第2話

■ 市場いちば


 至る所にかがり火が焚かれ、天幕を張った店から、地面に籠を並べただけの店まで、人々が雑多な品物を売っている。

 ソウルが、ぶらぶらと店先を見て回っている。


ソウル「(果実を手に取り)こんなもん、どこいらへんで採れるんだ?(果実にかぶりつく)」


店の女「あんた、よそもんだね? 白麓山のふもとには、季節が巡る里があるんだよ」


ソウル「(口をもぐもぐ)マジかよ?」


店の女「亜斗璃様の母君、伽那璃様のおわす桃源郷さ」


ソウル「伽那璃様? 鳥の名前ってこたぁ、唄姫なのか?」


店の女「もう、ずいぶん前に亡くなられたんだけどね。その伽那璃様の眠る地にだけは、春が来て、夏が来て、秋が来る……。不思議だねぇ」


ソウル「へぇぇぇぇ~(去ろうとする)」


店の女「あんた、お代、まだだよ」


ソウル「(てへ、と笑い)バレた?」


 ソウル、硬貨を指でピンと弾く。

 硬貨、店の女の手に。


店の女「まいどあり~」



■ 祈りの神殿を見渡せる丘。


 晴天。

 里の中央広場に、小さな神殿がある。

 小さな神殿のバルコニーがステージのようになっている。

 神殿の前の広場には円形劇場のようなすり鉢状のステージがある。


 光射すバルコニーで、亜斗璃が唄っている。

 竪琴を弾く彌杏みあんが、傍らで曲を奏でている。


 ソウル、丘の上の大木にもたれ、果実を喰う。


 神殿の円形劇場の広場で、唄を聴く人々に笑顔で接する偉須火。子供と目線を合わせ、微笑む。


 ソウル、剣をつきつけられた時の偉須火の表情を思い出す。



■ 偉須火とソウルが対峙したときの回想


 ソウルの右肩に、剣の切っ先が乗せられる。

 ソウル、ビクッとする。


偉須火「拐かしか、物取りか? 生きて帰れると思うな」


 偉須火、右手に持った剣を、背後からソウルの右肩に乗せ、首筋につきつけている。


ソウル「げっ……、俺様としたことが、不覚……」


 ソウル、両手を肩の高さまで上げる。

 偉須火の、鋭く隙の無い視線。



■ 回想戻り


ソウル「ったく、可愛い顔して……。猫っかぶり小僧……(種を吐き出す)」



■ ソウルの回想(イダリの国)


