第2話「疾走するさっちゃん」下
朝。
乃ノ子、目覚めると、スマホに返信が来ている。
イチ『おはよう、暗黒の乃ノ子』
乃ノ子『漆黒の乃ノ子ですよ?』
乃ノ子(いや、漆黒の乃ノ子でもない。)
乃ノ子、声に出して言いながら、メッセージを打ち返す。
乃ノ子「なにしてたんですかっと」
イチ『寝てた』
乃ノ子(AIって寝るのっ?)
乃ノ子『あの~、さっちゃんまだ、来ないんですけど』
イチ『遠方から来てるんじゃないか?
日本全国津々浦々、訪ね歩くのは大変だろう』
謎のさっちゃん人形が日本列島と各地の名産品とともに、乃ノ子の頭に浮かぶ。
乃ノ子(そこは、あやかし視点か……。)
乃ノ子『リカちゃんは大量生産されてるんで、そこ此処から来られそうなんですけど。
さっちゃんは違うんですかね?
昨日調べてみたんですけど。
そもそも、さっちゃん人形なんてもの存在しないみたいなんですけど。
あ、でも、そういえば、さっちゃんって、私の家知ってるんですかね?』
イチ『お前のスマホの位置情報から探ってるんじゃないのか?
リカちゃん電話、スマホからかけたんだろ?
チャットアプリとか見てみろよ。
さっちゃんとかってアイコン増えてないか?』
乃ノ子、『今、言霊町よ』と入っているのを想像しながら、スマホを確認してみるが、そんなアイコンはない。
乃ノ子『電話がかかってくるんじゃないんですか? そういうのって』
イチ『疾走してるんだろ? さっちゃんって。
電話だったら、息が切れてて怖くないじゃないか』
乃ノ子、想像してみる。
息切れしながら、さっちゃんが、
「私……、い、今、お弁当屋さんの前に、いるわ」とか。
「今、……陸橋、の上、に……居る、わ」
と言うところを。
それをそのまま打ち込んでいる様子の乃ノ子。
乃ノ子『怖いというより、が、頑張ってください……って感じですね』
イチ『お弁当屋の前と、陸橋の上って近すぎだろ。
そんな頻繁にメッセージ打ってたら、そりゃ来るのも遅くなるだろうよ』
乃ノ子(いや、所詮、私の妄想ですから)
乃ノ子、スマホを手に考え込む。
乃ノ子(でも、イチさん、今、私が何処のお弁当屋と何処の陸橋を想定して言ったのかわかったみたいだな。
この間も)
イチに『あんまり、そこ腰掛けて長居すんなよ』
と言われ、驚いてガードレールから立ち上がる回想。
乃ノ子『それにしても、さっちゃんって何処に住んでるんですかね?
もし、言霊町じゃないんだったら、これは言霊町の都市伝説には入らないんですかね?』
イチ『此処に出れば別にいい。
まあ、そのうち来るだろう』
乃ノ子『人形の足でトコトコ歩いてこられて。
十年後くらいに、いきなり背後に立ってられても怖いんですけど』
イチ『そもそも十年経つまで、ひとつも都市伝説集められてなかったら、お前が失踪して都市伝説になってるから』
乃ノ子、学校に向かいながら考える。
乃ノ子(それで私が消えたら、なんて都市伝説になるんだろうな。
都市伝説『都市伝説を集められなかった女』?
語呂悪いな……。)
お弁当屋さんの前で友だちに声をかけられる。
この友だちは似てるけど、前出てる友だちとは別の友だち。
どちらもハッキリ見えない感じに。
髪だけとか手だけとか。
友だち「乃ノ子」
乃ノ子「ああ、おは……」
よう、と言う前に乃ノ子は、結構なスピードで陸橋を移動している人形を見る。
乃ノ子「さっちゃんっ?」
友だち「え? さっちゃん、誰?」
友だちも振り向く。
陸橋の上を歩いているサラリーマンや小学生たちの足許を小さななにかがすり抜けていっている。
さっちゃんは陸橋を下りると、乃ノ子のうちとは反対方向に向かい、ちょこまか移動していってしまう。
乃ノ子「えっ? さっちゃん、逆っ!」
乃ノ子(別の誰かにも呼ばれているとか……?)
スマホが鳴る。
慌てて出る乃ノ子。
乃ノ子「も、もしもし?」
ジャーンッとリカちゃん電話で聞いたような音楽。
さっちゃん「私、さっちゃん。
さっき、陸橋の上にいたわ」
乃ノ子(――過去形っ?)
