42話 王宮の影


継承式の三日前――王宮の最奥、玉座の間。


「王子を、お連れしました」


アヌーが、静かに膝をついて告げた。その後ろで、ビビットが俯いたまま立っている。


「……ご苦労だった、アヌー」


玉座に座る、電気型の小型恐竜――ライトラが、静かに頷いた。ビビットとよく似た輪郭に、深い皺と貫禄が刻まれている。


「ビビット。……よく、戻った」


「……」


ビビットは何も答えず、ただ拳を握りしめていた。


***


「私の役目は、ここまでです」


アヌーが、立ち上がりながら告げた。


「では、私はこれで」


「待て」


ライトラが、静かに声をかけた。


「全世界政府には、感謝を伝えておいてくれ」


「――承知しました」


アヌーは、一礼すると踵を返した。


その背に、ビビットが小さく呟いた。


「……マークたちは」


「殺してはおりません」


振り返らずに、アヌーは答えた。


「王子の頼み通り、あくまで足止めのみ。……それだけの価値が、あなたにあるようですので」


そう言い残し、アヌーは玉座の間を後にした。


***


王宮を出たアヌーは、迎えに来ていた自軍の部下と合流していた。


「アヌー様、お疲れ様でした」


「……ああ」


短く答えながら、アヌーは足を止めることなく歩いていく。


「全世界政府へ戻る。次の任務の指示を待つ」


「はっ」


部下たちが、整然と後に続く。


その隊列を、アヌーは静かに見渡した。今はまだ、見慣れた顔ばかりが並んでいる。


***


玉座の間に、ライトラとビビットだけが残された。


「……父上」


長い沈黙の後、ビビットが口を開いた。


「なぜ、俺を呼び戻したんですか」


「継承式のためだ」


ライトラは、静かに答えた。


「三日後、お前に――この国の王位を継がせる」


「……俺は、王になるつもりなんて……」


「分かっている」


ライトラの声に、僅かな疲労が滲んだ。


「だが、これは決まったことだ。……お前には、お前の役目がある」


***


ビビットは、拳を握りしめたまま、俯いた。


「俺には……マークとの約束が」


「その話は、また今度にしよう」


ライトラは、それ以上取り合わなかった。


「今は、休め。三日後に備えて」


「……」


ビビットは、何も言い返せなかった。ただ、重い足取りで、玉座の間を後にした。


***


一人残された玉座の間で、ライトラは静かに息を吐いた。


「……すまないな、ビビット」


誰にも聞こえない声で、そう呟く。


その表情には――これから起こることを、既に予感しているかのような、深い陰りが差していた。

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