08 三人と一羽

 夕食後から消灯までの間、地下第二図書室には、今日もまた三人の姿があった。



「そんなことになっていたとは……ファルコ、僕たちには遠慮せずに、何でも相談していいからね?」


 コルヴスは、入学からこれまでのファルコの苦労を聞かされ、眉毛をハの字にしてそう言った。


「そうは言ってもお兄様、わたくしもお兄様も、魔道具には明るくありませんわよ?」


 相談を受けても、ファルコの開発の力にはなれないだろうと、アロエットが指摘する。


「うん。まあ、そうなんだけどね」


 コルヴスは読みかけの本に栞を挟んで、本を閉じると話しはじめた。


「ファルコは知らないかもしれないけど……アルベリヒ教授は、父さんの魔道具開発のお師匠様なんだよ」


 アロエットは本に目を落としたまま、こくこくと首を縦に振る。


「……し、知らなかった」


 ファルコは目を真ん丸にして驚いていた。


「魔力欠損症の人向けの補助装置、『魔力補助回路』ってあるだろう?腕に装着して、魔石から魔力を引き出すアレね。あれは、父さんと教授の共同開発なんだ」

「おお~! ……うわー! いっぱい聞きたいことがある、のに……」


 感動の声を上げたファルコの勢いが、尻すぼみになる。その様子にアロエットがくすくすと笑う。


「そうだね。父さんとのつながりを明かせないなら、いろいろと尋ねるのも不自然になるよね? でも……」


 コルヴスはちらりとアロエットの方を見る。アロエットは後を引き継ぐように言った。


「たぶん、もう教授は気づいていると思うわ。ファルコが父さんの息子だって」

「っ! 僕、何も言ってないけど!?」


 慌てふためくファルコを、面白そうに眺めながら、姉は続ける。


「いい? 相手はオルティス学園の教授なのよ? 一年生の訪問に丁寧に何度も応じるのも、今後の開発の協力を申し出るのも、とっても異常なことなの」


 物わかりの悪い生徒に話すように、ところどころ強調しながらそう言った。


「……確かに」

「よりにもよって、『かくれんぼ』用の布よ? それで通ると思う? 今日、別れ際には何て言われたんだっけ?」

「……『抜き打ち検査から、隠さなきゃいけないんだろう?』」

「はい、決まり。アルベリヒ教授は、もうファルコの正体に気づいている。さて、お兄様どうしましょうか?」


 少し困った声を出しつつ、アロエットの目が笑っている。コルヴスは苦笑した。ファルコが、何も知らぬ間にアルベリヒ教授を頼ったことは、結果から言うと大正解だった。アルベリヒ教授が、「ファルコの正体に気づきながら」「それを指摘せず」「協力を申し出ている」という状況は、アルベリヒという大人が、クレイグ・ペリグリンの子どもを助ける意思があることを示している。


(仮に、わたくしたちが教授を頼れるだけの信頼を得られていたとしても、彼を活かすだけの腕もなかったしね。まったく、人たらしの頼もしい弟よね!)


 深刻な顔で沈黙する弟と目を合わせると、アロエットはにっこりと微笑んだ。


「ファルコに一つ確認したいんだけど、ノクティスの存在をごまかすための魔道具は、どんなものを想定しているんだ?」


 コルヴスは、固まってしまっているファルコに優しく問いかけた。


「簡単に言うと、ノクティスから常時漏れ出している魔力の『気配』を、打ち消す物を作ろうと思ってて。その仕組みを足環にして着ける。そうすると、魔力感知が強い人にも普通の魔法生物だと認識されるようになる……予定です!」


 ファルコはかしこまって答えた。


「それをいつまでに?」

「教授は、自分も手伝ったら三週間後には完成できるって」

「わかった。これは、今後の作戦を左右する大事な魔道具になりそうだ。まずは、そちらの製作を優先してもらえるかな?」

「はい!」


 ファルコは胸を張って答えた。

 彼のまなざしからは、三人と一羽(チームペリグリン)の開発担当としての誇りが感じられた。


「それで、アルベリヒ教授に関しては……」

「僕が、知らないまま頼ってしまったことを詫びて、父さんの息子だってことは自分で話す」


 ファルコの目には迷いはなかった。コルヴスとアロエットは、互いに視線を交わすと大きく頷いた。


「もう、本当に大きくなったんだなー」

「立派よファルコ!」


 二人は口々に弟を褒めそやした。ファルコは恥ずかしそうに組んでいた指を動かしながら言った。


「あの、魔道具を協力して作るなら、ノクティスのことも触れた方がいいんだけど……どこまで説明したらいいかな?」


「そんなの、『父さんが作った』とでも言っておけばいいわ。あながち嘘じゃないし」


 アロエットが当然のようにそう言うと、「そっか」とファルコはほっとした表情になった。


「これが完成したら、ノクティスを図書室にも連れてくるから、楽しみにしててね」

「とっても楽しみよ!」

「うん」


 二人は、ノクティスの滑らかな羽の感触や愛くるしい目を思い出して、笑顔になった。


「あっ! そうだ!」


 ファルコは鞄(かばん)から紺色の布を取り出した。まるでノクティスの羽のような夜空の色だ。


「これ、前に話していた、魔力遮断の布の完成版なんだけど、ローブやコートにするにも一人分しかなくて。兄さんかアロ姉さんが使い道を決めてくれる? 中途半端になっちゃってごめん!」