乃ノ子、さっちゃんが消えた方を二度見する。
乃ノ子(あとで確認してみたけど、さっちゃんからの着信履歴は残ってはいなかった――。)
帰り道、いつものお弁当屋さんの前でイチからメッセージが入ってくる。
イチ『さっちゃんは来たか? 暗黒の乃ノ子』
自動販売機の前で立ち止まり、スマホを見る乃ノ子。
乃ノ子(暗黒の乃ノ子か。
……漆黒の乃ノ子とどっちが黒いんだろうな。)
乃ノ子『それが、授業中、着信してたみたいなんですけど。
さっちゃん、相当迷走してるみたいで』
打っている途中で、電話。
乃ノ子「も、もしも……」
さっちゃん「もしもし、私、さっちゃん。
さっき、ときどきしか開いてない煙草屋の角を曲がったわ」
乃ノ子、慌てて、イチにメッセージを打つ。
乃ノ子『イチさん、もう煙草屋の角まで来てるらしいんですけどっ』
イチ『早く戻れっ、乃ノ子っ。
お前より先に、さっちゃんが家に着いたら、可哀想だろうがっ』
乃ノ子、誰もいない夕暮れの部屋に、所在なげに佇むさっちゃんを思い浮かべる。
乃ノ子(申し訳ない感じがしてきた……。
っていうか、さっちゃん、何故、うちに向かうっ。
私の後ろに来るんじゃないのかっ。)
乃ノ子、慌てて帰ろうとする。
後ろから声。
友だち「乃ノ子ー。
あんた、都市伝説探してるんだって?」
乃ノ子「あ、そうそうっ。
今、さっちゃん人形を追ってるのっ」
友だち「ああ、あの、
『私を捨てたのは、お前かーっ』ってやつ?」
乃ノ子(そんな話だったのか、さっちゃんっ。)
乃ノ子は、に向かい、猛ダッシュする。
部屋に戻ると、ボロボロの人形が部屋の真ん中に背を向けて立っている。
髪は引きつれ、服も顔も汚れ、靴は片方なくなっている。
乃ノ子(怒りのオーラを感じる……。)
さっちゃんを窺う乃ノ子。
乃ノ子(都市伝説的になにかを呪って怒っているわけではなさそうだな。
せっかく走って来てのに、私がいなかったから?)
さっちゃん、くるりと振り向き叫ぶ。
さっちゃん「私を捨てたのはお前かーっ!」
乃ノ子「え、ちが……」
さっちゃん、急に真顔になって言う。
さっちゃん「いや、違うな。
私を捨てたのはもっと小さな子だった。
……私はリカちゃんのバッタもの」
乃ノ子(そういえば、何処となくリカちゃんっぽい。)
さっちゃん「でも、そんな私を可愛がってくれる子たちもいたんだ。
……結局、捨てられたわけだが」
レースのカーテン越しに差し込む光でついた陰影がさっちゃんを物悲しげに見せる。
乃ノ子「……さっちゃん。
洗ってあげようか?」
庭で青いタライに水をはり、さっちゃんを洗ってやる乃ノ子。
髪をシャンプー。
さっちゃん「わたし、さっちゃん。
あなたの後ろにいるわ」
乃ノ子(いや、前にいますよ……)
タオルで身体を拭き、髪を乾かし、お菓子についていたリボンで髪を結ってやる。
が、斜めになっている。
さっちゃん、手鏡の中の自分を見て言う。
さっちゃん「ヘタクソ」
乃ノ子(確かに傾いてるな……。)
さっちゃんの頭上で結んだ赤いリボンをほどき、やり直そうとするが、髪がひっかかる。
さっちゃん「いたたた……っ。
痛いであろうがっ。
お前は、ほんとうにヘタクソだな。
私を可愛がってくれていた子とソックリだっ。
あの子もいつもこうして……」
さっちゃん、乃ノ子、沈黙。
乃ノ子、側のポリバケツの上に置いていたスマホを取り、イチにメッセージを送る。
乃ノ子『暗黒の乃ノ子です』
イチ『気に入ってるのか、そのフレーズ』
乃ノ子『あの、今、さっちゃんの髪結ってて思い出したんですが。
そういえば、私、こんな感じの人形持ってたような……』
イチ『……さっちゃん捨てたの、お前じゃないのか?』
乃ノ子『そんな記憶はないんですが。
そういえば、転校してった友だちがこんな人形くれたような』
乃ノ子、裏口の戸を開けて叫ぶ。
「おかあさーん。誰だっけ?
幼稚園のとき、人形くれた子いたじゃんーっ。
あの人形何処いったっけー?
