09 遺されたもの
『ファルコ・ロザリンドが到着しました』
研究室入口の魔道装置が動き、音声と共に小さなスクリーンに顔が表示される。今後の作業のために、コアメンバーとしてファルコは登録され、魔道具研究室へは受付を通らず顔パスできるようになっていた。
「どうぞ入ってくれ」
「失礼します!」
元気な挨拶が聞こえ、キュッと台車のタイヤを鳴らして、ファルコが大きな荷物と共に入ってきた。
「おお、来たなぁ、ファルコ。あ、その覆いはもうちょっとだけ外さないでおいてくれ。これから占有ラボに移動しよう」
ノクティスの様子が気になって布の下部をチラリとめくったファルコに、アルベリヒ教授が声をかけた。どうやら教授は、自身が抱える学生たちの工作工房とは別の場所を用意してくれたらしい。
改めて、とんでもないことになってきたと焦るファルコだったが、家族の魔道具開発担当として、頑張って前に進むしかないと腹をくくった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
ファルコは丁寧に頭を下げた。
(目的を見失わないようにしないと。まずは、寮の抜き打ち検査を無事にクリアするんだ!)
研究室と同じ階の突き当たりに、占有ラボはあった。
アルベリヒがキーを挿し扉を開くと、もう一つ扉があった。こちらは、鍵穴もそれらしい仕掛けも見える範囲にはない。ファルコがまじまじとその扉を観察している間に、アルベリヒは低く詠唱する。
「
扉が自動で開いた。この二つ目の扉自体が、詠唱で動作する魔道具だった。ファルコは納得したように頷いて、アルベリヒの後に続いて台車を押して入室してきた。後ろでゆっくりと扉が閉まる。窓のない部屋には充分な明るさが確保されているが、閉塞感は否めない。
「先生、ここはまるでシェルターかバンカーのようですね……」
「おっ、惜しいね! こいつは用途が真逆で、防爆室ってやつだ。もしも中で俺たちがミンチになっても、外には被害がいかないような作りになっている」
アルベリヒはさらっとおそろしい解説をするが、ファルコは「おおー!」と感動の声をあげ、壁や天井に目を走らせた。アルベリヒは内心で苦笑しながらも、彼の新しい物への関心の強さに満足した。
「さあて、それじゃファルコ君の秘密を、私にみせてくれるかね?」
アルベリヒは、部屋の隅にあった椅子を作業台の横に二脚並べ、ファルコにそう促した。ファルコは作業台の上に「よっ」とケージを運び、布を取り去った。
紺色に金の星を散らしたような、美しい羽色の鳥が一羽、大人しく止まり木の中央にいた。首を傾げて、ケージの外をキョロキョロと確認している。
「なるほど……これはさすがに、俺でもわかるなぁ」
アルベリヒがぼそりと呟いた。彼は、魔力感知が得意なタイプではないが、目を閉じても「作業台の上に何か、巨大な異物がある」とはっきりわかる程度には、この魔法生物の気配は濃かった。
「彼はノクティスと言います。僕の魔術で動かすことのできる魔法生物です」
ファルコはこちらに確認をとってから、ケージの扉を開けた。
ショルダーバッグから取り出した皮手袋を装着して、ノクティスを外に出す。途端に、ぐいぐいとファルコの頬に頭を押し付ける大型の鳥に、「待たせてごめんね」と謝りながら、ファルコは首のあたりをなでていた。
アルベリヒは、ファルコがなでている横で、魔法生物の様子をつぶさに観察する。
「うーん、この凶悪な……すまん、漏れ出している強い気配以外は、通常の魔法生物と変わらないのか?」
アルベリヒは、ファルコがノクティスを大事そうに扱うのを見て、言葉を選び直した。
「そうですね。他の魔法生物を置いたことがないので、直接の比較はできませんが、文献などで見る『自立して使役できる、生物を模った魔力』という記述とノクティスの特徴は、ほぼ一致すると思います」
ノクティスはファルコの腕で毛づくろいを始めていた。ファルコは台車を引き寄せると、その取っ手にノクティスを移動させながら言う。
「他にも気になる点が?」
ファルコの含みのある言い方が気になり、アルベリヒは尋ねた。
「この魔法生物は、この形を維持するために魔力を必要としません。魔力を入れようとすると、逃げてしまって入れられないというか……」
ファルコが、取っ手の上で頭を下げているノクティスの首周りを念入りになでている。
そもそも、普通の魔法生物は
