雪だるまの気もち

チコ

雪だるまの気もち

 雪だるまが転校してきた。

 それは冬休みが終わって三学期初日の出来事だ。教壇の上の担任が白い物体を横に従え「田中雪絵さんです」と紹介した。二年A組の教室はどっと色めき立った。特に男子が。ざわつく教室のあちこちで、美人の綺麗のと声が上がる。しかしどう見たって雪だるまじゃないか。胴体に相当するごろっとした雪玉の上に、ひと回り小さい雪玉が乗っている。横一本の口、まん丸の目玉が二つ、その上には水平な眉、そのとき俺はキツネにつままれたような顔をしていたと思うんだが、その雪だるまが「よろしくお願いします」と美声を発するに至っては、胃の腑がぎゃっと叫んだ。白い物体は挨拶を済ませると、担任が指定した席へと移動する。それは地をすべるような動きだ。クラスの皆が自走する雪だるまを目で追った。なんだってこんなことになっているんだろう。といって、ここで皆と別の騒ぎ方をすれば、狂人扱いされるのは必至。よってしばらくは様子見を決め込むことにする。ということで田中なる者を観察させてもらった。何、表情もしぐさも雪だるまなので、正確に言えば田中に接触を試みる物好きな連中に注目し、聞き耳を立てていた次第で、それだけでも結構な情報は集まって、まず、あのどでんとした体格はスレンダーという評価なのだから驚きだ。腰まで下がる黒髪は輝くばかりのストレートで、そりゃもう見事なんだと。抜ける白のはだえはまるで雪…ま、そこは雪だるまだしな。今日は始業式が済めば午前で仕舞いとなる。帰りのホームルームが終わると田中はひとり、そそくさと教室を出ていった。お早いこって。俺も鞄を持って教室を出て、校門を出たところで「のわっ!」と飛び退いた。だって鉄柵を背に雪だるまが立っていて、それなりに絵になっていて、しかも「あの…」と話し掛けてきやがった。

「田中さん…だっけ?」

 俺は薄ら笑いを作って右手をかざし「じゃ!」と軽薄に、付け入る隙を与えず、急ぎ足ですたすた場を去った、いや、たまげたよ…そこそこ進んで、ちらりと振り返ってみて、田中の姿はない。ここ商店街を抜けるとすぐに住宅街となる。高校(ガッコ)から自宅までは歩いて十分くらいの距離、家に着いて玄関で靴を脱いでいると、母さんがキッチンから半身を見せ「お帰り」と言った。普段はそこで引っ込む母さん、このときは呆けて、かと思うと輝くばかりの笑顔になり、スリッパをぱたぱたいわせ、ずんずんこっちに来る。そうして「お友だち?」と俺の肩越し、俺の背後に話し掛け、振り向く俺は「うわっ!」。母さんは声を弾ませ「さ、さ、どうぞ上がってくださいな!」。雪だるまは鈴の声で「初めまして、田中雪絵と申します」。深々と頭を下げ、で…だ。今こうして、俺の部屋に二人で居るわけだが。

「…どういうつもりだ、こら」

「何年振りでしょう…」

 田中は、はぁ…と感慨深げな溜め息をひとつ、ついて、母さんが持ってきた紅茶を啜った。「わたしはいつかの遠い日に、あなたに作ってもらった雪だるまです」

 …は? 何を語り出してんだ?「溶けても溶けても、あなたは名残の雪を集め、わたしを作り直してくださいました。嬉しかった…いじわるな日の光や粗野な子どもたちの暴力、そんなものに辱められるわたしを見放すことなく、霜焼けの手で労ってくださって、わたしは土くれに、あなたは泥水に塗れ――」

「ちょい待ち。なんかいい話に仕立てようと張り切ってるとこ悪いんだが、そんなこともあったような気もするよ。でもな、そりゃガキの時分のこッたろ。なんで今になってその話が持ち上がる?」

「並(な)べて世の『物』には心が宿ります。心は想いを紡ぎます。想いが満ちると冥王さまが、人のからだを与えてくださいます。本来、わたしたちは持ち主のおそば、とてもとても長い時間を掛けて想いを紡ぎます。けれどもわたしの場合、数日で溶けちゃいましたから…大切な想いを残して。かなり特殊なケースのようです」

