それでも俺達は心に色を宿す。

 1年後、劇場。


 俺はアンと出会ったときから今に至るまでのことを、物語として記している。骨の折れる作業だ。これを短い劇の脚本として再編集するため、1万文字を超えてはならないのだから。


「あら、今日も精が出るわね」

「お前な? 少しは手伝うとかしたらどうだ。たとえばそこ、招待状の送付先リストを洗い直すとか」


 劇場の事務所のデスクには、かつての劇場の得意先のリストがある。俺もここから、招待状を送られた。


「無作為に選ぶのはダメなんでしょう?」

「ああ。どんな記憶を持っているかが重要だ」

「なら調査が要るじゃないの。私には不向きだわ」

「じゃあこっちを手伝え」

「そっちは貴方の視点の物語でしょう? 私には不向きよ」


 クソ、何も言い返せない。

 俺は一旦ペンを置き、得意先リストを眺める。リストには名前と当時の性別、生年月日と住所が書かれていた。劇場内から見つけ出したアンケート回答用紙から、同じ名前を探す。

 見つけたアンケートの回答から、その人間の趣味趣向を洗い出す。このベンという当時男だった人間は、どうも悲恋というものが好きらしい。この社会において恋愛というものにうつつを抜かすとは。

 面白い記憶が吸い出せそうだ。


「こいつに招待状を送ろう」

「調査に行かないのね」

「行ってもいいが……さてはお前行きたいだけだな」

「私一人じゃ行けないもの」

「たく……」


 アンは一人では、劇場の外を出られない。オーナーがそう設定したらしく、機械に疎い俺じゃその設定を解除することはできなかった。俺と一緒なら外に出て、新たな刺激を得ることができるから、こいつは調査などと言うのだ。

 もっとも、調査したほうが招待状を送るべきゲストかどうかの判断も、より正確につけられるようになるが。


 溜息を吐きながら立ち上がり、伸びをする。

 長い時間座っていたからか、腰がギシと機械みたいに軋む音がした。


「存在に大差ないか」

「ん? どうしたの? 早く行きましょう」


 言いながら、事務所から出ようとしているアンが振り返った。


「さあ今度の人間からは、どんな色の夢が見られるかしら」

「ピンク色かもな」

「それはまだ味わったことがないわね」

「……俺はあるな」


 依然として、アンの瞳の中心に俺はいない。

 だが、前よりは近づいた気がする。俺の瞳の中心には、より色濃く彼女の像が焼き付いてしまっている。同じものを映し続けると焼き付く昔のモニターみたいに。

 さあ、また彼女の思う通りにしてやろう。

 そしていつの日か、この傲慢で自分勝手な女の瞳の中心に俺の像を焼き付かせてやるのだ。


 それが今の俺にとって、好きに生きるということだから。


 こいつに心を砕きながら、こいつはそれほどは俺に心を砕かない。

 俺が求める分だけ、こいつは俺を求めてはこない。

 そのことに依然として苛立ちや不安や嫉妬のようなものが胸中に渦巻くが、以前ほどは心のガラス片が砕ける音を聞くことは多くなくなった。


「幸せそうにしていたら、貴方招待状送れるの?」

「送れるよ」

「本当かしら」


 きっと、こういうことなんだろう。


「それはそれで、これはこれだ」

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操られ人形の瞳の中 鴻上ヒロ @asamesikaijumedamayaki

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