ルルルはケダモノの女王
「この町をどうやって作ったのか? 一つ重大な誤解を解かなければならないので言っておくが、私はこの町の設計、建設等には一切関わっていない。それとこの町は私のふるさとでもなんでもない、よそものだ。ゆがみの娘なのに? もう一つ誤解を解かなければならないので言っておくが、ゆがみの娘はこの町で生まれたわけじゃない。私もそうだし、私の知ってるやつに限るがこの町で生まれたゆがみの娘は一人もいない。じゃあ誰がこの町を作った? 知らん」
――あるゆがみの娘の語り
人間と動物は切っても切れない縁を持つ。人間も動物の一種だと言いたい人もいるだろうが、その考えはしばらく置いておいてほしい。
動物は人間にはないものを、たくさん持っている。
ふわふわの毛並み、ぴこぴこ動く耳、ふりふり振られるしっぽ。
何でもガブガブとかみ砕くするどい牙、何でもズタズタに引き裂くするどい爪。
人間が動物をどう思うかは人それぞれ。愛するペットあるいは根絶やしにするべき宿敵。
これらの考えに共通しているのは、あくまでも人間のほうが動物より上に位置する存在であるということ。
そう、動物のほうが人間より上に位置する、人間より動物のほうが優れていると考える人もいる。
そして人間とは自分は優れた存在でありたいと願うもの。
人間でありながら自分のことを動物だと思い込み、決め付けてしまう。
この世界には動物に変身する魔法なんてない。
ゆがんだ心を満たすには、ひたすら動物のマネをしてなりきることぐらいしかできない。
ゆがみの娘のいる町には動物もたくさんいる。
ペットを飼う人は少なくないし、ウシ、ブタ、ニワトリ、ヒツジといった人間に命を奉げることを強いられる動物たちもたくさん飼われている。どこかの定食屋ではブタ料理がおいしいとのこと。
人間の手を離れた野良の動物たちも多い。目立つのはやっぱりイヌとネコ。
イヌとネコはあまり相性がよくないイメージがあるが、仲良くやってるイヌとネコもいると言えばいる。
ここに、野良犬と野良猫の混合グループがいる。
今日も自分たちのナワバリでエサを漁ったり、じゃれついたり、ケンカしたりと思い思いに楽しんでいる。
イヌとネコ同士がなぜこんなに仲がいいのか。元々は動物を愛してやまない人間が、自分の手におさまりきらないほどの数のイヌとネコを飼っていた。
彼らに仲良くするようにしつけていたのだが、その人間はいろいろあって死んだ。
そして生まれたのがこの野良犬、野良猫たちのグループである。彼らは人間に飼われていたころよりも生きることを楽しんでいるらしい。
好き勝手しているやつらのところに、招かれざる客がやってきた。
そいつを見たイヌとネコたち――遊んでいたやつはその手を止め、寝ていたやつは起き上がり、ケンカしていたやつらは休戦して、そいつを警戒し始めた。
イヌはうなり、ネコは毛を逆立てる。
そいつは決して敵意を持っていない。むしろ動物たちと友だちになりたくてやってきた。
だがいかんせん、そいつの見た目に問題がある。
そいつの両手は人間みたいだが、両足は動物みたいだ。四足歩行で歩いている。両手は前足のつもりらしい。
そいつの頭と目は動物みたいだが、鼻と口は人間みたいだ。
言葉はしゃべらないが、ワンともニャーとも鳴こうとしない。声がないのだ。
そいつは人間でなければ動物でもない。どちらにもなれない異形の生きもの――この町に生息する、心のゆがみから生まれた魔物だ。
こいつを生み出したのは、人間でありながら自分を動物だと思い込むゆがんだ心。
