【2】「抜き打ち検査から、隠さなきゃいけないんだろう?」
06 ありえないサービス
ノクティスが戻ってきたのは、四日後の夕方だった。近づく気配に気づきガタガタと震え出したラテーレをなだめ、ファルコは窓を開けてノクティスを迎え入れる。
「ノクティス、えらいぞ! ありがとう!」
ファルコに褒められひとしきり頭や頬をなでられると、ノクティスは満足したように背中を向けた。専用のバックパックを外し、ノクティスをケージへ入れ鍵をかける。
やや重い荷物を開けると、魔力の遮断布は二枚入っていた。驚いたファルコは、急いで手紙を確認する。息災であるかを問う定型文のあとに、急に布の説明がはじまっている。依頼した納期に間に合わせるために、急いだのだろう。
要約すると、
『布の用途に合わせられるように、薄く明るい色、暗く落ち着いた色の二色を用意した。性能は同じ』
ということだった。さらに続きがある。
『二枚仕上げたのは、こちらが勝手に行ったことなので料金は請求しない』
と。そこまで読んでファルコは「えっ!」と驚きの声をあげた。
こんなサービスは、彼の養親、ロザリンド女子爵の対応としてはありえない。手に汗を握りながら続きを読む。
『加熱加工費がかさんだこと、超短納期対応によるスケジュール調整および人員確保分の割増料金を勘案し、明細書の記載通りの総額を、お預かりしている貴方の特許使用料残高より差し引かせていただきます』
「……」
とても丁寧に、他人行儀に書かれた一文を読み、明細をおそるおそる見て、ファルコは「ひぇっ」と息をのんだ。ファルコの半年分ほどの収入が消えていた。
膝から崩れ落ちそうになりながらも、なんとか自分を鼓舞して、できあがったばかりの魔力遮断の布のうち、薄い色味のものを広げた。軽くて薄い。触り心地もさらりとして気持ちいい。悔しいが、大変良い仕上がりだ。
ファルコは小さく詠唱する。
「
布をつかんだ指先で、魔力は弾かれて消えた。ファルコは、ほっと一息ついて、ピンチでケージの周りに布を留めていく。部屋に対して天井・正面・両側面の四か所を覆うと、ベッドに伏せて震えていたラテーレに声をかけた。
「対策……してみたんだけど、どうかな?」
ラテーレはおびえた様子でケージに目をやり、それからゆっくり体を起こして肩を二度上下させ首をぐるりと回すと、「……大丈夫みたい」と気の抜けた声で言った。
ファルコは「ふ――っ」と長く息を吐いて、笑顔になった。
「すごく怖い思いをさせてごめんね。この子に間違ってかかった魔術が解けるまで、しばらくはこの布をかけて対応させてくれる?」
これで嘘をつき通すしかない。ファルコは、とても申し訳ない顔で謝罪をする。
「……わかった。大変だね、鳥さんも」
ラテーレはほんの少し表情を緩めてそう言った。
ノクティスを心配してくれるなんて、とてもいいルームメイトだとファルコは思った。アロエットからもらったお菓子を分けてから、少しだけ距離が近くなった気もする。
「ところでファルコ君……この鳥さん、学生課に登録申請してる?」
ラテーレは言いにくそうに、ファルコにチラッと上目遣いをよこした。
「な……なにそれ」
やっぱりね、といった表情で、ラテーレは小さく息を吐くと続けて言った。
「学生寮は、生物の飼育は禁止。部屋を汚すことがないという前提で、魔法生物の持ち込みはOK。ただし、持ち込むときに何も問題がないかチェックした上で、学生課での登録が必要になるんだ。たぶん、君の鳥さんは……あの状態では問題アリになっちゃうよね」
「……」
「僕は、鳥さんのことを先生たちに話す気はないよ。ただ、寮の部屋は確か定期的に抜き打ちチェックがあるから……」
「……ありがとう」
一難去ってまた一難。ファルコは頭を抱えた。
♢
