11 風が吹く
ペリグリン家の養子たちには、魔力がない。
魔力のない孤児たちを七人も引き取る教会の聖女様を、「まあ、彼女ならそうしても不思議じゃない」と教会の人間も街の人間も、あきれながら温かく見守っていた。
ファルコには兄が三人、姉が二人、同い年の弟が一人、妹が一人いた。
「さて、実験、実験!」
庭に大きなピクニックブランケットを広げ、父が何かの装置をカゴ一杯に運んできた。母は、装置に合わせて削られた魔石をトレーに乗せて運んでいた。
兄弟姉妹は、興味津々で集まってきた。
「はい注目。この魔道具は、魔術が使えない人にだけ使える道具です」
父、クレイグはカゴから一つ取り出したそれを掲げて、皆に見えるようにした。
こういうときの父は、まるで先生のような話し方になって、ファルコはこのわくわくが始まる時間が好きだった。
「おおー!」
「見た目がイマイチ!」
「すごい!」
「続きを早く……」
などなど、兄弟姉妹が口々に勝手な感想を述べていた。
「はいはいはい。さっそくこれで魔術を使ってみよう! あまり出力も上げてないから、失敗も心配しなくていい」
わっという歓声の後に、子どもたちはカゴに群がった。魔術が使えるファルコは今日は見学だ。
「シャノンもやってみてほしい。絶対に楽しいから」
父は笑顔で、少し離れて子どもたちを見守っていた母を誘う。彼女もまた、魔力のない体質だった。
「私もいいの?」
蒼鉛色の目を輝かせて、母が返事をする。
「すごい魔術が使える! という訳じゃないんだけど、小さな幻を作り出したり、小さな風を起こしたり……マッチくらいの火も灯せたり……する」
尻すぼみになっていく声に、くすくすと笑いながら、母もカゴに残っていた道具を手に取った。
「それでは始めますよ。1.利き手じゃない方に装置を添えて、利き手でベルトを締めると、ひとりで装着するのが楽です。 2.自分の目で見たときに、装置に入口っぽい細長い穴が見えていない人は、取り付けが逆さまです」
「オレじゃん!」という一番年上のシグナスの叫びに、弟や妹がケラケラと笑い声を上げる。
シグナスも笑いながらサッと器用につけ直し、ベルトと格闘をしていた弟を手伝ってやった。ファルコはライラの「自分でやる」を根気強く見守っていた。
「はい、大体着け終えたかな? では、3.トレーに乗っている平べったい魔石を、その穴に入れてください」
トレーに乗っている魔石はアイボリーのタイルのような質感だった。皆が差し込み終えるのを待って父が尋ねる。
「どう? 何か感じる?」
「何かオーラ出てる!?」
ファルコと同じ年のカイルムが勢い込んで答えるが……
「それは気のせいです」
「気のせいかよ!」
父とカイルムのやり取りに、また笑い声が起こる。
「じゃあ、実際に魔術を使ってみるとどうだろう?」
ファルコには、皆の目が輝いたように思えた。父さんの話は、皆にとっても面白いんだなと嬉しくなる。
「この装置には、あらかじめいくつかの詠唱で発生する魔術を組み込んである。詠唱が装置を動かす『コマンド』みたいなものかな。なので、実は決まった魔術しか使えなくて、その辺はおいおい改良するから……」
「わかったから!」
「許す!」
「はやく!」
「いいから早く続き……」
最高潮のところでお預けをくらった子どもたちが騒ぐ。
「はいはい」と笑いながら父が短く詠唱する。
「
ひゅうっと音がして、家族の座っていたピクニックブランケットの上を一陣の風が吹き抜けた。布の端がバタバタと音を立て、ライラが「キャー」と笑いながら目をつぶっている。
「……と、これは父さんの魔術だ。皆、ちょっと移動して離れて……うん。同じように唱えてみよう!」
「「「フラ・ウェントゥス!!」」」
「……おお? 涼しい!」
「わかったわかった! なにか腕の上を動いていく感じがした!」
「フラ・ウェントゥス!」
「やめろ、こっち向けるな!」
父は楽しそうに笑って、はしゃぐ子どもたちと母の様子を眺めていた。
少し落ち着いたところで、父が声をかける。