魔物はイヌとネコたちの仲間に入ろうと、グループのナワバリに足を踏み入れる。動物なんだから動物の仲間になれて当然だと思っている。
イヌはバウバウと吠える。ネコはシャーと威嚇する。あっちいけ、お前なんか仲間じゃない。
イヌとネコたちの気持ちを魔物は理解した。そして怒りに身を震わせた。
仲間にしないのなら、殺してやる。自分を怒らせたら殺す、それが動物というものだと魔物は思っている。
人間みたいな手なのに、動物のようにするどい爪を光らせ、一番近くにいるギニャアと悲鳴をあげるネコを引き裂こうと腕を振り上げようとした。
「AOOOON!」
それは安易に文字で表現するのをためらうような、大地を揺るがすような遠吠えであった。
魔物はその叫びに驚き、思わず爪をひっこめる。
イヌとネコたちは空を見上げ、かしこまりだす。あいつが来る。
あいつは四足歩行で人間には追いつけない速さで突っ走る。
人間には追いつけない高さまで、四足歩行でジャンプする。
家の屋根を駆けめぐり、屋根から屋根へ飛び移る。
屋根から地面まで飛び降りても、全く痛みを感じることなく四足歩行で突っ走る。
飛び降りた瞬間、たまたま通りがかったミュージシャンに「ひっ」と地声を出させて、自己嫌悪に陥らせる。
イヌとネコのナワバリまで走ってきたそいつは、立ち止まることなくゆがみの魔物に飛び掛る。
「SHAAAA! 」
とそいつは吠えながら、そのするどい牙と爪を魔物の身体に突き立てる。
何とか振りほどくも、傷だらけになってヤバイと思った魔物は、あっさり尻尾を巻いて逃げ出した。
「UOOOOOOON!」
そいつがあげるのは勝利の雄たけび。イヌとネコたちはそいつを慕い、駆け寄ってくる。
このそこそこ広い町に住む動物たちには、圧倒的な力を持つ王がいる。それは一人のケダモノである。
そう、そいつを数えるには「一人」という単位を使わねばならない。
なにせ、そいつの見た目は、どこをどう見ても紛うことなき美しい人間の少女なのだ。
「GAW! BAWBAWBAW! 」
だがその中身は、紛うことなきケダモノ(学名:Kamitsukius Hikkakius)。
「GAW! GRRRRR・・・」
とまあ、本人の口から自己紹介をするのは酷な話のようなので代わりに教えてやらねばなるまい。
このケダモノの名前はルルルという。
遊びのつもりで名前を聞いてみると、いつも「GRRRR(ガルルル)」と不機嫌なうなり声を返すのが由来だ。
重要なことなので繰り返すが、ルルルの見た目はどこをどう見ても紛うことなき美しい人間の少女である。
目も鼻も口も耳も手も足も全て人間のもの。
髪の毛は長くふわふわしていて、動物っぽいと言えるかも。
しかし、口の中にある牙と手に生えている爪はするどく、動物のものとしか思えない。
牙は獲物の体に深く突き刺さり、爪は獲物の身体をたやすく引き裂ける。
人間の四肢は四足歩行には向いていないはずなのに、ルルルは二本の足を使うより、両手を前足にした四足歩行で突っ走るほうが速い。
鼻の力も強く、においだけで敵がどこにいるかわかったり、たくさんの空の箱の中から一つだけ肉の入った箱を探し出すなんてお手のもの。
ルルルは人間のような見た目をしながら、動物のような力を持つ。
なぜそんなことになっているのかというと、ルルルはゆがみの娘だからである。
人間でありながら自分を動物だと思い込む、ゆがんだ心から生まれた人間にも動物にもなれないもの。だがどこかの魔物とはちがい、ルルルは町の動物たちには結構慕われている。
ルルルは面倒見がいいケダモノ(学名:Nikukutte Bakarius)。
