都市伝説探偵 イチ ~言霊町怪奇地図~《シナリオ》
櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)
第1話「疾走するさっちゃん」上
路地裏に転がっている死体を見下ろしている女子高生のぼんやりした後ろ姿。
だが、その女子高生の顔はわからない。
陸橋の上の夕陽に目をしばたたく乃ノ子。
横から友だちが話しかけてくるが、友だちの顔は見えない。
髪はさらさらのボブ。
友だち「ねえ、知ってる?
芸能人と会話できるチャットアプリがあるんだって」
乃ノ子「芸能人? 誰?」
友だち「ジュンペイ。
いや、AIなんだけどね。
ジュンペイが受け答えしそうな言葉を返してくれるらしいよ」
ふうん、と興味なさそうに言う乃ノ子。
だが、友だちはそのアプリを乃ノ子のスマホに登録してしまう。
友だち「招待コード入れるね~」
乃ノ子「なんだ。
やけに強引だと思ったら、特典かなにか欲しかったの?」
友だち「まあ、やってみてよ。
ときどき、一定のワードに反応して、勝手にミニゲームとか始まっちゃうんだけどさ。
いつでもどんなときでも暇つぶしに会話できるから、人間よりいいよ」
乃ノ子「人間よりいいってなに……」
じゃあねー、と手を振り、居なくなる友だち。
弁当屋の横の自動販売機でジュースを買う乃ノ子。
その自動販売機の前、車道とは関係ない場所に、何故か突然短いガードレールがある。
そこに腰かけ、チャットアプリを開けてみる乃ノ子。
イケメンアイドル風のアイコンが呼びかけてくる。
ジュンペイ『こんにちは。僕はジュンペイ。
君の名前、僕に教えてくれる?』
乃ノ子、『福原乃ノ子』と打ち込む。
乃ノ子(別の名前入れた方かよかったかな。ネットの世界、物騒だしな~。
まあ、せっかくはじめたんだし)
乃ノ子、『暑いですね』と打ち込む。
すぐに返事がある。
ジュンペイ『暑いね~』
乃ノ子「おっ、すごいっ。
『今日は、部活でちょっと疲れちゃいました』、と」
言いながら打ち込む乃ノ子。
ジュンペイ『僕は吹奏楽部だったよ』
乃ノ子『私は料理部です』
ジュンペイ『塩入れるといいよ』
乃ノ子「……会話、ズレてきたな~。
まあ、AIだもんな」
乃ノ子、缶ジュースをぐびりと飲む。
乃ノ子『そういえば、さっき友だちが『この辺りに都市伝説がある』って都市伝説があるって言ったんですけど』
乃ノ子「ん? 返事ないな」
スマホを見つめ、小首を傾げる乃ノ子。
乃ノ子「まあ、このくらいにしとくか」
立ち上がりかけたとき、スマホがキンコーンと鳴る。
画面を見ると、アイコンが変化している。
キラキラしたアイドルの顔から、夕暮れの街に立つ、黒いスーツの黒髪の男の後ろ姿に変わっている。
チャットの背景も真っ黒に。
イチ『お前の名前を打ち込め』
乃ノ子「なんか急に愛想のないアプリになったぞ」
またキンコーンとメッセージが入ってくる。
イチ『早く打ち込まないと、そこに行くからな』
乃ノ子(ひっ。なんだかわからないけど、来られたくないっ。
でも、本名は教えたくないしっ。
あっ、そうだっ)
乃ノ子、『福田ののか』と打ち込む。
イチ『本当だな。お前、本当に、ののかなんだな。
ののかじゃなかったら、ぶん殴るぞ』
乃ノ子(AI、ぶん殴れないよね。
あっ、でも、私が何処に居るかは探せるかっ、スマホの機能で)
乃ノ子、妄想する。
乃ノ子(私の近所の人のスマホを突き止めて、その人のスマホに――。)
イチ『この女をぶん殴りに行け。
行かないのなら、スマホから得たお前の秘密をバラすぞ』
妄想の中のサザエさんのような髪型の近所のおばさん(黒いシルエット)が、ひいっと怯える。
イチ『まあいい』
乃ノ子「えっ?」
イチ『簡単に怪しい奴に真実の名を教えるもんじゃないからな。
何処でどんな呪いをかけられるかわからないから。
だが、万一のときのために、俺にだけは嘘はつくな。
いざというとき、助けられない』
乃ノ子(なんですか。格好いいこと言っちゃって)
乃ノ子、赤くなる。
イチ『俺には、ちゃんとお前の魂の名を教えておけ』
乃ノ子「魂の名ってなんだ?
ゲームで出てきそうだな……」
乃ノ子、ポチポチと打つ。
乃ノ子『『漆黒の乃ノ子』とか。
『幻影の乃ノ子』とか。
『鮮血の乃ノ子』とか?』
乃ノ子、そう打っておいて、ひっ、となる。
乃ノ子(うっかり、本名の方入れちゃったっ!)
