前世は大聖女ですが、今世は単なるマッチョな凡人です
碧井 汐桜香
第1話
「さすがは大聖女フリエラ様だ!」
「いえいえ、皆様の信心のおかげです」
大聖女と呼ばれたフリエラは、困った人がいたら手を差し伸べ、病める人がいたら癒し、飢える人がいたら己の食糧を分け与え、怒る人がいればその心に寄り添った。
フリエラのおかげで戦争を回避した国々も多く、フリエラこそ大聖女と讃えられ、その後天寿を全うした。
「あら? わたし、また生を受けましたのね」
大聖女フリエラにあやかり、フリエラと名付けられる女子は多かった。今世のフリエラもその一人で、何の違和感もなくすくすくと育ち、教会で成人の儀を迎えたその日、前世の記憶を唐突に思い出した。
「……ふふ、名前がまたフリエラだなんて、わかりやすくて便利ですわ」
そう笑い出したフリエラに、神官が顔を顰めて言った。
「何をぶつぶつ言っている。後がつかえているんだ。終わったのならそこを退け」
「あら、ごめんなさいね」
フリエラはそう謝って、成人登録の列を抜け、帰路を急ぐこととした。
「今世では治癒の力もない、凡人ですね」
手を握ったり開けたりして己の力を確認しながら、フリエラが歩いていると、後ろから駆けてくる音が聞こえた。
「フリエラ! 先に帰らないでよ! 一緒に帰る約束をしたじゃない!?」
「あら、エミル。ごめんなさいね、忘れていました」
「何その話し方」
エミルは自然とフリエラの横に並んで歩き始めた。華やかな顔立ちで黄金の髪がくるくると巻かれているエミルは人目を集める。
「エミルじゃねーか! フリエラも! おめでとうよ!」
街行く人々に次々とお祝いを渡され、エミルは手一杯になる。ついでのようにフリエラもいくつか渡されたが、エミルの姿にフリエラは笑ってしまった。
「ふふ、エミルは人気者ですね。大変ですわ」
笑うフリエラに、エミルは一瞬目を丸くして、もらったものをいくつかフリエラに渡す。
「あたしの食べられないやつ、もらってよ。ゴミになる方がもったいないでしょ?」
「あらあら、わたしはエミルのお友達で幸せですね」
ふふふ、と笑ったフリエラがいくつか受け取り、また空いたエミルの手に食べ物が乗る。それを繰り返し、フリエラの手もいっぱいになった頃、二人は家に着いた。
「成人して今日から実家を出るので、エミルとはまたお隣同士ですね」
フリエラに笑いかけられ、エミルは部屋の鍵を開けようとたくさんの贈り物を持ったまま手間取っている。
「あらあら、貸してくださいな」
フリエラはそう言って、エミルの手から贈り物の山を掬い取った。
「これで開けられますね」
笑うフリエラの手の上には、瓶も含めたかなりの重量の贈り物が天井に届くほど乗っている。
「いやいつも思うけど、どうなっているの。あんたのその腕力」
「人より秀でたものがないので、ただ鍛えただけですよ?」
首を傾げるフリエラを見ながら、鍵を開けたエミルは贈り物を順番に受け取って部屋の中に入れていく。
「ただ鍛えただけでそこまでなる? フリエラの見た目は細いのに」
ぶつぶつと言うエミルにニコニコとフリエラは笑いながら、片付けを手伝う。
「では、エミルから分けていただいたものを片付けてまいりますね」
残った山をがしりと片手で持ち上げ、自分の部屋のドアを開けると、フリエラは部屋に消えていった。
「え? 待って。今、フリエラ鍵開けてないよね!??」
エミルの叫びに、フリエラは顔だけ出して返事した。
「えぇ。こう、腕力でふんってすると力のようなものがでるので、それを鍵の代わりにしているのです」
「何言ってんのか全くわかんないんだけど!?」
エミルが再び叫んで頭を抱えていると、片付け終わったフリエラがいくつかのお酒を手に戻り、エミルに言った。
「では、お互いの実家にお祝いに帰りましょうか」
フリエラが歩いていると、困ったように辺りを見回すおばあさんがいた。
「あらあら、どうなさいましたか? おばあさん」
「腰が痛くて動けなくてねぇ」
腰をさするその手を見て、フリエラは笑って言った。
「でしたら、わたしが背負って家まで送って差し上げますわ」
そう笑ったフリエラは、おばあさんを大きな荷物ごと背負い、軽々と歩き始めた。
「お宅はどちらですか?」
「ちょっと遠いんだけど、街を二つほど越えなきゃならなくてねぇ。馬車で帰るから、馬車乗り場まででいいよ、ありがとね」
「いえいえ。そのあたりでしたら日課のランニングの範囲内なので、馬車より早く着きますし、馬車より揺らさずお送りできますから」
フリエラはそう言って駆け出した。
「最近の若い人はすごいねぇ」
おばあさんの言葉に、近くで話を聞いてた若者が首を傾げる。
「あれ、普通か?」
「……あの街まで馬車で二刻かかるんだぞ?」
フリエラが買い出しに行こうとすると、建築中の木材に挟まれた人がいた。慌てて木材を片手で動かして、その人に声をかける。
「いてて、いてててて!」
「あらあら、大丈夫ですか?」
