【3】「私たちの方がオマケなのです」

09 呪いの書

 ファルコは夕食を食べ終えると、ショルダーバッグをサッと肩に掛けて、第二図書室へと急いだ。



 コルヴスとアロエットは、昨晩と変わらずそこにいた。


「こんばんは……戻りました」


 ファルコの声に、二人はほんの少し驚いた顔をし、それから笑顔になった。


「あらぁ? お早いお帰りですわね?」


 にこにこを通り越したいい笑顔で、アロエットがからかうように言う。


「お帰り、ファルコ。さて、どんな相談があるのかな?」


 コルヴスは優しくそう言った。


 ファルコは「お恥ずかしい限りです……」と照れながら、早速アルベリヒ教授から預かった資料をバッグから取り出し、机の上に広げた。


「これは……」


 二人は立ち上がり、資料をのぞき込むと、それぞれ一枚ずつ手に取った。


「アルベリヒ教授からお借りした、魔道具の資料なんだ。父さんが作ったんだって」


 コルヴスとアロエットは、どちらからともなく顔を見合わせた。


(やっぱり、ファルコって相当な人たらしね――)


 アロエットは、自分ならどうやって入学から六日で、この資料を教授から引っ張り出せるか考えてみたが、およそ思いつかなかった。

 コルヴスは、資料の文字を見て懐かしそうに目を細め、それをいったん机の上に戻すとファルコに言った。


「これは、ノクティスに使う魔道具の原型になるのかな?」

「うん。僕はその資料のうち、設計図や回路図は自力で対応できるけど……魔術式に関してはちょっと……まったく自信がありません! 僕に力を貸してください」


 ファルコは、勢いよく頭を下げた。


「よろこんで!」

「わたくしにできる範囲であれば」


 コルヴスとアロエットは、笑顔でそう答えた。


 アロエットはコルヴスの隣に移動して、一枚の魔術式が書かれた紙を一緒にのぞき込んだ。しばらく黙って文字列を読んでいた二人は、やがて同時にうめき声をあげる。


「……アロエット」

「お兄様……わたくし思い出しましたわ。お父様の魔術記法に対する異常なこだわりを」


 長いため息をつくアロエットに、ファルコはおろおろしながら声をかける。


「そんなに難しいの……?」


 ファルコから見れば、兄も姉も、最高学年で総合成績一桁台を維持する強者だ。その二人が二人とも、一枚の紙を前に顔をしかめていることに、ファルコは恐怖を感じた。


「難易度でいうと、鬼ですわ」

「いろんなところが短縮表記になっていて、紙一枚に収まってはいるけどね……ファルコ、ちょっと時間をくれるかい? まずは僕たちが理解しないことには」


 彼らの父であるクレイグは、短縮できる魔術式は全て短縮表記にしないと気が済まない性格だった。

 二人は少し離れて椅子に座ると、父親の書いた魔術式を真ん中に置き、手元に用意した新しい紙にそれぞれ分担して内容を展開しはじめた。

 ファルコは邪魔にならないよう、残りの資料を向かいの席にまとめると、まずは回路図を指でたどって読みはじめた。



 銀製のペンシルが、紙をこする音が止まった。

 コトリ、と二つのペンシルが同時にテーブルに置かれる。


「うわああ、終わったー!」


 難題を倒したコルヴスは、伸びをしながら歓喜の声をあげた。


「お待たせファルコ……ごめんね、消灯ギリギリになってしまったわね」


 アロエットは、ため息を混ぜたような声で、ファルコにそう言った。


「ありがとう! 二人とも本当にお疲れ様!」


 弟は、やり切った様子で叫ぶ兄と消耗した様子の姉に、感謝のまなざしでお礼を言った。二人の努力で展開された魔術式は、元の五倍くらいの長さになっていた。


「短縮されていた部分は全部開いて、難しい部分はいくつか平易なものに置き換えてある。動作は変わらないはずだよ」


 コルヴスは、置き換えた場所を指で示しながら、ファルコに軽く説明をした。


「ちょっと教える時間はなくなってしまったけど、読めばわかる。読めばわかるから……頑張ってね」


 アロエットは、「ごきげんよう」と二人にお辞儀をすると、ふらふらと図書室から去ってしまった。


「アロ姉さん大丈夫かな? 兄さんもごめん。まさか、そんな呪いの書みたいなやつだったとは……」

「大丈夫、大丈夫。それに、僕たちのノクティスを失うわけにはいかないだろ? こういうのは総力戦でやらないとね! ……まあ、ファルコには、これからこの長くなった呪いの書と、格闘してもらわないといけないけど」


 コルヴスが気まずそうにそう言うと、ファルコは顔を引きつらせた。


「設計図や回路図の方はどうだった?」


 気を取り直すように、コルヴスは明るい声でファルコに首尾を確認した。


「うん、理解できた! ……と思う!」


 若干歯切れの悪い返事だが、彼が『理解できた』と口にするときは、本当にわかっているときだとコルヴスは知っている。


「そっちは力になれなくてごめんな」

「そこは、総力戦ってやつでしょ!」


 ファルコにすかさず返されて、コルヴスは笑った。


 二人で図書室の後片付けをしながら、コルヴスは弟に問う。


「なあ、ファルコ。父さんのその魔道具は、僕たちを完全に隠すために準備されていたような気がしないか?」

「……」


 コルヴスは、返事に悩んだファルコを見て、優しく笑う。


「どんな計画だったんだろうなぁ……さて、ファルコから先に図書室を出ようか。僕が最後じゃないと、ファルコはちょっと怖いだろ?」


 コルヴスは途中から冗談めかした口調になり、ファルコの退室を促す。


「さすがにもう暗いのは怖くないよ! でも、ありがとう。先に帰るね。おやすみなさい、兄さん」


 ファルコは笑顔でペコリとお辞儀すると、元気よく手を振って扉の向こうに消えていった。



 静かになった図書室で、コルヴスは誰も座っていない椅子を見つめる。

 今は、三人と一羽になってしまった家族。


「本当は、どんな未来にしたかったの。父さん」


 コルヴスの言葉は、誰にも届くことなく、図書室の暗がりに吸い込まれるように消えていった。

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