12 リア
アロエットから見たリアは、優しくて機転も利く、魅力的な女子だった。令嬢たちの華やかな輪には積極的には加わらないが、誘われたら礼節をもって応えることもできた。
あの医務室への付き添いの一件から、リアはアロエットに話しかけてくれるようになっていた。
「アロエット様、ごきげんよう」
週明けの、どことなく気だるげな空気の教室の中、アロエットが朝の支度を終えて読みかけの本を取り出したタイミングで、リアは穏やかに声をかけてきた。
アロエットは、リアのそのような細やかな気遣いも好ましく思っていた。
「リア様。ごきげんよう……今日は一段と素敵な髪型ですのね」
普段は肩までの長さの髪をさらりと下ろしたままのリアが、ハーフアップにしていることに気づき、アロエットはすかさず褒めた。女子の可愛さは、どれだけ褒めてもいいものだ。それでさらに磨きがかかるなら、なおさらだ。
リアは、「ありがとうございます」と少し恥ずかしそうに横を向き、後頭部をチラリと見せてくる。
(――!)
後ろで結ばれていたリボンは、医務室に付き添ってもらったお礼にと、アロエットが彼女に渡した菓子の包みを飾っていたものだった。キャメルの髪に、ボルドーのサテンのリボンが美しく映えていた。
アロエットは、普段から自分の瞳の色に近い色味のリボンを好んで使っていた。自分が何気なく使ったそれを、リアが大事そうに身に着けていることに、アロエットは少し気恥ずかしさを覚えた。
それと同時に、リアが教会の人間であることに対して距離を感じていた自分を、微かな胸の痛みと共に省みた。
「アロエット様、今日のお昼をご一緒できたら嬉しいです。その、ちょっと、お願いごともございまして……」
リアはそう切り出すと、彼女にしては珍しく、言葉を選びかねているように言い淀んだ。
アロエットは、その様子からなんとなく、弟や妹から失敗を隠すための相談を受けたときと同じ空気を感じ取った。内心のわくわくした気持ちを微塵も漏らさぬよう押し殺しながら、「わたくしにできることでしたら」と、彼女は最大級の慈愛の笑みで快諾した。
♢
アロエットとリアはカフェテリアでの昼食を終え、ミントティーを楽しみながら話を始めた。
「……さっそくお伺いいたしますけれど、リア様のお願いごとというのはどのようなことかしら?」
カップの中で静かに揺れるはちみつ漬けのレモンは、すっとした爽やかさの中にほのかな甘みを溶かして、リアの緊張を解くのに役立ったようだ。朝よりは少しだけ滑らかにリアが話しだした。
「アロエット様にお願いするのは、大変おこがましいことなのですが……私の毎週日曜日のボランティアをお手伝いいただきたいのです!」
リアはそう言うと、切羽詰まった様子で頭を下げた。
「日曜日……毎週ですの?」
リアの勢いに押されて、アロエットは思わず聞き返してしまった。
リアは、あわあわと両手を動かしながら、続けて言った。
「あ、毎週行くのは私だけで結構なのですが、とある方のお話相手をする際に、ときどき一緒にいてくださると、私は心強くて助かると言いますか」
(『とある方』とは、教会の関係者……? 教会の敷地外でのボランティアか、それとも……)
アロエットは貴族の笑みを浮かべ、慌てるリアを落ち着かせるようにわずかに会話の軌道をそらした。
「まあ! リア様は、いつもそのようなボランティアをなさってますの?」
リアはパッと笑顔になり、アロエットに答えた。
「ええ! ……実は、教会に引き取られてからは、欠かさず奉仕活動に参加しております。私が、いま教会にお返しできることと言ったら、それくらいですから」
「教会にお返し……ですか?」
アロエットは思わぬ答えに、再び聞き返すだけの質問をしてしまった。
「私は元々は、西部の山際にある小さな村で暮らしておりました。今から七年ほど前に、雨が続いて作物がやられ、がけ崩れも起きて……村が弱っていたところに質の悪い病が流行ったのです」
リアは、ティーカップに視線を向けたまま、淡々と話した。
「私の家族は、みな病にやられました。私は、たまたま軽い症状で生き延びましたが……村の大人も、周辺の地域の人々も、子どもを引き取る余裕はなくて。人買いに売られるか野垂れ死ぬかというときに、教会の
アロエットは、相槌を打つのも忘れ、リアの話に聞き入っていた。