「足が折れちまった」
「それなら、少し失礼しますね……ふん!」
足を掴んで、正しい向きに戻す。
「いってぇ!! ……あれ、治ってる?」
「応急処置です。折れた骨を腕力でひっつけました。ついでにわたしの気のような力で自己治癒力をあげただけなので、無理するとすぐに折れます。一週間ほどは安静になさってくださいね」
怪我人は思わず口にする。
「治癒……聖女様?」
「いえ、ただの腕力のある凡人です」
「ふえええ。肉が、肉が食べたいよぉ!」
フリエラが歩いていると、屋台を指差しながら道で泣き叫ぶ幼女とその兄らしき少年がいた。困ったように佇む少年を見て、フリエラは近づく。
「あなた、お肉が食べたいのですか?」
「ふえええ、うん。お肉食べたい」
そう言う幼女と少年を軽々と抱き上げ、そのまま建物に駆け上り、屋根を伝ってフリエラは城壁を出た。
「ここからは獣がいます。少々お待ちくださいね」
二人をおろし、フリエラは駆け出した。そして数秒後には大きな牛のような生き物を担いで戻ってきた。
「振り回したので血抜きまでは済んでます。今から解体して火を起こすので少々お待ちくださいね」
そう言って大きな岩を割り、竃と机のようなものを作り上げると岩で作った包丁で手早く解体し、火を起こす。思い出したかのように山に駆け、十秒ほどして岩のようなものを握りしめて戻ってきた。
「岩塩です。お肉には一番合うんですよ」
笑って岩塩を握りつぶして粉状にし、肉にかける。そして温まった様子を見て、肉に木の枝を刺して焼き始めた。
「もう少しだけ待ってくださいね。今腕力で火を強くしますから。ふん!」
何をどうやったのか誰もわからなかったが何故か火は強まり、肉はいい色に焼けてきた。
「どうぞお召し上がりください」
幼女と少年に肉の棒を差し出す。ごくりと喉を鳴らした二人が、かぶりつくと脂が垂れ、香りが際立った。
「わたしはお土産用にもう少し焼いておきます」
いくつかの肉を焼き上げて二人に持たせ、また二人を抱き抱えて元いた場所に駆ける。
「気をつけてお帰りくださいね。お兄ちゃんを困らせちゃいけませんよ?」
手を振って二人を見送り、フリエラは満足そうに笑った。
なお、子供二人の食べた肉は貴族ですらなかなか食べられない魔牛の魔王山産岩塩がけだったことは、誰も知らない。
「千八百九十七、千八百九十八、」
フリエラがいつものように隣の隣の街まで駆け、トレーニングをしていたところ、たまたま通りかかったお忍び貴族と出会った。
「あら、お貴族様ですね」
フリエラはそう言って様子を見ながらトレーニングを続ける。
「全くもって許せない、滅ぼしてやる」
物騒な言葉にフリエラは思わず駆け寄り、跪いた。
「きっと高貴なお方でしょう。ここで会ったのも何かの縁。このフリエラめに、怒れる心のうちお聞かせ願えますか?」
突然現れたフリエラに護衛は誰も反応できなかった。護衛たちの驚いた様子を見た貴族は、フリエラが実力者だと悟り、語り始めた。
「……そうして、この国と王は我が娘である姫を嫁に出せと言ってくるのだ」
「あらあら、それは寂しいですね。お姫様はなんとおっしゃっているのですか?」
「国は出たくない、と。ただ、王子には好感を持っているらしい……」
「そうなのですね。それはお父様としては複雑な心境でいらっしゃいますね。好感を持っている王子の国を滅ぼしたらきっとお姫様には恨まれてしまいますね。他に方法はないか、わたしが民に案を募ってみましょう。ふふ、驚きましたか? 意外と商いをする者はいろいろな考えを持っていて参考になるのですよ。数分お待ちくださいね」
駆け出したフリエラは、意見をいくつかもらって帰ってきた。
「商人で国を跨ぐ婚姻をするとき、妻の国に住むことや、国境付近に住むこと、他に魔術具を使って双方を簡単に行き来する方法など教えてもらいましたよ」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
こうしてフリエラは、誰にも知られることなく二国の開戦を防いだのだった。
「助けて! フリエラ!」
「エミル!? 何をしているのです、貴方たち!」
エミルを攫おうと布をかけていた男たちを投げ飛ばし、そのままエミルにかけられていた布を使って男たちをぐるぐる巻きにして縛り上げたフリエラは、腕力で男たちを詰め所前に放り投げた。
「人攫いをしようとしてました!」
フリエラの叫び声を聞き、衛兵たちが男を捕らえ、フリエラはエミルを抱きしめた。
「エミル。あなたは神に愛された容姿をしていますわ。神だけでなく人にも愛されてしまうのですね」
泣きじゃくるエミルを抱きしめ、フリエラは言う。
「わたしはただの凡人マッチョだけど、あなたのことも守ってみせますわ」
前世は大聖女ですが、今世は単なるマッチョな凡人です 碧井 汐桜香 @aoi-oukai
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