第8話 演算のクリスタル


「……お前が、アルゴか」


マークは拳を握り直しながら、目の前の存在を睨みつけた。


アルゴは静かに、機械の翼を広げた。


「マーク・ヒューマン。行動履歴、解析完了。次の行動――右ストレートを放つ確率、八十七パーセント」


「は?」


言い終わるより早く、マークの右拳は既に振るわれていた。


しかし――


「回避」


アルゴの体が、まるで最初からそこにいなかったかのように、するりと拳の軌道から外れた。


「なっ……!」


「予測通りだ」


アルゴは冷たく告げた。


「ビビットの移動方向、確率九十二パーセント――右」


「ビビ……!?」


咄嗟に右へ跳ぼうとしたビビットの前に、既にアルゴの手のひらが突き出されていた。


バチンッ!!


放たれた光弾が、ビビットを弾き飛ばす。


「ビビット!」


「……大丈夫、まだ、いける……!」


ビビットが震えながら立ち上がる。だが、その動きは明らかに鈍っていた。


***


「攻撃してから避けるのではない」


アルゴが淡々と告げる。


「攻撃する前に避ける。それが、演算の力だ」


マークは拳を握りしめたまま、奥歯を噛んだ。


――当たらない。


何度殴っても、何度蹴っても、アルゴの体はまるで水のようにその全てをすり抜けていく。


「くそっ……!」


「マーク! 同時に行くぞ!」


ビビットが叫んだ。


「マークが正面、俺が側面!」


「おう!」


二人同時に踏み込む。マークの拳が正面から、ビビットの電撃が側面から――


「その連携も、既に演算済みだ」


アルゴの体がふわりと宙に浮き上がった。二つの攻撃は、虚しく空を切る。


「そんな……!」


「読まれてる、だと……!?」


二人は同時に地面に転がった。


***


「終わりにしよう」


アルゴの両手に、光の刃が形成される。


「行動確率、演算完了。お前たちに、生存の道はない」


刃が振り下ろされる――


その瞬間。


マークの脳裏に、ある考えがよぎった。


――待てよ。


――こいつが見てるのは、「次に何をするか」の確率だ。


――だったら。


「ビビット!」


「な、なんだ!?」


「俺に電撃、直接ぶつけろ!」


「は!? 何言って――」


「いいから早く!!」


戸惑いながらも、ビビットは電撃を放った。


マークは、それを避けなかった。


バチィィッ!!


電撃がマークの体を貫く。


「ぐああああっ!!」


「マーク!?」


しかし――


「今のは……計算外か」


アルゴの動きが、一瞬止まった。


わずかな、本当にわずかな隙。


だが、それで十分だった。


***


「――今だ」


痺れる体を無理やり動かし、マークはアルゴの懐に飛び込んだ。


「普通なら選ばない行動を選べば……お前の予測は外れる!」


「なっ……!」


アルゴが初めて、明確に驚愕を見せた。


「肉を切らせて、骨を断つ!!」


渾身の一撃が、アルゴの中心へと突き刺さった。


ドゴォォォォォォンッ!!


轟音とともに、アルゴの体が大きく弾け飛ぶ。


夕焼けの空に、機械の破片が舞い散った。


***


崩れ落ちたアルゴの体から、青白く輝く結晶が浮かび上がった。


「……これが」


マークはそっと手を伸ばし、それを掴んだ。


温かい光が、手のひらに吸い込まれていく。


「演算のクリスタル……」


「マーク、やった……! やったぞ!!」


ビビットが跳ねるように喜んだ。


「ビビーッ!! ビビビーッ!!」


満身創痍のはずのビビットが、痛みも忘れて跳び回っている。


マークも、思わず笑みがこぼれた。


「ああ……やったな」


十年間探し続けた「答え」への、最初の一歩。


七つのうちの、一つ。


夕日に染まる崩れたテーマパークを見下ろしながら、マークは拳を強く握りしめた。


――でも。


その拳の中に、まだ小さな違和感が残っていた。


地下で見た、あの奴隷たちの虚ろな目。


「……ビビット。地下に戻ろう」


「え? なんでだよ、もう終わったのに」


「あいつらに、伝えなきゃいけないことがある」


マークは踵を返し、崩れた地下への入り口へと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る