「いま、こうして学園で学び、アロエット様と一緒にお話しできる時間は、私にとっては教会から授かった奇跡のようなものなのです」
リアは右手で銀のラペルピンに触れながら、嬉しそうにそう言った。
「そうでしたの。大変な思いをなさったのですね……」
アロエットのいつもより静かな声音にハッとして、リアは慌てて頭を下げた。
「アロエット様、申し訳ありません。私、こんな風に教会の外で自分の話をしたのは初めてで……ご気分を悪くされましたか?」
「いいえ、リア様。大事なお話をわたくしにしてくださって、ありがとうございます。どうぞ、わたくしには、遠慮なく思ったようにお話しくださいませ」
アロエットは、リアの明るいブラウンの目を見て、心からそう告げた。リアの硬い表情がほっとしたように緩んだ。
「ありがとうございます。教会では、私のような事情を抱えた者は、珍しくありません。今は教会が私にとっての家で、そこに住まう人々はみな家族なのです……ちょっと、大家族すぎますけれども」
そう言って屈託のない笑顔を見せるリアを、アロエットは直視できなかった。家族を奪っていった教会が、誰かにとってのかけがえのない家になっている。
うつむいたまま頷いて、残っていたミントティーと共に胸の苦しさを飲み込んだ。
(……次の日曜日であれば、魔力遮断のローブは手元に届いている。学生であるリアのボランティアならば、教会の深部にいきなり入るようなことにはならないでしょう)
アロエットは、美しい所作で音もなくカップをソーサーに乗せ、少しだけ瞳を潤ませたままリアを見た。
「リア様。今朝申しました通り、わたくしができる範囲で、どうかお手伝いさせてくださいませ」
リアは、アロエットの濡れた瞳に気づき、その
「もったいないお言葉です。どうぞよろしくお願いします」
ほんのりと頬を赤らめたリアは、そう答えるのが精一杯だった。
♢
その日、地下第二図書室にやって来たアロエットは、届いたばかりの魔力遮断の機能がついたローブを纏っていた。
深い紺色の生地を使ったケープ付のローブは、袖口や裾に繊細で上品な金の刺繍がふんだんにあしらわれ、まるでアロエットのために澄んだ夜空を切り取って作られたような美しさだった。アロエットの動きを妨げず、軽い仕上がりだというそれは、どこか神秘的な雰囲気が漂い、ルチアノ家の威厳を感じさせた。
それを見たコルヴスは思わずため息をこぼし、それを身に着けてなお衣装映えする妹に感心していた。
そして今、室内には考え込む顔をしたコルヴスと、笑みを浮かべたアロエットの姿があった。ファルコは寮の抜き打ち検査に向けて、ノクティスの魔力隠蔽のため、魔道具の作成にかかりきりになり、図書室にはもう一週間も顔を出していなかった。
「わたくしの判断で、リア様とのお話を進めてしまいましたが、要するにわたくしが 1.魔力遮断のローブを着て 2.教会員であり、わたくしの友人であるリアと共に 3.教会の外縁部にある保養院を訪ね、傾聴ボランティアを行う。それにより発生するリスクは、それほど高くないと考えました」
アロエットはローブの
「うん……悪くない足がかりだね」
コルヴスは頷いて同意を示しつつ、わずかばかり眉根を寄せていた。思った通りの反応に、アロエットは笑みを深くした。彼女が先に一人で話を進めたのは、この心配性の兄から手っ取り早く同意を取り付けるためでもあった。
兄は自分が動くことには躊躇しないのに、妹と弟のこととなると大変慎重になる困った癖があった。
「それで、話を伺う相手はどんな方なの?」
気を取り直して、コルヴスは笑顔で尋ねた。
アロエットは、迷うように間を開けて答える。
「それが……リア様がおっしゃるには、長く教会にいらっしゃる、ご高齢のご婦人だそうです。恐ろしい言葉ばかり口にされるので、皆お話を伺うのを嫌がって、リア様にその役割が回ってきたとか……そして、リア様がわたくしに協力を依頼なさったのです」
コルヴスは何とも言えない顔で、「そうなんだね」とだけ返した。
自分が最初に話を聞いたときも、きっとこんな表情だっただろうな、とアロエットは思った。まるで、できの悪い学園の怪談を聞かされている気分だ。
とにかく、これ以上は飛び込まないことには何もわからないので、日曜日を待つしかなさそうだ。
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