「どれくらい、魔力を足すことなく維持できているんだ?」
「まもなく二年半です」
「! ……それは凄いな」
アルベリヒの返答に間があったのは、その期間の長さに対する驚きのためだけではなかった。
(――二年半)
「……製作者は?」
ファルコは、アルベリヒの方に向き直り姿勢を正すと、言った。
「僕の父です」
アルベリヒは、ファルコの目を正面から見つめ、それからノクティスに視線を移した。この一人と一羽は、どちらもかつての教え子が志半ばで
目の前の少年は、まだほんの子どもだ。この魔法生物をどのように隠しおおせてきたかわからないが、苦労も多かったことだろう。
(クレイグも――さぞや無念だったろう。俺が、早く真相にたどり着くことができていれば……)
そう考えてはみたものの、それで自分がこの状況をひっくり返すことができたとは、思えなかった。
アルベリヒは、「そうか」と声を絞り出した。
「先生。僕は先生と父のことを知らずに、先生を頼ってしまいました。先生のご親切にいろいろと甘えてしまい、すみませんでした」
ファルコは両手を膝の上に置いて、深く頭を下げた。
この少年が謝ることなど、本来ならば一つもないはずだ。彼は、巻き込まれてしまっただけだ。
「……いや、いいんだ。これは俺がやりたくてやっていることだ」
アルベリヒはきっぱりと首を横に振ってそう言うと、息子の成長を見ることが叶わなかった男への誓いとした。
ノクティスは、台車の取っ手に止まったまま、ふわりと毛を膨らまして目を閉じていた。
「さて、この魔法生物の内包する魔力量がいったいどれほどのものか、現状ではよくわからない。漏れ出る気配も尋常じゃない……が、これをごまかす程度であれば逆位相の仕組みで十分対応可能だろう。少々、道具自体の耐久性を上げる必要があるくらいだ。ここまではいいだろうか?」
「はい」
ファルコは、教授の発言を追うように、ふんふんと頷きながら返事をした。
「では、逆位相についての仕組みを分解して、これから作る必要がある物を整理してみよう」
「はい。 ①発生した魔力の揺らぎ……『波』を感知するもの ②逆の『波』を発生させるもの、あとは、えーと……わかりません」
「よしよし。①、②は正解だ。実は、この二つの間に超重要な役割を入れる必要がある。『計算』だ。それも、とんでもない早さの計算が必要になる」
教授の言う内容を理解しはじめて、ファルコの顔が引きつった。
「……その仕組みを三週間で……」
「開発するんだろ? やるしかねえ。いよいよのときは、『ノクティス』はロザリンド家にでも帰ってもらうんだな」
「……がんばります」
にやりとした笑みでアルベリヒがファルコを見やる。
「まあ、あんまり脅かすのもよくないな。逆位相の魔道具の設計図は、実のところもう完成している」
「どういうことですか?」
ファルコは怪訝な顔で教授に尋ねる。
「『魔力補助回路』という装置を、お前さんの父親と開発した際に、一部使用者から『身に着けて使用すると魔力酔いする』という報告が上がっていたんだ。元々魔力がない人間に、急に魔力を纏わせた影響だろうな。それに対応するためにクレイグが作ったものだ」
ファルコが希望に顔を輝かせる。
「! それじゃあ……!」
「まあ待て、喜ぶのはまだ早い。もちろん、ノクティスの存在をごまかすものを作るのであれば、大きな調整が必要になる。そして、この設計図をファルコ君は読み解けるかね?」
アルベリヒは作業机の上に乗せたファイルから、複数枚の資料を取り出すとファルコの前に広げた。魔道具全体の構造の設計図、内部構造、それらをつなぐ回路、そして『計算』の心臓部となる魔術式……ファルコは目を回した。アルベリヒはその様子を面白そうに眺めながら言った。
「今日はこれを貸し出すから、内容を理解することを宿題としようか。これから部屋に戻ったら、ダイニングルームへ行き夕食はきちんととること。これも忘れずにな」
「はい。ありがとうございます」
ファルコは資料を目で追いながら、アルベリヒに答える。アルベリヒは彼の気持ちが折れる様子がないのを見て、安心した。
(さあ、頑張りたまえよ少年――!)
ファルコは帰り支度を済ませ、ノクティスを再び梱包すると、台車を押して自室に戻っていった。
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