イチ『……そういう感じの魂の名じゃなくて、お前の真実の名前という意味だ。
お前は厨二病か』
乃ノ子(真実の名前、か。)
乃ノ子『病院とかで取り違えにあってない限りは、福原乃ノ子、ですかね?』
イチ『そうか。俺はイチだ』
乃ノ子「『苗字はないんですか?』っと」
乃ノ子、そう言いながら打つ。
イチ『ニノマエ』
乃ノ子(それだと、名前の漢字が『一』だった場合、漢字にすると、『一一』では。
確か、一と書いて、ニノマエだったはず)
乃ノ子、ちょっと笑う。
イチ『なにがおかしい』
えっ? 聞こえてるのっ? とキョロキョロする乃ノ子。
イチ『では、福原乃ノ子。
今日から、お前の任務はお前の住む街の都市伝説を探すことだ』
乃ノ子(おや? もしかして、これって、単に噂のミニゲームが始まってしまっただけだったのかな?
『都市伝説』なんてワードを入れたから、それに反応して)
乃ノ子、一度、チャットアプリを閉めてみるが、アイコンも『都市伝説 イチ』に変わっている。
乃ノ子「これ、もしかして、クリアしないと元に戻らないとか?
まあ、開かなきゃい……」
キンコンキンコンと連続してお知らせにイチからのメッセージが入る。
乃ノ子、ぎゃーっと悲鳴を上げて、スマホを落とす。
おそるおそる拾って画面を見る。
イチ『乃ノ子っ』
イチ『おい、乃ノ子っ。何勝手に閉めてんだっ?』
イチ『人の話は最後まで聞けと習わらなかったのかっ』
乃ノ子(ひーっ。
こっちからのメッセージに反応して答えてくるAIのはずなのにっ。
なんで自分からキンコンキンコン送りつけてくるのっ。)
乃ノ子、しょうがなく、またアプリを開いてトーク画面を出す。
イチ『福原乃ノ子。
もし、都市伝説が集められなかったら、お前に都市伝説になってもらうからな』
乃ノ子「は?」
イチ『お前は謎の失踪を遂げ、この街の都市伝説となるだろう――』
乃ノ子(いや、どんな予言だっ!
デリート、デリートッ! えっ? 消えないっ)
乃ノ子、必死で消そうとスマホの画面を指で叩きまくるが、消えない。
乃ノ子(つ、通知オフ! 通知オフ!)
イチ『通知オフしやがったら、てめえの近所のヤツのスマホに、
福原乃ノ子をぶん殴りに行け。
さもなくば、スマホから得たお前の秘密をバラすぞ、とメッセージ送るぞっ』
乃ノ子「ひいっ、想像通りの展開っ!」
乃ノ子、スマホを投げそうになる。
イチ『漆黒の乃ノ子よ。
いや、魂の乃ノ子か?
鮮血の乃ノ子か?』
乃ノ子、両手でスマホつかんで身を乗り出す。
乃ノ子「言ってないのまで、混ざってるっ!」
イチ『さあ、お前の住む言霊町の都市伝説を探せ!
……急げよ。
お前自らが都市伝説となって、消えたくないのなら――』
乃ノ子(いや、勘弁してくださいっ!)
乃ノ子、慌ててスマホの電源を落とす。
夜、乃ノ子の部屋。
乃ノ子、ベッドの上で膝を抱え、友だちと話している。
切ったあと、あのチャットアプリを開けてみる。
乃ノ子(うわ。まだあるよ、『都市伝説 イチ』。
ミニゲームなら、適当に都市伝説を入れたら消えてくれるかな)
乃ノ子、スマホに打ち込む。
乃ノ子「トイレの花子さん、と」
すぐにキンコーンとスマホが鳴る。
乃ノ子「はやっ。さすがチャットボッド」
乃ノ子(でも、チャットボッドって、お客様の質問に速やかに対応するために企業などで使われてるやつだよね?)
イチ『てめー、花子さん見たことあんのかよ。
てめーの街の都市伝説だって言ってるだろうがっ』
乃ノ子「荒んだ回答が速やかに返ってきた……」
乃ノ子(何処の企業が作りやがったんだ、このゲーム……。
ああ、あのイケメンアイドルの会社か。
訴えてやる)
乃ノ子、スマホの電源を切り、放り投げてベッドに潜る。
乃ノ子、夕方。
帰り道、陸橋の手前のお弁当屋の横を友だちと歩いている。
友だち「ねえ、昨日、メッセージ入れても返事なかったんだけど~?」
乃ノ子「ああ、ごめんごめん、スマホ切ってた。
って、あんたが妙なもの登録したからじゃん~っ」
乃ノ子、昨日のことを説明する感じのジェスチャー。
友だち「えー?
私、そんなゲーム、始まらなかったよ~。
でも、わかった。それ、とりあえず、都市伝説入れればいいんでしょ?
そうだ、こんなの知ってる?
『疾走するさっちゃん』」
乃ノ子「なにそれ?」
友だち「よくあるじゃない。
私、リカちゃんよ。今、あなたの後ろにいるわって。
あんな感じでさ。さっちゃんって人形がやってくるらしいんだけど。
すごい速さで移動してくるんだって。
しかも、通り道で張ってると見られるらしいのよ、その疾走するさっちゃん」
そう言って笑う友だち。
友だち「写真でも撮れたら、そのイチさんに送ってあげたら?