 宮殿で、国の長老と話しているソウル。


ソウル「うたうたい?」


長老「さよう。古来より、唄というものは人の心を特定の方向へ導くものじゃ。子をあやす子守歌。兵を鼓舞する軍歌。亡者を弔う鎮魂歌……」


ソウル「ああ、まあ確かに……」


長老「唄は、集団を同一の心理状態に導き、意識をコントロールすることも可能じゃ」


長老「そして、長きに渡る冬の時代が来るに至って、唄に依存した独特の文化形態を発達させた部族が現れた。それが、那岐の里の唄の民じゃ」


ソウル「唄の民……」


長老「唄の民は、癒しの術者である唄姫を立て、姫の唄を拠り所に厳しい冬の世界を生き抜いてきた。そこには、絶対の信頼と、安定があった」


長老「唄の民の里には、争いはなく、人々が互いを思いやって暮らしているという。平和に凪いだ里は、いつしか那岐の里と呼ばれるようになった……」


ソウル「争いがないのか……。桃源郷だな」


長老「いかにも」


ソウル「その唄姫が、この国でも唄ってくれたら、蔓延した奇病も、癒されるかもしれないってわけだな?」


長老「それはわからぬが、『うたうたい』と呼ばれる特別な唄姫には、この世の哀しみも苦しみも痛みも、全てを癒す力があると、伝えられておる」


ソウル「那岐の里……か……」



■ 回想戻り、祈りの神殿を見下ろす丘


 ソウル、亜斗璃を眺める。


ソウル「特別な、唄姫……か(果実を食い尽くす)」


ソウル「この世の哀しみも苦しみも……痛みも……?」



■ ソウルの回想、続き


長老「じゃが……。唄姫を我が物にせんと狩り集められ、唄姫たちは血を吐き死ぬまで唄わされたのじゃ……」


 唄姫たちの悲惨なイメージ。



■ 回想戻り、祈りの神殿を見下ろす丘


 ソウル、ため息をつく。


ソウル「あのオニイチャンが妹を護ろうと必死になるのも、わからんでもねーわな……(芯だけになった果実を、ポイと放って立ち上がる)」



■ レンガ造りの民家の並ぶ路地。


 ソウルが、あくびなどしながら歩いている。


亜斗璃(OFF)「いやぁっ! やぁっ! こっち、こないでっ! たすけてぇっ!」


 ソウル、びっくりして身を翻す。



■ 粗末な民家の中。


ソウル「(剣を抜いて踏み込んでくる)何があった? 大丈夫かっ!?」


 民家の中では、亜斗璃がバタバタと何かから逃げ回っている。


亜斗璃「(頭を抱えてうずくまる)きゃぁっ!」


 ソウル、ハッとして亜斗璃に駆け寄る。


ソウル「亜斗璃!」


亜斗璃「いやぁっ!(夢中でソウルに抱きつく)」


ソウル「(亜斗璃を抱きしめ、部屋を見回す)いったい、なんだってんだ?」


 ベッドの上に、寝たきりの老人。

 ベッドサイドにひっくり返った食事の碗。


ソウル「(首をかしげ)あ?」


 男の腕の中で震える亜斗璃。

 訳が判らないソウルの顔の前を、ブウンと黒い物体が横切る。


亜斗璃「(羽音を聴き)いやぁぁっ!(ソウルに、再びしがみつく)」


ソウル「(呆れて)もしかして、ゴキローチ?」


亜斗璃「いやっ! そんな名前、口にしないでっ!」


ソウル「(ぽりぽりと耳の後ろをかく)あー……」


 再び、ぶーん、と十センチほどのゴキローチが飛来する。


亜斗璃「きゃぁぁぁっ!(うずくまる)」


ソウル「(ニッと笑い)せっ!(剣をひとふり)」


 床に、まっぷたつになったゴキローチが亜斗璃の目の前に落ちる。


ソウル「ほら、片づいたぜ、お嬢ちゃん」


亜斗璃「えっ?(おそるおそる床を見る)」


 モザイクがかかった、ゴキローチの死骸。


亜斗璃「いやぁぁっ!(三度、男に抱きつく)」


 ソウル、笑いながら亜斗璃の頭をポンポン撫でる。


ソウル「まあ、この寒さの中で生き延びてるこいつらは、逞しいけどな……」


亜斗璃「(憎しみに満ちた表情)滅びの唄を……唄おうかしら……」


ソウル「えっ!? 怖っ……」


亜斗璃「嘘。そんなことできたら、とっくにやってるわ(悔しそう)」


 ソウル、声を上げて笑う。



■ 時間経過。同、粗末な民家


 亜斗璃、寝たきりの老人に、碗からスプーンですくってスープを食べさせてあげている。

 ソウル、傍らの椅子に、背もたれを前にして跨って座っている。


亜斗璃「(ソウルに)ごめんね。呆れちゃったでしょ?」


ソウル「はははっ。ぜんぜん。役得って感じかな?」


亜斗璃「え?」