狩りで得た大好物の肉を野良のイヌとネコたちを分け合ったり、しょっちゅう現れては動物たちにちょっかいをかける魔物(時には人間)から守ってあげたりすれば、頼りにされないほうがおかしい。
どこで狩りをして、何の肉を食べているのか? 人間の手から離れた動物はイヌとネコだけではないとだけ言っておこう。
「WOOO・・・ WOOO・・・ ZZZZ」
ルルルは平穏を好むケダモノ(学名:Kutchaneus Kutchaneus)。
日当たりのいい場所での昼寝の時間は、ルルルにとって至福のとき。
地面に顔を突っ伏し、体を丸めてすやすや眠る。ネコの生態を知っている人ならわかるだろうが、これは眠りながらも周りへの警戒を怠らないときの寝方である。
だから何か不穏な気配を感じれば、ルルルはすぐにパッと目を覚ます。
イヌとネコ混合グループの間に内紛が起こった。
以前から二つの派閥にわかれて、小さなケンカはしてきたが、今回ばかりはお互い相手を滅ぼすつもりでいる模様。
お互いのリーダー格であるやけに大きいイヌと、体が小さいが肝の据わったネコがにらみあう。
イヌはウーと低くうなり、ネコはニャオニャオと高くわめく。二匹のどちらかが噛みつくなり引っかくなりすれば、それを合図にイヌとネコたちは血で血を洗う戦いをはじめる。
いったいどちらが先に仕掛けるのか、二匹の声だけが響きわたる。
ウーニャオウーニャオウーニャオウーニャオ
「GAWGAWGAWBAWGAW!」
突如割って入ってきたルルルの吠え声に、イヌとネコたちは飛び上がる。
「WOOO! GAW!」
牙をむき、うなり声をあげ、髪の毛を逆立ててルルルはその場にいる全てのイヌとネコたちを威嚇する。
勇気のないイヌとネコたちは怖気づいて逃げ出す。
根性のあるイヌとネコたちは踏みとどまり、ルルルに邪魔をしないでほしいと目とうなり声で訴える。
当然、ルルルは一歩も引かぬ。
「WOOOOOOOO・・・・・・・」
するどい牙と爪をちらつかせ、目もすわらせて、ルルルはイヌとネコたちを威圧する。
くだらん争いなぞやめろ。さもなくば、お前ら全員ボロボロにしてやると体全体で表現する。
根性のあるイヌとネコも、流石に体が震えだす。
「BAW!!」
と一声吠えた途端、イヌとネコたちは戦意喪失。
ちりぢりばらばら逃げ出して、しばらくの間は小さなケンカもできやしない。
ルルルは戦いよりも平和を好む。
小さなケンカはいくらでもすればいい、動物とはそういうもの。
だが相手を滅ぼすだけで、終わったあとには何も残らない戦いをルルルは嫌う。
そんなことをしようとする動物たちには、この牙と爪をむき出しにしてわからせてやる。
戦ったって勝ち目は無いぞ、勝ち目の戦いなんて意味はない。意味のない戦いなんてやる価値はない。
牙と爪は動物の武器。武器は、本当は戦いを起こさないためにあるということをルルルはよく知っている。
平和をとりもどし、また一眠りしようとルルルはあくびをして、目を閉じようとする。
何かが目に映った。人間でも動物でもないもの。四つんばいのゆがみの魔物がうろついている。
魔物とルルルの目が合った。
「GAWGAWGAWGAWGAW!」
有無を言わせずルルルは魔物に喰らいつく。
牙と爪は動物の武器。武器は使わなければさびついてしまうことをルルルはよく知っている。
「SHAAAAA!!」
ルルルは狩りをするケダモノ(学名:Chikkoitori Pakutsukius)。
獲物は小鳥(学名:Chikkoitori Mechaumadeus)。
ここぞとばかりにルルルは小鳥にとびかかる!
