛し、あらゆるものを水の中にしずめることにこの上ない喜びを見出すゆがみの娘。
植物と水は一見相性が良いが、度がすぎればお互いにとって害にしかならないのが道理である。
この結構深い森を利用するものは多い。
今も誰かが斧を担いで森の中を歩いている。
そいつは偉そうに王冠をかぶり、森を歩くのにふさわしくないハデハデな服を身にまとい、どういうつもりかわからないが、青いボールが常にそいつを中心にして周っている。
常に自分が一番のゆがみの娘、エーコである。
「自己紹介させないのね。私の口から」
むすっとした様子で独り言をいいながら、エーコは自分で作ったとこれみよがしに自慢するために、エーコのサインが入った斧を担いで森を歩く。
木を切りにきたらしい。エーコのことだ、きっとシンリには何も言わずルールなんて一切守らず一人一日一本どころか、十本どころか百本も持って帰る気に違いない。
「シンリ! シンリ! いるのはわかってるから返事しなさい!」
意外なことにエーコはシンリを大声で呼んだ。
「シンリはここにいる」
いつものように、いつのまにかシンリはエーコのそばに立っている。
エーコは全く驚いていない。慣れているようだ。
「相変わらずポーズにこだわってんのね」
エーコはシンリはただじっと動かないでいるだけでなく、自分なりに美しいポーズを心がけているとわかっている。
「シンリは植物の美しさを知る。シンリはそれにあやかりたい」
「私にはなにがなんだか」
「シンリは常にアシンメトリーになるよう心がける。自然にはシンメトリーのものはないから。シンリは枝と枝を交わらせず、すき間を作るよう心がける。空間には美があるから」
「相当自分に自信があるようね」
「シンリは思う。自分に自信があってはだめかと」
シンリの目が輝いているように見える。
まさかと思うが、この二人は波長が合うのかもしれない。
「それはさておき、また木材が必要になったから切らせてもらうわよ」
「シンリはまたかと正直呆れる」
「私だって不本意よ! 城を完成させて、大砲の配備もばっちりやって、祝砲をあげようとしたら、大砲のほうが爆発してそのまま城が全壊するなんてありえると思う!?」
「シンリはわけがわからない」
「私だってそうよ!」
エーコは自分の威厳を示すために城を自らの手で建築している。
もちろん町の人間はそんなこと望んでいない。
なにか汚い手を使っているとしか思えないスピードで瞬く間に大きな城を作ってしまうのだが、そんなエーコを許さない何かの仕業だろうか、いつも完成しては何らかの理由で全壊する。
あきらめずにエーコは再び城を建てて完成させるが、
また何かが起こって全壊する。それを繰り返すばかり。
迷惑にもほどがある。
「あんたね、勝手な主観を入れて語るのいい加減やめてくれない?」
「あんたとはシンリのこと?」
「ううん。シンリ、あんたには植物の声が聞こえるように、私にしか聞こえない声があるのよ」
「シンリは全くわけがわからない」
わけのわからないやり取りはおいておいて――エーコは再び城を建築するための建材を手に入れるためにこの森にはだいぶ世話になっている。シンリともすっかり顔なじみだ。
エーコは自分なりの判断基準で丈夫そうな木を見つける。
「今度こそ完璧な城を作るんだから」
エーコは斧を振り上げる。
ベシッ!
いったいどうして?
切られようとした木が動き出し、長い枝を振り回してエーコをひっぱたいた。
エーコは吹き飛ばされ、地面に大の字になってしまう。王冠が頭から落ちて地面にカランと落ちる。
動かないはずの木が動いている。自分を切り倒そうとしたエーコに襲い掛かる。
なんなのよと起き上がろうとするエーコを叩きつけようと、異様に長い枝を振り下ろす。
その枝を地面から生える根っこが食い止め、縛りつける。木は別の枝を動かすが、それも根っこで縛られる。根っこはいつしか、木そのものを締め付ける。木は完全に自由を奪われる。
「シンリは植物を冒涜 《ぼうとく》するものを許さない」
根っこの締め付けが強くなる。みしみしという音が、木の苦悶の声のように聞こえてくる。
「植物を冒涜するものはいなくなれ」
ベキッ
動く木はへし折れた。ドスンと折れた木が地面に倒れる。
間一髪エーコはその木を避ける。
折れた木の断面から、なにか緑色の煙のようなものが吹き出し、空気と同化するかのように消えていった。
木を折った根っこは地面に引っ込む。あたりが静かになった。
「あんなの私でもどうにかできたわ」
「シンリは図に乗るなと思う」
助けてもらってお礼の一言もないエーコに、シンリは気を遣わない。当然だ。
エーコは落ちていた王冠を拾って頭に着け直す。
「あんたの手で植物を手にかけることになってしまったわね」
「植物はこうなるほうを望む。あんなやつに動かされるぐらいなら」