ファルコは再び工学研究棟にやってきた。ショルダーバッグには、もう一枚の魔力遮断用の布と、ロザリンド女子爵へ送ったのと同様の仕様書が入っている。面会予約を入れ、ほどなくしてアルベリヒ教授の研究室へと通された。
待ち構えていたようにファルコを出迎えると、アルベリヒは彼とじっくり向き合って開発の報告を聞いた。
「五日で試作品……いや、完成品を持ってくるとは。大したもんだな!」
完成した魔力遮断用の紺色の布を手に持ち、仕様書を確認しながらアルベリヒはそう称賛した。それを受けて、「ありがとうございます」と笑顔を見せたファルコだが、うつむきがちでどことなく元気がない。
「うん? また新しい課題を持ってきたって顔だな?」
アルベリヒが水を向けると、ファルコは顔を上げて「実は……」と話しはじめた。
「なるほど、身に着けて動く際に、目立たないサイズの方が都合がいいということだね?」
アルベリヒは、笑いそうになるのを咳払いでごまかすと言った。彼はまだ、一連の開発を「かくれんぼ」用だと言い張るつもりのようだった。
ファルコは、スイッチが入ったように背筋を伸ばして説明を始めた。
「僕が考えているのは、逆位相の利用です」
「ふむ」
アルベリヒも、テーブルの上で軽く両手を組んで聞く姿勢を取る。
「身に着けた何らかの装具に、その人自身が発生させる魔力を感知させ、その逆の『波』を発生させることで打ち消し合う効果が期待できます」
「うん、なるほど」
アルベリヒは目線を上げて考えを巡らす。
「装具は……可能であれば、指輪やイヤーカフ等の大きさにしたいと思いますが……」
「んふふ」
思わずアルベリヒの口から笑い声が漏れる。
(随分、サイズは小さめだな?)
目立たないに越したことはないかもしれないが、アルベリヒには縮小化・軽量化の前段階が必要に思えた。
「それで、今度はいつまでにそれを開発する予定かな?」
「い……一週間くらいでしょうか?」
ファルコは視線をさまよわせて答える。テーブルの上の手がそわそわしはじめた。
「……それはまた急だな。さすがに達成できそうにないぞ? 君のクラスメイトには悪いが、『かくれんぼ』は少し待ってもらった方がいいんじゃないのか?」
アルベリヒは、驚きあきれた表情でそう言った。しゅんとなったファルコに、気の毒な気持ちにはなるが、いくら何でも一からの開発を一週間で終える計画など無茶苦茶だ。
「……寮の抜き打ち検査……」
ファルコはうつむいて、小さな声でボソッと言う。
「うん?」
「……先生! 寮の抜き打ち検査は、いつ頃あるんですか!?」
思い詰めたような顔で、ファルコが身を乗り出してアルベリヒに聞いた。
アルベリヒは堰を切ったように笑い出した。そして、ひとしきり笑って呼吸を整えると、目尻に涙を浮かべたまま言った。
「いやー、悪いな。その質問には、私は答えるわけにはいかないな。抜き打ちだからね」
「……はい」
ファルコは顔を赤くして答えた。「でも」とアルベリヒは続ける。
「三週間、なら完成できるかもしれない。私がバックアップしよう」
アルベリヒは悪戯っぽい顔でファルコを見た。寮の抜き打ち検査はその頃にある、ということだろう。
「! 本当ですか!? ……でも、先生のお時間を取らせてしまいます!」
一瞬、顔を輝かせたファルコだったが、慌てて取り繕うように言う。
「ふむ」
アルベリヒは顎に手をやると、にやりと笑って言った。
「抜き打ち検査から、隠さなきゃいけないんだろう?」
ファルコの口から「ぐっ」と喉を詰まらせたような声が漏れた。その様子を面白く眺めながら、アルベリヒは再び提案するように言った。
「面白そうじゃないか。私にもぜひ手伝わせてくれよ」
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