「どこの国の寝言だ、それ、特殊過ぎんだろ、いろいろと。つか冥王って誰だ?」

「全てを調律なさるおかたです。想いが実らないと、わたしは、このからだを冥王さまにお返ししなくてはなりません」

「それはそれで気の毒なこったが、ちと冷静になって考えてみ。どこの世界に、雪だるまの押し掛け彼女を喜ぶ男が居るよ? いやさ、母さんのはしゃぎっぷりで確信したが、大体、なんで俺だけ、お前が雪だるまに見えるんよ?」

「思いますに…想いはこんなに、あふれていますも、差し当たり…わたしの雪だるまという『物』としての存在に費やした時間が少な過ぎたせいでは…少し帳尻を合わせよ、ということではないかと」

 なんだそりゃ、なんつぅやっつけなおとぎばなしだ、付き合ってられん。半ば呆れ、もう半ば厭気が差して、そんな俺の心中を余所に、田中は独り熱烈に「わたしはあなたを想い想って、焦がれ焦がれて、今ここに居ます!」。そうして、ずいっと身を乗り出して「結婚してください!」

「やだね」

 このとき田中はひどく衝撃を受けた…ように見えたが、表情が雪だるまなのでよく分からん。が、失意の感情を表すことは表した、うなだれて。

「そんな…こんなに想っていますのに…」

 田中はふらふら立ち上がっ…たような気もする。が、実際はくるっと白いまん丸の背中を見せ「哀しい…」と小声で言って、力なく「さようなら…」と、どういう仕組みか分からんが、ドアは開いて、部屋から出ていって、俺は俺で、疲れがどっと出、こちらもふらふらベッドに寄って、そのままバスンと倒れ込んだ。目が覚めると窓の外は暗く、半日潰してしまった…なんて日だ。晩飯のとき、やたら上機嫌の母さんは、嫁が乗り込んできたかのような言い振りで田中のことを父さんに楽しそうに話し、口数の少ない俺に「照れちゃって」と、雪だるま相手に照れるも何もなかろうが…そんなことより、俺は、もやもやしたものに胸中を占められ、これに手を焼いていて、その夜は容易に寝付けず、翌朝はこれまた気が重い。朝飯は胸がつかえ、半分ほど残してしまった。制服を着込んで家を出て、思えば…健気な奴だったのかもしれないな。長い時間、と言っていた。それはどれほどの時間だったのだろう。どれほど孤独な…そんな時間を費やし、想いを紡ぐ、か…商店街に差し掛かったところで「うおっ!」と俺は身構え「なんで居る!?」。

「なんでと言われましても…」

「諦めて、実家だか天国だかに帰ったんじゃねェのか!?」

 ぷるぷる田中は頭を振って「違くて…初めてお邪魔した身です。あまり長居しても非常識ですし、用件はお伝えできましたので、何より初アタックの日ということもありまして、そんなこんなで、昨日はその、早めにおいとまさせていただきました。とんだ不束者ですけど、姿は変わってしまいましたけど、どうぞ今後とも、よしなにと…」

 田中は真っ白な真ん丸の頭をぺこりと下げ、俺は片手で頭をばりばり搔いた、なんだろう、少し笑えてくる。なんだか面白そうな奴にも思えてくる。

「…んで。お前は、その、どてっとした気の利かない姿で、俺を落とす自信はあるんか?」

「もちろんです!」

 間髪入れずに言った、言い切りやがった…しかしま、これだけ生一本(きいっぽん)な気もちを真っ直ぐにぶつけられるというのも存外…あれだ。

「んじゃ…どこまでできるか、やってみ」

「はいっ!」

 元気良く返事をする雪だるま。俺は登校の足を再び踏み出そうとして「おわっ!」。歩が止まった。「お前…もしかして髪、長い?」

「はい」

「腰くらいまで?」

「あります」

「背は…こぶし一個半ほど、俺より低いんかな?」

「そうですね」

「ふぅむ…」と、ひとつ唸って、まだ少し品揃えの心許ない朝のパン屋の、こいつと俺と、ふたりの映り込んでいるショーウィンドウを見ながら、この辺りかな、と田中のケツをぱんっと打つ。びっくりだ。固くもなけりゃ冷たくもない。目の前の雪だるまが「ひっ!」。かわいい声を出し、飛び上がった。

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雪だるまの気もち チコ @chikoh0208

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