第9話 ここで、終わりだよ
地下に戻ると、奴隷たちは呆然とマークを見つめていた。
サーユとウーユが消え、マールも崩れ落ちたことに、誰もが動揺している様子だった。
「あんた……本当に、あの化け物を……」
「ああ」
マークは手にした演算のクリスタルを掲げた。
「アルゴってやつも、倒した。もう、お前らを縛るものはない」
「な……」
奴隷たちがどよめいた。
「もう、自由だ!」
マークは声を張り上げた。
十年間、自分自身が「帰りたい」と願い続けてきたからこそ、その言葉には力がこもっていた。
だが――
反応は、マークの予想とはまったく違っていた。
***
「……自由?」
さっきの老人が、困惑した顔でつぶやいた。
「これから、どうすればいい」
「仕事は……なくなるのか」
「命令してくれる奴が、いなくなるのか」
「俺たちは……何をすればいいんだ」
誰も、喜んでいなかった。
「……」
「長い間、命令されることに慣れちまってる。急に『好きにしろ』って言われても……何をどうすればいいのか、分からねえよ」
一人の若者が、俯いたまま呟いた。
マークは、ぐっと拳を握った。
――自由って、こんなに簡単に手渡せるものじゃないのか。
しばらく重い沈黙が流れた後、マークは小さく息を吐いた。
「……勝手にしろ」
短くそれだけ言うと、踵を返した。
「ビビット、行くぞ」
「……マーク?」
「もう、俺にできることはない」
***
崩れたテーマパークを歩きながら、マークはずっと黙っていた。
「……なあ、マーク」
ビビットが、遠慮がちに声をかけた。
「怒ってるのか?」
「……分かんねえ」
マークはぽつりと答えた。
「俺の『当たり前』は、あいつらの『当たり前』じゃなかった。それだけだ」
***
不意に、拍手の音がした。
パチ、パチ、パチ――
「いやあ、良い一撃だったよ。あのアルゴをねぇ」
夕闇の中から現れたのは、黒装束を纏った男だった。ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべている。
「……誰だよ、お前」
マークが身構える。
黒装束の男の隣には、もう一人――白衣を纏った、白髪の少年がいた。
年の頃は、マークとそう変わらない。だが、その目には感情らしい感情が浮かんでいなかった。
「グルー。それに、ベロニカ」
黒装束の男が、自分と隣の少年を指しながら名乗った。
「よぉ、ヒーローくん。アルゴ倒したくらいで、いい気になってねえか?」
グルーが、からかうように言った。
「こいつらで本当に、クリスタル全部集められんのか?」
「……なんだよ、お前ら」
マークは拳を握った。
「邪魔するなら、容赦しねえぞ」
「ビビ!」(そうだ、そうだ!)
ビビットも唸り声を上げる。
グルーがベロニカに視線を送った。
「どう思う?」
ベロニカは、初めて口を開いた。
感情の一切ない、冷たい声だった。
「いや……ここで、終わりだよ」
***
「――は?」
マークが聞き返すより早く、ベロニカの姿が消えた。
「ぐあっ……!?」
気がついた時には、腹に重い衝撃が走っていた。
「なっ……何が……」
視界が霞む。何をされたのか、まったく分からなかった。
「マーク!!」
ビビットが電撃を放つ。だが、ベロニカはそれすら見もせずに躱した。
「――遅い」
その手に、白く輝く剣が現れた。
「な……」
マークが目を見開いた瞬間――
ベロニカの剣が、一閃した。
ズバァッ!!
空気ではなかった。空間そのものが、切り裂かれる音だった。
目の前の景色に、大きな亀裂が走る。
「これは……!」
マークとビビットの足元が、光の裂け目に飲み込まれていく。
「な、なんだよこれ! ビビット!!」
「マーク!!」
伸ばした手は、届かなかった。
二人の体は、それぞれ別々の光に引き裂かれるようにして、吸い込まれていく。
***
崩れゆく視界の中、ベロニカの声だけが遠く聞こえた。
「バイバイ。ヒーローくん」
グルーが、けらけらと笑う声も。
「マジで消しちまったよ、あいつ。……で、これからどうすんの?」
「見ての通りだ。次の世界へ、道を繋げた」
ベロニカは剣を収めながら、静かに空を見上げた。
「あとは……本人たちの、力次第だな」
その表情に浮かんでいたのは――勝利の余韻でも、嘲りでもなかった。
まるで、何か大切なものを見送るような、静かな眼差しだった。
***
光の中で、マークの意識は薄れていく。
「ビビット……ビビット、どこだ……!」
叫んでも、返事はなかった。
やがて視界が真っ白に染まり――
気づいたとき、マークは一人、見知らぬ場所に立っていた。
緑に囲まれた、小さな一軒の小屋の前に。
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