僕らはだいたいバカだった
桜宮 桃なまこ。
携帯電話がなかったころ、僕らはだいたいバカだった
昔は、電話が鳴っても誰からかかってきたのか分からなかった。
ナンバーディスプレイなんてない。
家の電話が鳴ったら、とりあえず取る。
それが普通だった。
ある日、家の電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「いないんです」
「はい?」
「いないんです、うちの子が」
声からして、かなり切羽詰まっている。
子供がいなくなったらしい。
「え? どちらにおかけですか?」
「いないんです! うちの子がぁ!」
いや、知らん。
知らんけど、困っているのは分かる。
とりあえず落ち着いてもらわないと話が進まない。
「あの、まずお名前を」
「たろうです」
「たろうくんですね。苗字は?」
少し間があった。
「ウルトラです」
ガチャ。
ツーツー。
僕は受話器を持ったまま考えた。
ウルトラマンタロウ。
なるほど。
昔は電話が鳴っても、相手が誰なのか分からなかった。
そういう時代だった。
◇
ドーナツに穴があいている
こちらから電話をかけることもあった。
ミスタードーナツに電話した。
もちろん、ドーナツを注文するためではない。
「おまえのところのドーナツ」
少し溜める。
「穴があいとるやんか!」
何が面白かったのか。
今となっては、まったく分からない。
ドーナツには穴があいている。
僕らも知っていた。
ミスタードーナツも知っていた。
たぶん人類の大半が知っていた。
それでも電話した。
暇だったのだ。
インターネットもない。
スマートフォンもない。
YouTubeもない。
SNSもない。
暇を潰してくれるものがないので、自分たちで暇を潰すしかなかった。
その結果が、
「ドーナツに穴があいとるやんか!」
である。
文明が未発達だったのか。
僕らが未発達だったのか。
たぶん後者である。
◇
そして僕らはPHSを手に入れた
やがて文明は進歩した。
僕らもPHSを買ってもらった。
ついに外から電話ができる。
素晴らしい。
ただし、問題があった。
通話料がかかる。
僕らには金がなかった。
そこで誰かが気づいた。
「フリーダイヤルなら無料じゃね?」
天才だった。
方向性を除けば。
友達が無料のコールセンターに電話をかけて、外国人のふりをして遊び始めた。
ところが、しばらくするとイタズラだとバレるようになった。
対策会議が開かれた。
そして、なぜか僕にお鉢が回ってきた。
「なまこなら頭いいし、ホームステイしてたから!」
なるほど。
ホームステイ経験がある。
つまり英語が話せる。
英語が話せる。
つまりコールセンターを騙せる。
完璧な理屈だった。
方向性を除けば。
僕はPHSを握った。
知っている英語を総動員する。
「アイ……フォール……PHS……リハー……」
何を言ったのか、もう覚えていない。
ただ、一生懸命だったことだけは覚えている。
すると相手の対応が変わった。
通じた。
僕らは喜んだ。
ついに攻略した。
そして電話の向こうから、本当に英語を話す人が出てきた。
流暢な英語だった。
僕らは黙った。
文明は、僕らより一枚上手だった。
電話を切った。
今考えると、あのころ何がそんなに楽しかったのか、うまく説明できない。
金はなかった。
通信料は高かった。
ネットもなかった。
手元にある娯楽なんて、今とは比べものにならないほど少なかった。
でも、友達はいた。
暇もたくさんあった。
だから僕らは、与えられた文明を全力で間違えて使っていた。
固定電話があれば電話で遊び、
PHSを手に入れれば、無料で電話する方法を考えた。
技術が進歩するたびに、僕らのバカも少しだけ進歩した。
そして今でも覚えている。
何の役にも立たなかった。
何も残らなかった。
たぶん、誰一人として賢くならなかった。
それでも。
あのくらいが、一番バカで楽しかった。
僕らはだいたいバカだった 桜宮 桃なまこ。 @yomimasen
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