小鳥は何事もなかったかのように、のんびりした様子で飛び立っていく。
ルルルが影から狙っていたことなんて、とっくにお見通し。
「GUUU・・・」
狩りに失敗したルルル。ふてくされてうなる。
「あらあら、威勢がよくてとても汚らわし――いや、たくましい子ねえ~」
何か鼻につく声がしたほうへルルルは振り向いた。
偉そうに王冠を頭にかぶり、むだにきらびやかな服を身にまとう、いかにもわがままでエゴイズムの固まりのような、というかエゴイズムから生まれた少女がそこにいた。
自分が一番のゆがみの娘エーコである。
「いきなり侮辱してくれるわね」
「?」
誰も何も言っていないのに、誰かに返事をしたようなエーコにルルルは首をかしげる。
「そんなことより、あなた獲物狩りというか動物の扱いが上手いみたいねえ。さっきは失敗してたけどそれぐらい水に流してやるわ。その腕、このエーコ様が買ってやってもいいのよ」
完全に上から目線の態度に、ルルルは相手にせず四足歩行で去ろうとする。
「もちろん見返りは用意してるわ。この私にただ働きさせられたなんて、ウワサを流させるわけにはいかないわよ」
エーコが取り出したのは、輝いてるようにも見えるいかにも高級そうな霜降り肉。
ルルルの目の色が変わる。動物は欲望に弱い。
これ見よがしに肉を見せ付けるエーコに、ルルルは思わず歩み寄る。肉にがっつける位置まで近づいた。
ガチン! これはエーコの罠だ。
ルルルは首輪を着けられる。首輪から伸びる長いひも――リードで引っ張られる。リードを握るのは当然エーコ。
「ハッハー! 所詮はケダモノ。手中に収めるのに苦労はないわ!」
ルルルを引きずり、どこかへ連れて行こうとするエーコ。
道中、ルルルは激しく抵抗するも、どれだけ引っかかれても噛みつかれてもリードを手放さないエーコにこの時は根負けした。
<町一番の城 建設予定地 エーコ以外立ち入り禁止>
と書かれた立て札にエーコは紙を張った。<エーコとその下僕以外立ち入り禁止>と内容は変わった。
「さあケダモノよ。この光景を見てなにをすべきか理解できる?」
引っかき傷と歯形のついたエーコが見せたのは、建設途中の骨組みだけの城。それもまだ二階部分までしかできていない。
いつもなら、何かしらの不正をしているのは間違いないと思わんばかりのスピードで、この町一番の高さを誇る城をエーコ一人の手で築き上げてしまう。
しかし今回は建設の初期段階で問題が発生した。
建設現場がイヌとネコの憩いの場所になってしまった。
骨組みだけの城に、いつのまにか野良犬、野良猫が住みつき一匹いれば二匹、二匹いれば四匹、四匹いれば十六匹という具合にどんどん数が増えてしまい、本来の土地の持ち主(というわけでもないが)であるエーコをおびやかすようになってしまった。
「ケダモノに理解力なんてないでしょうねえ。だから説明、それもわかりやすく一言で言ってやるわ。こいつらを追っ払いなさい」
言われなくてもわかっているのに説明をしたエーコに、ルルルは腹を立てる。
「なによ、一言じゃわからない? このアホンダラの野生動物どもを追っ払って、なおかつ二度とここに入ってこれないように四六時中番人、いや、番犬――それもちがう? ええっと・・・知ったこっちゃないわ! とにかく見張りをしなさい! もちろん仕事に見合う対価は与えるわよ」
エーコが示したのは犬小屋。しかしただの犬小屋ではない。
外壁はきらびやか。やけに大きくて、中もやたらと広い。人ひとりが充分住める。
ソファーにベッドに、おもちゃまで完璧に用意されている。
全てエーコが自らこしらえたもの。本人のサインが刻まれている。
「これに毎食、この高級なお肉を供給してあげると約束するわ。お望みなら契約書を書いてサインだってしてやるわよ。まあケダモノにそんな手続きは必要ないでしょうけど。ねえ、もう自分がどういう立場にいるかわかったでしょ? さあさっさと仕事に取り掛かりなさい!」
客観的に言えば、エーコの提示した条件はとても魅力的なものだ。