「一応、今は試作品なので魔術は三十種類くらいしか登録してないんだけど、何が使えるかは自力で見つけてくれ! 片付けも、皆で協力するんだよ。父さんはこれからまた、ちょっと仕事で……」
とても悲しそうに呟く父を、母がなぐさめながら室内に連れて行った。
残された子どもたちの視線は、魔術に最も詳しいルナリアに自然と集まった。注目を浴びるのが苦手なルナリアは、静かに固まっていた――
♢
アロエットは、図書室にうんと早く着いてしまった。
コルヴスが来るまで、お目当ての本を探す。古代魔術について触れられた本――
(……ルナリアは、昔からこんな難しい本も読んでいたわね)
アロエットは今でもゆっくり読むのがやっとだ。彼女の魔術愛好家ぶりを思い出し、目元にうっすらと寂しさをにじませた。
やがて、いつも通りの時間にコルヴスがやって来た。
「お待たせ、アロエット」
「ごきげんよう、お兄様」
アロエットは、いつも通り穏やかな笑みを浮かべていたが、コルヴスには彼女が少し疲れているのがわかる。
「隣に座っても?」
「ええ、どうぞ」
アロエットとコルヴスは、図書室の入口が見える位置に並んで座った。
アロエットは本に目を向けたまま、おもむろに口を開いた。
「今日、お兄様には、おわかりになりましたか?」
「うん。中身が共鳴してしまうからね。でも、他の人は気づかない程度で収まっていたと思う」
左の上腕をシャツの上から触り、コルヴスが言った。
コルヴスは、このようなときに気休めは言わない。アロエットは、ひとまずほっとした。
二人は、ノクティスと同じ魔力の塊を体の中に持っている。
二人が使う魔術は、他の人間のそれとは全く異なる機序で発生する。
これが、彼らの最大の秘密であり、彼らの父、クレイグ・ペリグリンが遺したものだった。
「原因に心当たりは?」
図書室に持ち込んだ課題を広げながら、コルヴスがアロエットに問う。
「……ちょっと、神学の授業で気持ちが
アロエットが口を尖らせてそう答えるので、コルヴスはフスッと息を漏らして笑ってしまった。
「笑い事ではありませんことよ! ファルコが入学してきて、お父様の魔道具の資料に触れて……感情が追いつきません」
アロエットが抗議をするように、拗ねた表情でコルヴスを見る。
「こんなアロを見るのも、久しぶりだなぁ」
むくれる妹をなだめつつ、コルヴスは「ファルコのお陰だな」と思った。
「とりあえず、今後の対策をどうしようか?」
いったん課題を解き終わったところで、コルヴスが口を開いた。
「わたくしとお兄様だけでは、『他者がいる場所で家族のことを考えない』等の精神論に行き着いてしまいますわね……」
アロエットは、左の袖をキュッと肩の近くまでまくり上げる。
左の上腕のやや内側寄りに、一見すると透明な水晶のような物が張り付いていた。実際は皮膚に半分埋め込まれるように設置された魔道具だった。表面に見えている部分はさほど大きくないが、体内に長く根を伸ばしたような形になっている。
コルヴスの左腕にも、父クレイグの手によって同じものが埋め込まれていた。
入学式の翌日に図書室に来たファルコが、久しぶりに装置のメンテナンスを行った結果、いくつもあった水晶中の金色の針はきれいに消えた。
水晶部分は、安全装置としての
コルヴスは、「失礼」と断りを入れてからアロエットの水晶が透明のままであることを確認して、大丈夫というように頷いてみせた。
アロエットは、安心した様子で言った。
「ファルコが作成中の魔道具が完成したら、わたくしたちにも合う形に改良できないか相談いたしましょう」
「そうだね」
コルヴスは同意して、それから気になっていたことをアロエットに聞いた。
「そういえば、アロエットが持っている魔力遮断の布は、どうすることにした?」
「いま、お
「それはありがたいね! ルチアノ子爵なら間違いのないものを仕上げてくださるだろう」
兄の返答に満足するように、アロエットは優雅な笑みで頷いた。
セレスティス教会へ近づくための計画は、密やかに、確実に進んでいた。
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