 「←抱きついたことを覚えてない」と、手書き文字で。


ソウル「いや、こっちの話。それよかさ、民の心を癒す唄姫が、ゴキローチで泣き叫んじゃうってのは、傑作だよな」


亜斗璃「(泣きそうな顔)もう、その名前は言わないで。ほんっと、ダメなの」


ソウル「(椅子の背もたれに額をつけて笑う)クックック……。いや、失礼。でも、最高。めちゃ可愛い」


亜斗璃「(頬を染める)そんな褒められ方しても嬉しくないよ……」


ソウル「なあ、今度さあ……山の麓の四季が巡る里ってのを案内してくれよ」


亜斗璃「え?」


 ゴウッっと地鳴りが聞こえる。


亜斗璃「あら?」


 グラグラと揺れる。


亜斗璃「きゃぁ!」


ソウル「地震かっ?(立ち上がる)」


 亜斗璃、碗を置き、老人を庇う。


老人「亜斗璃様……」


亜斗璃「だいじょぶよ……」


ソウル「ああ、そう大きくない」


亜斗璃「このところ、ときどきあるのよ。何か、悪いことの前兆じゃなきゃいいんだけど……」


ソウル「そうなのか?」


亜斗璃「ええ。それに少し、揺れが大きくなってきてるみたい……」



■ 粗末な民家の前の道


 偉須火、茄都ナツと走ってくる。茄都は、黒い短髪で精悍な若者。


偉須火「付近の家の者に被害がないか当たれ」


茄都「承知」


 茄都、走って行く。



■ 続、粗末な民家


 偉須火が慌てて飛び込んでくる。


偉須火「亜斗璃! 大丈夫か!?」


亜斗璃「偉須火」


ソウル「おや、ナイト登場」


偉須火「お前、まだいたのか。早く国へ帰れ」


ソウル「つれないなぁ。オニイチャン」


偉須火「おまえの兄ではない」


偉須火「亜斗璃、怪我はないか?」


亜斗璃「うん。だいじょぶ。ソウルが居てくれたから」


偉須火「ふん。そこのデカブツも少しは役に立つみたいだな」


ソウル「デカブツって、王子様よ? 俺」


偉須火「俺には関係ない」


ソウル「つれないね~」


偉須火「亜斗璃、教会に人々が集まるだろう。帰って、唄ってあげてくれ」


亜斗璃「あ、うん。そうね……(立ち上がる)」


亜斗璃「(老人を振り返り)おじいさん、また来るわね(ニコッと笑う)」


ソウル「(偉須火に)よう、俺も行っていいか?」


偉須火「……好きにしろ」



■ 教会(亜斗璃と偉須火の家)


 人が沢山集まっていて、ざわざわしている。口々に「怖いわねぇ」「白麓山がお怒りなのかしら」「いったいどうなるんだ?」とか不安を口にしている。


 亜斗璃が入ってくる。

 ソウル、そっと皆の一番後ろに入り込み、壁に背をもたれて立つ。みんなの様子を見る。


亜斗璃「みなさん、お怪我はありませんか?」


子供を抱いた母「子供が怖がってぐずちゃって……。安心させてやってください」


亜斗璃「ええ……。いい子ね(抱かれた子供の頭を撫でる)」


 亜斗璃、皆の真ん中に立ち、額に巻いたハチマキをシュルッとほどく。

 額に、天使の翼を生やした剣の紋章が現れる。

 そして、唄い出す。

 亜斗璃を囲むように座った一同は、ある者は目を閉じ、ある者は両手を合わせ、思い思いのポーズで唄に聴き入る。


 その様子を見ているソウル。

 子供が安らかな顔で眠りにつき、年寄りは幸せそうにうなずいている。


 そして、ソウルの目から涙が一筋、流れる。


ソウル「(驚いて)なっ……」


 ソウル、自分の涙を指ですくう。


ソウル「これが……『うたうたい』……」



■ 教会裏の水くみ場


 偉須火が桶に汲んだ水で顔を洗っている。

 肩にかけた、いつも頭に巻いているターバンのような黒い布。


偉須火「く……」


 背後でガサッと物音がする。

 偉須火、驚いて振り返る。その額には、赤黒い悪魔の羽を生やした紅い剣の紋章が浮かんでいる。


偉須火「誰だ!?」


 偉須火、あわてて手で額を隠す。

 そこに居たのは、茄都。


茄都「落ち着け、俺だ」


 偉須火、腰の剣を抜こうとして柄に手をかけている。

 偉須火、その手に視線を落とす。


偉須火「あ……。茄都か……。すまん」


茄都「(心配そうに)痛むのか?」


偉須火「いや……。なにか……呼ばれているような気がする……。疼くんだ……」


茄都「偉須火……」


つづく

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