ルルルが甘い蜜をちらつかせられたら、簡単にしっぽを振って腹を見せるような生きものだったら、間違いなくエーコの思い通りの結果が得られたはず。
エーコはルルルがどんな生きものか、全くわかっていなかった。
「たっく・・・なんでこうもトラブルが続くのかしら。この間は完成したと思ったら、頭からっぽなやつの火遊びで全焼したし・・・ん? なによ?」
ルルルはエーコの服の裾を引っ張って振り向かせ、着けられている首輪を指で叩いた。
「ふん、これだけは外せって? それさえすれば私に従うと? ふふん、いいわそれぐらいの譲歩はしてあげる。一番たるもの下々のものの願いにも耳を傾けてやらないとね。たとえそれがケダモノでも」
エーコが相手の気持ちを自分に都合よく解釈するところが、ルルルには幸いした。
ルルルの目論見どおり、エーコはリードのついた首輪を外す。
「AOOOOON!!」
首輪が外れたとたんにルルルが遠吠えをする。エーコが驚いてひっくり返る。
エーコが起き上がったときに見たものは、自分の周りを取り囲む、たくさんのイヌとネコたちそしてルルル。
エーコは何も知らなかった。
このイヌとネコたちは単なるケダモノの集まりではなく、仲間割れもするがいざとなれば一致団結するグループであること。
ルルルはこの町の動物たちの女王であること。
そして、ルルルはどんなものを与えられても決して仲間を裏切るような生きものではないことを、エーコは全く知らなかった。
「ああ、なるほどね」
エーコは何も知らなかったが、今の状況をすぐに理解した。
じりじり忍び寄るイヌとネコたち。エーコはおびえていない。ゆっくりと辺りを見回している。
エーコが見つけた。包囲の中にネコだけが集まっている一角を。
エーコは知っている、ネコの弱点を。
エーコは愛用の青いボールを取り出し、ネコたちの一角めがけて投げた。
珍しくエーコの狙い通りになった。
ネコたちは青いボールにいっせいにじゃれつきだし、厳重な包囲に穴が開いた。
当然、エーコはそこから包囲を抜け出し、この場から全力で逃げる――という最も賢いはずの選択をとらなかった。
いったいなにを考えている?
エーコは建設中の城の骨組みの最上階まではしごで登った。
「ケダモノども! 私はお前たちごときに逃げも隠れもしないわよ! どちらが生物界で上の立場にいるかわからせてやるわ!」
エーコを見上げるイヌとネコたちに告げると、エーコは右手をかざす。ボールを手元に戻す。
ボールはひとりでに戻ってきた。
がっちりかぶりつくルルルと共に。
「WOOO・・・」
エーコの右手に乗ったボールに牙を食い込ませたまま、ルルルがうなる。
エーコは沈黙する。
ルルルはにらみつける。
沈黙。にらみ。
「ウキィー!」
甲高い声をあげながら、エーコはボールをルルルごと下の地面にたたきつけようとした。
ぱっとルルルはボールから口を離し、回転しながら宙を舞いエーコの背後に四足歩行で立った。
「SHA!」
すかさずルルルはエーコめがけて体当たり。突き落とされるエーコ、だがエーコもただではやられない。
ぶつかってきたルルルをつかんで、道連れにする形で二人そろって地面に落ちる。
空中で二人は一回転した後、ドシーンと落っこちた。
ゆがみの娘はやたらと丈夫。この程度の高さから落ちても、ちょっと服が汚れるだけ。
「図に乗るんじゃないわよこのケダモノ!」
起き上がり、距離をとる二人。エーコが先に仕掛ける。
青いボールをルルルめがけて投げつける。ルルルはひらりと身をかわす。
フンとエーコが勝ち誇ったような顔になる。ルルルは動物のカンを働かせる。
Uターンしてきたボールを、ルルルは再びかわす。
ボールはまたUターンしてルルルめがけて飛んでくる。
「ホーミングよ」
エーコがしたり顔でタネを明かす。ボールは落ちることなく、ひたすらルルルを狙い続ける。
ルルルはひたすらかわす。かわす。かわす。このままではラチがあかない。
ひらめいた。ルルルはジャンプする。
骨組みを支える柱に飛びつく。ボールはルルルを狙う。
ぶつかる直前、ルルルは別の柱に飛び移る。
