27話 兄弟

血を流しながら、グレンは城の外れを歩いていた。


一歩、また一歩。足取りは重く、幾度もよろめいた。それでも、止まらなかった。


「……ブグン」


呼びかけても、返事はない。分かっていた。ここで叫んだところで、届くはずがない。それでも、名前を呼ばずにはいられなかった。


崩れかけた城壁の外。木々がまばらに生える、人気のない場所まで来たとき――


グレンの足が、止まった。


***


木陰に、大柄な影が横たわっていた。


「……ブグン」


今度は、声にならなかった。


駆け寄る足が、もつれる。膝から崩れ落ちるようにして、その傍らに座り込んだ。


「おい……おい、ブグン」


肩を揺する。反応はない。だが――


かすかに、上下する胸があった。


「……息、してる……」


安堵とも、恐怖ともつかない震えが、グレンの喉から漏れた。


「ブグン、聞こえるか。……俺だ。兄貴だ」


呼びかけながら、グレンは弟の体をそっと抱き起こした。


その重みが、いつもより、ずっと軽く感じられた。


***


しばらく、何も起こらなかった。


ただ、風が木々を揺らす音だけが、あたりに満ちていた。


グレンは、何も言わずに弟を抱きしめていた。焦る気持ちはあった。だが、それ以上に――今は、ただこうしていることしかできなかった。


「……お前」


血の滲む唇から、掠れた言葉が漏れた。


「……にい、ちゃん……」


「――ブグン!」


薄く、目が開いた。焦点の合わない瞳が、ゆっくりとグレンの顔を捉える。


「……悪い、な……」


「喋るな。今すぐ、どうにかしてやるから」


「……無理、すんなよ……」


弱々しい笑みが、ブグンの口元に浮かんだ。


「にいちゃんも、傷、だらけじゃねえか……」


「そんなことより、お前の心配をしろ」


グレンの声が、僅かに震えていた。


***


「……なあ、にいちゃん」


「なんだ」


「俺……ちゃんと闘った、か……?」


その問いに、グレンは一瞬、言葉を詰まらせた。


「……ああ」


短く、しかし確かに答えた。


「お前は、ちゃんと闘った」


ブグンの目が、少し細まった。満足そうな、それでいてどこか安心したような表情だった。


「なら……よかった」


その声は、掠れながらも、穏やかだった。


グレンは、弟の手を強く握った。


「大丈夫だ。今、助けてやるから……だから、もう喋るな」


「……にいちゃん」


「なんだ」


「あいつ……マークって、やつ……」


ブグンの視線が、遠くを見るように揺れた。


「強かった、な……」


「……ああ、聞いてる」


「あんな奴と、正面から……殴り合えて……よかった、と思うよ……」


その言葉に、グレンの表情が、僅かに歪んだ。


***


「……眠い」


ブグンの瞼が、ゆっくりと下がっていく。


「おい、寝るな! ブグン!」


「大丈夫……ちょっと、休むだけ、だから……」


「ブグン!」


呼びかけても、応えは戻ってこなかった。


ただ、その胸は――かすかに、上下し続けていた。


眠っている。生きている。それだけが、今のグレンにとって、唯一の救いだった。


***


グレンは、弟の体をそっと担ぎ上げた。


「……待ってろ。今度こそ、ちゃんと守ってやる」


その足取りは、来た時よりも、ずっとしっかりしていた。


背中に感じる弟の重みが、グレンの中で、一つの決意に変わっていく。


――マークへの復讐。それは、まだ消えていない。


だが今は、何よりもまず――この命を、繋ぐことが先だった。


木々の隙間から差し込む光の中を、兄弟の影が、静かに遠ざかっていった。

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