40話 もう一人の私


老人の家の裏手、花畑の中で、マミは静かに座り込んでいた。


膝の上に置いた両手に、力を込める。


「……集中、集中」


小さな花の蕾に意識を向けると、蕾がゆっくりと開いていった。


「よし……」


この数日、マミは花の能力を鍛え続けていた。イズマやマークたちが、それぞれの形で強くなろうとしているのを見て、自分だけ何もしないわけにはいかない、と思ったからだった。


***


だが――ある日から、奇妙なことが起き始めていた。


「……もっと、力を」


心の奥底から、聞き覚えのない声が響く。


「私の力を、使えばいい」


「……誰?」


マミは、辺りを見回した。誰もいない。だが、声は確かに、自分の内側から聞こえていた。


「気のせい、かな……」


首をかしげながらも、修行を続ける。だが、その声は、日を追うごとに大きくなっていった。


***


ある日の午後、マミは強い眩暈に襲われて、その場に倒れ込んだ。


「……あ……」


意識が、急速に遠のいていく。


そして――


目を開けたとき、マミの瞳は、いつもと違う色を帯びていた。


「……ふふ」


口元に浮かんだのは、マミ自身のものとは思えない、艶やかな笑み。


体が、勝手に動き始める。花畑の薔薇が、その手のひらに集まってくる。


「これは……便利、だねぇ」


しばらくその体で戯れた後、意識は再びマミへと戻っていった。


***


「……ん、あれ?」


正気を取り戻したマミは、困惑した様子で辺りを見回した。


「私、今……」


手のひらに、見覚えのない薔薇の花びらが乗っている。


「なんで、こんなの……」


戸惑いながらも、なんとなく察しがついていた。


――ローズラ。


第3世界で戦った、あの植物型モンスター。倒したはずなのに、まだ自分の中に、何かが残っている。


***


「……怖くない、って言ったら嘘になるけど」


その日の夜、マミは一人、月を見上げながら呟いた。


「でも……あんたも、行き場がないんだよね」


答えは返ってこなかった。だが、心の奥で、何かが静かに息をひそめているのが分かった。


「消えろって言っても、消えないんでしょ」


「……そうだねぇ」


初めて、はっきりとした返事があった。


マミは、少し驚いたように目を見開いた。


***


「あんた、ローズラ、だよね」


「察しがいいじゃないか」


声には、隠す様子もなかった。


「私を消したいなら、それも構わないよ。……でも、多分、無理だと思うけどねぇ」


「……消そうとは、思ってない」


マミは、静かに答えた。


「ただ、勝手に暴れられると困る。それだけ」


「ふぅん」


ローズラの声に、僅かな興味が滲んだ。


***


「じゃあ、どうするんだい」


「……一緒にいるしかない、んじゃないかな」


マミは、自分の手のひらを見つめながら言った。


「私の中に、あんたがいる。それが事実なら……喧嘩しててもしょうがない」


「ずいぶん、呑気だねぇ」


「呑気で悪い?」


マミが、少しむっとしたように返すと――


ローズラが、初めて笑い声を漏らした。


「とんだ、あまちゃんだよ、あんたは」


「よく言われる」


「……あたしがついてないと、ダメだね」


その言葉には、これまでの敵意とは違う、どこか呆れたような――それでいて、温かみに近いものが滲んでいた。


***


「よろしくね、ローズラ」


「……ふん」


答えは素っ気なかった。だが、心の奥の気配は、以前よりも少しだけ、穏やかになっていた。


マミは、花畑に咲く花を一輪摘み、静かに髪に挿した。


「イズマ、無事に帰ってきてくれるといいな」


その呟きに、ローズラは何も返さなかった。ただ、静かに――そこに在り続けていた。

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