第2話

コーヒー並ぶ係と、おやつ係に分かれてから20分弱。


買い物だけなら10分で済むだろうが、どうせ通りの店を覗きながらの移動だろうからと、倍の時間を読んでおく。


相手の扱いを、取説なしでも把握できるのが幼馴染の良いところだ。


なんなら、他人向けの最初の取説を作ったのが自分だという自負さえある。


それくらい、近しい場所で家族同然に育ってきた相手に、するっと心を奪われる未来なんて、全くもって予想していなかった。


ベタなラブコメ漫画じゃあるまいし。


幼馴染プラスアルファ学校の友達とのコミュニケーションは当然ならが良好。


母親譲りの人懐こさを発揮して、小中高と苦労せずとも友達100人をやってのけた。


勿論、思春期の始まりには、同世代の男子がそうであるように、年上のちょっとお大人びた先輩が気になったりもして。


そこからなにがどうなってこうなったのやら…


自分でも予測不可能な気持ちの変化に戸惑っている間にも、隣に住む女の子はどんどん見知らぬ大人の女性に変化して行って、確信が持てないまま手を伸ばしたのは高校卒業直前の冬の日。


大学進学と同時に家を出て、大学近くのマンションで一人暮らしを始めることにしたのは、決してこういうことが目的ではない。


が、タイミング的にはまさにドンピシャなわけで。


母親からの生温い笑みと、父親からの”色々、しっかりな”との励まし?を受けて、新拠点での新生活を始めてから3年。


近すぎることも遠すぎることもない、実家からちょうど良い距離に住む彼氏の家に凛が泊まりに来るのは、いつの間にか週末の定番になっていた。


最初の頃は何回目と生真面目に数えていたが、凛の忘れ物が増えて行くにつれてそれもやめた。


凛の通う女子大から電車で40分弱。


都心からちょっと離れた地下鉄の駅は、生まれ育った地元と雰囲気がよく似ている。


小さな商店街と全国展開のスーパーは凛のお気に入りでもある。


小さい頃手をつないでおつかいに行ったあの店を思い出すからだろう。


オプションてんこもりのフラペチーノの入った紙袋を持って、朝昼晩といつでも混んでいる大型コーヒーショップの自動ドアを抜けると、湿気と熱風が顔を殴りつけて来た。


梅田の暑さは異常だ。


神戸とも地元とも違う、人の熱気を大いに孕んだ賑やかな暑さ。


密集している商業ビルへと向かう人の波を抜けながら、待ち合わせ場所にしている地下鉄への連絡通路へ移動する。


さっきメッセージアプリに、ゲット!という報告と共にお目当ての店の紙袋の写真が送られてきた。


やっぱり20分だ。


その日の気分によって凛のウィンドウショッピングの時間は変化するのだが、それを見誤ったことは一度もない。


なんかもう、専用レーダーでもついているのかもしれない。


あー、気になるだろうなと思った店には必ず吸い寄せられて行くし、ちょっと行ってくるわ!と駆け出した後ろ姿で、大体の時間を予想も出来る。


『ほんまに、うちの凛を預けられるんは、彼方くんくらいのもんやわぁ』


と、真顔で凛の母親から言われた時は苦笑いしか浮かばなかったけれど。


なんかもう、そういう風に出来ているのだ、自分が。


これから梅田ダンジョンへ移動しようと足早に進む人ごみを抜けて、やっと待ち合わせ場所が見えて来た、と思ったら。


「…は?」


ナンパのメッカでもない、どちらかと言えばマイナーな地下鉄の入り口で凛が見知らぬ若い男と立ち話をしていた。


生クリームが崩れないように気を遣っていた一分前の自分をかなぐり捨てて、ずかずかと人波を割っていく。


雑踏と車のエンジン音で話し声までは聞こえてこないが、スマホの画面を見せられているからキャッチの類かもしれない。


”ほんなら、あとでね!”のパターンがもう使えない事実に愕然とする。


いや、いつかはそうなる気はしていたのだ(悔しいけれど)けれど、あまりにも早すぎる。


「あのー…」


後ろから凛の腕を掴んで引っ張ると、振り向いた凛がこちらを見てぱあっと顔を明るくさせた。


それで3割ほど溜飲が下がる自分がもう嫌になる。


「かな」


「悪いけど、この子、頭のてっぺんから爪の先まで生まれた時から俺のなんで」


名前を呼ばれるのに被せるように言い切ると、隣で凛が大げさなくらい肩を撥ねさせた。


「!?」


あんぐり口を開けたままの凛を捕まえて、すぐそばの階段へ向かう。


地下から吹きあがってくる冷風に、少しだけ頭が冷えた。


「ちょ、彼方!あ、あああんた!あの子、諒(りょう)と一緒に甲子園見に来てた部活の子やで!?」


「……は?」


凛の口から飛び出した、秋吉家の末っ子の名前に、思わず足を止める。


「諒の姉ちゃんって可愛く呼び止めてくれただけやのに………彼方ぁ~」


明らかにからかう口調になった凛が、腕を絡ませてくる。


これは年末までネタにされてしまうやつだ。


「いや、待て、なんも言うな」


押し寄せて来る羞恥心をどうにかしようと、深呼吸を一回、二回…


「ふふふふふふ……動画撮っといたらよかったわぁ。あ、ちゃんとオーダーしてくれたんやね?」


彼方の持つ紙袋を覗いた凛が、早速冷えたフラペチーノを取り上げた。


いそいそとストローを挿し込んで吸い込もうとして。


「っ!」


行先を変更した唇が、頬に熱を宿して去っていく。


人のいない場所とはいえ、往来でこういうスキンシップをしてくるタイプではない。


何が凛の琴線に触れたのか、分かりすぎるから悔しい。


階段をもう一段降りて、今度こそフラペチーノに狙いを定めた唇を舌から掬い上げた。


3秒にも満たないあえかな触れ合い。


凛が唖然としてこちらを見つめて来るから。


「よし」


「え、なにが!?っていうか!!」


焦った凛が拳で背中を叩いて来るけれど、ちっとも痛くなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る