ベキッ! ボールは木製の柱をたやすくへし折る。
「あーやばい」
エーコは察するももう手遅れ。
ルルルが柱に飛び移るたびに、ベキッ! ベキッ! とボールは柱をへし折り続ける。
折れてはいけない柱もあっけなくベキッと折れた。
どんがらがっしゃん。
あっけなくエーコの城は建設の初期段階で崩壊した。
いつもは完成した後で崩壊するから、今回は被害が小さい。
もうもうと土ぼこりが辺りを舞う。
イヌとネコたちは勝利を収めたルルルを称える。
ルルルは賞賛にご満悦。
エーコはがれきから上半身を出す。青いボールがエーコの頭の上にポコンと落ちる。なにか物事の真理を知ったような表情だ。
なにを思ったか、エーコはポケットからメモ帳とペンを取り出した。
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
とひたすら書きなぐるのは、くじけそうになったエーコが元気を取り戻すためのおまじないのようなものである。
「次の下僕は最低限言語によるコミュニケーションができる・・・いや、やっぱり下僕なんていらないわ・・・」
とペンを走らせながらエーコはぼやいた。
その光景をみてルルルとイヌとネコたちは、哀れに思うものでもあったようだ。
ここはエーコのナワバリということにして、自分たちは足を踏み入れないと誓った。
翌日、あきらめの悪いエーコ。
くじけることなく城の建設を再開する。
誰の手も借りず、自分ひとりの力で城を建てようとする。
無理しなくていいものを。
「無理なんかしてないわ。全力を尽くしてるだけよ」
独り言を言うエーコ。
いまいち作業が進まない。
釘を打つ作業一つにもイマイチ集中できない。
「・・・視線を感じるわ」
エーコがふりむく。
だれもいない。
城の倒壊のまきぞえを食らわなかった、エーコ手作りの犬小屋があるだけ。
上のほうに目を向ける。
ルルルがいる。
小屋の中に入らず、屋根の上からエーコの様子を見つめていた。
「なによ、邪魔だからどっか行きなさい!」
金づちを振り回しながら、エーコはルルルに命令するが、ルルルは聞く耳を持たない。
犬小屋の屋根から飛び降りる。
両手を前足にしてイヌかネコのように、エーコの前に座る。
「ケンカ売りに来たの?」
とケンカ腰でルルルをにらむエーコ。
エーコにひるむことなく、ルルルは何を始めたか。
そばに積んであった材木を、ルルルは担ごうとした。
そうしようとした腕をエーコはつかんだ。
「ケダモノが手を使って物を運ぼうとするんじゃないわよ!」
親切心をこうもあっさりと踏みにじるようなことがあっていいのだろうか。
「私は一人でやるほうが早く作業を済ませられるの!」
たまには人間のような手の使い方をしようと思ったらこの有様。
ルルルは当然ばつが悪い。
「GRRR・・・・」
とうなる。
「んんっ?」
エーコが何かに目を見開く。
「あんた・・・この爪・・・」
エーコは気づいた。
気づいてしまった。ルルルの鋭い爪を見て
「これ・・・・・・・・・マニキュア?」
ルルルは瞬時に手を引っ込める。
両手を前足にして、イヌかネコのように座り込む。
「ちょっと待ちなさい! もっかいよく見せなさい!」
手を引っ張ろうとするエーコに、ルルルは必死で抵抗する。
「見せなさいってば! 私が言ってんのよ!」
「GAW! WWWWWW!」
「あんたねえ! 指摘されて隠すぐらいならそんな化粧なんてするんじゃないわよ!」
ルルルは人の姿をしたケダモノと聞いて、一糸まとわぬ少女が駆け回る姿を想像した人は少し反省したほうがいい。
なお、今日のルルルのファッションはフードつきパーカー(パーカーには動物の耳がついている、もちろん作り物)にホットパンツ。動きやすさも考えてのコーディネートである。
ルルルはケダモノ(学名:Hitodemonaku Doubutsudemonaus)。
ケダモノであるが少女でもある。
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