じゃ、私、こっちだから、バイバイ」
友だち、横断歩道を渡っていなくなる。
乃ノ子(……疾走するさっちゃん。
イチさんのお気に召すだろうかな?)
声に出しながら、とりあえず、打ち込んでみる乃ノ子。
乃ノ子「疾走するさっちゃんという都市伝説があるそうですよっと!」
スマホ、しーんとなったまま。
乃ノ子(AIなのに、サボってるのか……?)
乃ノ子、陸橋側にある、お弁当屋の自動販売機でジュースを買う。
あの短いガードレールに腰掛け、飲む。
キンコーンと鳴るスマホ。
イチ『なんだ、疾走するさっちゃんって』
声に出しながら打つ乃ノ子。
乃ノ子「返事遅いじゃないですか」
イチ『昼飯食ってたんだ』
乃ノ子(……AI、昼飯食うのだろうか?)
乃ノ子『昼飯って、今、夕方ですよ』
イチ『今日はちょっと忙しかったんだ。
猫を探してて』
乃ノ子(……猫?
猫にタグでもついててスマホで探せるとか?)
イチ『ところで、漆黒の乃ノ子。
その『疾走するさっちゃん』とやら。
どうやって呼び出して、どうやって捕獲するつもりなんだ?』
乃ノ子、スマホの画面を見つめて呟く。
乃ノ子「え? 捕獲する気なの? 都市伝説」
イチ『まあ、それはあとで考えるか。
あんまり、そこ腰掛けて長居すんなよ。じゃ』
乃ノ子(え? そこって?)
缶ジュースを手にしたまま、立ち上がり、周囲を見回すが、不審な人影はない。
ふたたび、スマホを見つめる乃ノ子。
乃ノ子(猫を探索するみたいに、位置情報でわかったのかな?
居る場所が動かないから、適当に言っただけとか。
でも、腰掛けてるのがわかるのは変だ……。
まさか、カメラから覗いてるとかっ?
と、都市伝説アプリのカメラの使用を不許可にっ!)
乃ノ子、スマホを操作したあと、さらに、可愛い花柄のマスキングテープでレンズをふさぐ。
乃ノ子(それにしても、『疾走するさっちゃん』か。
どうしたら、会えるんだろうな?)
乃ノ子、友だちが帰っていった横断歩道の方を見る。
だが、誰もいない。
夕暮れの熱気に少し景色が歪んで見える。
夜、部屋のベッドの上でスマホを手に悩む乃ノ子。
乃ノ子(どうすれば、さっちゃんと接触できるんだろうな?)
乃ノ子、スマホを持ってベッドの上でゴロゴロ転がる。
乃ノ子(リカちゃんの場合は、リカちゃん電話にかけたら、リカちゃんが、あなたの後ろにいるわって、やってくるんだったよね?)
乃ノ子、スマホで調べてみる。
乃ノ子「ん? リカちゃん電話、今もやってるのか」
むくりと起き上がる乃ノ子。
電話してみる。
チャララーンと音楽。
リカ「もしもし、わたし、リカちゃん」
乃ノ子「おお、CMなんかで聞くリカちゃんの声だ」
リカ「リカ、新しいお友達ができたのよ。
メリーさんとさっちゃん。どっちがいい?」
しんとする電話。
乃ノ子「なにこれ。返事しないと進まないとか?
おかしいな。リカちゃん電話は、受け答えはできませんって、書いてあったのに。
実は、これもAIで動いてるとか?
えっと。じゃあ……さっちゃん」
リカ「じゃあ、さっちゃん紹介してあげるねっ」
プツッと電話切れる。
スマホを見つめる乃ノ子。
ベッドの上であぐらをかき、イチにぽちぽちとメッセージを打ちはじめる。
乃ノ子『紹介してあげるねって言われちゃったじゃないですかっ。
とんでもないものが来たらどうするんですかっ』
しーんとしたままのスマホ。
乃ノ子「もしや、今度は晩ご飯ですかあっ?
……そうだ。
さっきの発信履歴」
スマホで確認する。
乃ノ子「間違いない。
企業が公開しているリカちゃん電話の電話番号だ。
……もう一度かけてみよっと」
スマホからさっきの音楽。
リカ「こんにちはっ。
わたし、リカですっ」
延々とリカちゃんのトークが続く。
乃ノ子、スマホを見つめる。
乃ノ子「……さっきと違うじゃん。
あ、でも、もしかして、かけるたび変わるのかも」
もう一度かけてみる乃ノ子。
リカ「こんにちはっ。
わたし、リカですっ」
乃ノ子「……さっきと同じ」
乃ノ子立ち上がり、ベッド脇のカーテンを開けてみる。
暗い窓の外には庭の木しか見えない。
乃ノ子「……来ないよね、さっちゃん」
風呂、トイレ、玄関と外を気にしながら、寝る準備をする乃ノ子。
だが、外は暗いだけで、なにも起こらない。
乃ノ子「なんにも起こらないのも怖いなあ~」
乃ノ子、そう言いながらベッドに入り、寝るとスマホが何故か点滅している。
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