「ありがとう! ……金属が入っているとは思えない。肌触りも光沢もいいわ。……ファルコ、ロザリンド家お抱えの工場を動かしたわね……?」


 受け取った布を広げて丁寧に確認していたアロエットが、おそろしいことに気がつき、顔を引きつらせて尋ねる。


「ハイ。お義母(かあ)様には感謝しかありません……」


 ファルコは、心で血の涙を流しながらそう言った。



 ファルコが、コルヴスとアロエットと手をつないでぶんぶんと上下に振り、別れの挨拶をする。


「完成まで、頑張ってね!」

「ここで待っているから、何かあったら相談に来るんだよ」


 ファルコは二人からやる気をもらうと、胸を張って図書室から出ていった。


          ♢


 放課後、ファルコはノクティスを台車に乗せて部屋から運び出していた。ケージを魔力遮断の布でぐるりと覆い、漏れがないか同室のラテーレにチェックをしてもらう。これで、ぱっと見は布に包まれた大きな箱だ。廊下に出て振り返ると、ラテーレが親指を立てて見送っていた。ファルコもそれに応えてから、台車を押す手に力を込めた。



 工学研究棟までの道のりは、滑り出しは順調だった。すれ違う教師も学生も、大きな荷物を運ぶファルコに道を譲ってくれる。


(うん。気づかれてないぞ)


 ファルコは少しだけ緊張を解き、笑顔になった。

 まもなく工学研究棟が見えてくるというところで、通路の横から上級生のグループが曲がってやってきた。ファルコは通路の端で停止する。ところが、上級生の一人がおしゃべりに夢中で、ファルコに気づかずに突っ込んできた。ファルコは台車を下げようとし、上級生のひとりが彼の腕を引いたが、わずかに遅く、彼は派手に台車に足を引っかけた。


「おっと、悪い!」

「!」


 ケージの布が一瞬めくれる。


「うわっ!!」


 グループの一人が悲鳴をあげてへたり込み、怯えるようにケージに目をやる。緊急事態だ!


「すみません、実験用の高エネルギー結晶材料を運んでいます! 危険はありませんが、急ぎますので失礼いたします!」


 ペコリと直角に頭を下げると、上級生たちの脇をすり抜ける。幸い、上級生たちは誰もファルコを呼び止めなかった。

 ファルコは冷や汗のにじむ手を、交互に制服の裾で拭い、緊張した表情で研究棟を目指す。


「ねえ、君」


 背後から呼び止められ、ファルコは飛び上がりそうになった。振り向くと、明るい茶色の髪をツンツンと立てた先生が立っていた。


「……カストル先生」


 実践魔術の講師であるカストルは、軽く握りしめた右手をすっとファルコの胸の前に伸ばし、上向きに開いた。


「落とし物だよ」


 手のひらには布を止めていたピンチがひとつ、ぽつんと乗っていた。


「あ! ありがとうございます!」


 ファルコは、笑顔でそれを受け取った。


「君は確か、一年生の……」

「ファルコ・ロザリンドです」


 ファルコがペコリとお辞儀をすると、カストルは穏やかに微笑んだ。


「すごいね。ロザリンド君、もう研究棟に出入りしているんだね。誰に師事しているの?」

「あ、はい。アルベリヒ教授の下で学ばせていただいています!」


 背筋をピシッと伸ばして、ファルコはそう答えた。


「そっかー。アルベリヒ教授は声は大きいけど、優しい人だよ。研究、頑張ってね」


 カストルはうんうん、と自分で納得するように頷きながら話し、そのまま踵を返して帰っていった。


「はい! ありがとうございます」


 ファルコは再びお辞儀をしてその背中を見送りながら、わざわざピンチひとつを届けに追いかけてくれるなんて、いい先生だなと思った。



 カストルは、研究室に戻りながら、たまたま居合わせた先ほどの通路での騒ぎを振り返っていた。


(うーん。『高エネルギー結晶材料』……って感じじゃなかったんだけどな)


 後頭部をポリポリとかいて、カストルは少年の説明を思い出す。

 彼に近づけばその正体がわかるかと思ったが、きっちりと布に覆われた荷物からは、通路で浴びたような凄まじいエネルギーは感じとれなかった。


「……あの布はいいな。アルベリヒ教授が開発したのかな? あとで聞いてみようっと」


 カストルは、独り言を言いながら軽い足取りで歩いていく。彼は、いま手元にある情報だけで考えてもわからないことは、とりあえず寝かせる質だった。

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