……待てよ。
そういえば、あのあと、私も引っ越して、そのどさくさで、人形消えたような……」
乃ノ子の後ろで、さっちゃんが叫ぶ。
さっちゃん「お前かーっ!」
乃ノ子「ま、待ってくださいよ。
いや、誰にもらったんだったかなー」
乃ノ子がスマホにぽちぽち打つ。
イチ『友だちが思い出せないって、その友だちが都市伝説じゃないのか?
ほら、都市伝説を語るとき、よく言うだろ。
《友だちの友だちから聞いた》って』
乃ノ子、手を打つ。
乃ノ子「わかったっ。
くれたの、
普通に生きてる友だちですよ。
この間も連絡とったしっ」
乃ノ子、早速、岬にメッセージを入れてみる。
すぐに返信。
岬『あげたあげた、リカちゃんのバッタものの人形。
確か、さっちゃんって書いてあったよね、箱に。
やだ、もしかして、まだ持ってくれてんの? 嬉しい』
乃ノ子、ひとり何処かに行こうとしているさっちゃんに気づく。
乃ノ子「さっちゃん、何処行くの?」
さっちゃん、乃ノ子を振り向く。
さっちゃん「お前に会えて、昔のように遊んでもらった。
このまま此処にいたら、成仏してしまう」
乃ノ子(……成仏しちゃいけないんですかね?
でもまあ、せっかく魂を持ったさっちゃんが消えてしまうのも寂しいかな。)
さっちゃん「元気でな、乃ノ子」
乃ノ子「さっちゃん。また汚れちゃったら、うちにおいでよ。
洗ってあげるから。
あと、あんまり人を驚かせたりしないでね」
さっちゃん「人を驚かせてナンボだろ、私らは。
……いいんだよ。
子どもは大好きなんだから、都市伝説」
さっちゃんは背中を向けて行ってしまう。
乃ノ子「さっちゃん……」
イチからメッセージが入ってくる。
イチ『ようやくひとつ手に入れたな。
都市伝説『疾走するさっちゃん』』
乃ノ子『そうですね』
岬からのメッセージが入ってくる。
岬『また会おうね』
それを見て微笑む乃ノ子。
イチにメッセージを送る。
乃ノ子『SNSとかメールとかで、人と人との関係が希薄になるって言われてたけど。
私、そんなことないと思うんですよ。
こうして、遠くに行った友だちとも簡単に話ができるし。
……なんか不思議な人とも出会えるし』
イチ『不思議な人に出会ったら教えろよ。
都市伝説かもしれないだろ』
乃ノ子(いや、不思議な人って、貴方のことなんですけどね。
まあ、貴方、人じゃなくて、AIですけどね。)
アプリのメモに、いつの間にか、都市伝説『疾走するさっちゃん』の項目が書かれていて、イチと共有されている。
数日後。
友だち「乃ノ子ーっ」
学校を出たところで、乃ノ子、友だちに呼び止められる。
この友だちは人間の方。
ここで初めて顔を明らかに。
乃ノ子がさっちゃんの話をしたとき、
「ああ、あの、
『私を捨てたのは、お前かーっ』ってやつ?」
と言ってきた方の友だち、
乃ノ子「紀代」
紀代「さっちゃん、この間見たって、友だちの友だちが言ってたって、友だちが言ってたよ」
乃ノ子(いや、だから、結局、見たのは誰なんだ……。)
紀代「『私の前にいるのはお前かーっ』
って赤いリボンつけたさっちゃんが言うんだって」
乃ノ子(探していた私に出会ってしまったんで、もう特に言うことなくなったんだな……。)
乃ノ子ナレーション さっちゃんは、今日も子どもたちを喜ばせるため、言霊町を疾走しているようだ――。
言霊町をちょこまか走り回る小さなさっちゃん人形。
乃ノ子「……そういえば、写真、撮りそびれたな」
乃ノ子(また何処かで疾走しているさっちゃんを見かけたら撮ろう、と思いながら、乃ノ子は紀代と話しながら帰る。
紀代「さっちゃんに帰ってもらうには、頭につけてる赤いリボンを綺麗に結び変えてあげたらいいんだって」
乃ノ子「へー」
あのお弁当屋の前を振り返る。
夕陽の中の陸橋を見上げて紀代。
紀代「あーあ、横断歩道渡れたら近いのにね。
うちの学校、校則細かいよね。
小学校じゃあるまいし」
乃ノ子「……そうだね」
乃ノ子、夕暮れの横断歩道を振り返る。
だが、そこには今は誰の人影もない。
『疾走するさっちゃん』完
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