あんなやつとはシンリやエーコと同じく、心のゆがみより生まれたもの。ゆがみの娘とは見た目は似ても似つかない異形の怪物、ゆがみの魔物である。
シンリが倒したのは、シンリと同じく植物に極端な愛情を抱く心から生まれたもの。
シンリと同じく、植物になりたいと思うそいつは気に入った植物にとりつき植物として生きる。だがそいつは植物とはちがい、自分に危害を加えるものに対しては動いて返り討ちにしようとする。
植物にも生きる権利はあると主張したいのだろうが、シンリは考えがちがうようだ。
「植物は決して自らの手で人を傷つけてはいけない。植物はどんな目にあっても動かない。植物は動くものであってはいけない。それをわかっていないあいつらのやることは、植物に対する冒涜に他ならない」
「なんか矛盾を感じるわね。あんたはそんな姿してるくせに、思いっきり動いてる」
「シンリは植物でありたいと願う。でもそれ以上にシンリは植物たちを守りたい。植物は動かないからって好きほうだいやるやつは許さない。生きるために木で家を作り、果実で飢えを満たすのはシンリは許す。でもシンリは、自分勝手な欲望のためだけに植物を利用し傷つけるようなやつらを許さない。シンリは動いてそいつらにわからせる。植物がどういう存在なのかを」
「あんたね、もうちょっと主語をはぶいて話しなさい。テンポが悪いわ――まあそれはいいとして、ホント植物のためなら命も奉げるって感じなのね。なにがそこまでさせるんだか」
「理由はいたって単純」
シンリは自分の枝についた花と、周りじゅう取り囲む木と花、たくさんの植物たちを見つめる。
シンリは感情をあまり顔に出さない。しかしこのときは、うっすらとであるがとてもうっとりしているような顔つきになっている。
「植物はこの世で一番美しい。シンリは美しいものを守りたい」
シンリは自分の信念を明かす。聞いているエーコの心にはまるで刺さっていない。
「それはちがうわ。植物よりも美しいものはあるわ。この世で一番美しいものがね」
「シンリは聞いてみたい。それがなにかを」
エーコはわざとらしく髪をかき上げ、これ以上ない自信に満ちあふれた表情になる。
「この私よ」
「シンリは身の程を知れと思う」
バコーン
強烈なげんこつだった。エーコの体が地面に半分埋まるほどの。
強烈な頭の痛みの後に、エーコは意識を取り戻した。体が地面に埋まり身動きがとれない。
周りを見る。驚く。自分と同じように地面に埋まってるやつがいる。しかも二人。
赤いずきんをかぶっている少女と、なぜか水にぬれている少女は、体が地面に半分埋まってる状態でぐったりしている。
森に火をつけようとしたピコと、森を水にしずめようとしたミナモだ。二人のそばに、植物が植えられている。
ピコのそばにはキョウチクトウの木が花をつけ、ミナモのそばにはハナズオウの木が生え花を咲かせている。
エーコがふと目をやると自分の隣りにも、花が植えられていると気づく。
スイセンの花だ。
エーコはいらだつ。
「あいつ結構感情的ね。すぐ手を出す」
「シンリは悪かったなと思う」
案の定というべきか、シンリはいつのまにかエーコのそばに立っていた。
エーコににらまれるシンリの両手は、バスケットでふさがれている。
果物がたっぷり詰まったバスケットだ。甘い樹液のびん詰めも入っている。
「なによそれ? お詫びの印?」
「そうではない。これはこれから来る人たちへのおもてなし」
だれのことかとエーコが頭をひねっていると、その人たちはすぐにやってきた。
みんな町に住んでいる人間たちだ。
常に手をつないで離れようとしない恋人たち、信心深いのかローブを羽織る人たち、派手に生きるのをやめた木こり。
彼らはシンリのもとへやってくる。シンリは彼らに果物いっぱいのバスケットを差し出す。
「シンリはあなたたちにささげる。植物の恵みを」
シンリがバスケットを地面に置くと、人間たちはいっせいにバスケットに飛びついた。
早い者勝ちと言わんばかりに果物をつかみ、口まで運んでがっつく。貪るように食べる。
びんづめの樹液のふたを開けようとする。落としてビンを割ってしまう。地面にしみる甘い樹液が人間に舐めまわされる。
エーコはその光景に目を丸くする。
「なによこれ」
「彼らは以前は植物への敬意を持っていなかった。シンリは植物がどんな存在かをわからせた。植物は人間の命をつなぐ存在だということを。シンリはこの甘い果実と甘い蜜でわからせた。今や彼らは三日に一度は植物の恵みを受けている。彼らはこれがなによりの生きがいになっている」
シンリの力で生み出されたらしい果実と蜜は、ふつうのものよりもとても甘くクセになる味だと評判のようだ。
甘い果実、植物の恵みにありつく人々。
「シンリは身にしみる。これこそ人間と植物の共存」
「これは共存って言わないわ。依存って言うのよ」
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