雪に咲く花が春に届け

さくら猫

春に咲きたい(終わり)

 キーンコーンカーコーン――。

 きらきら映る夕暮れから目を離し、わたしはため息をつく。

 教室を退室し、廊下を歩く。

 掲示板にでかでかとポスターが貼られて、思わず目に留った。


『『――♪ ジャカジャーン!』』

 ふたつのギターが、歌に重なるように鳴り響いてくる。そんな風に、ふたりが背中を合わせている。

 炎が乱れるように、感情を燃やす。


「軽音部が、歌コンテストに参加するんだって」

「先輩が! 見に行こうかな!?」

 盛り上がる少女たちが、わたしの隣を通りすぎる。 

 どかっかばんが、わたしの体に当たった。

「今、誰かに当たったような」 

「気のせいじゃない」

 ふたりは談話しながら、去っていく。

 気のせいと言ったクラスメイトであり、音楽教室に通っているが、友達の前で忘れているふりをしているようだ。

 雪奏ゆきそうだと念じるように、睨む。


『お前の歌は魅力がないんだよ!』

 彼女たちの嘲笑う言葉が、思い浮かんだ。

 元歌手だった母の歌に憧れて、子供から入ったが、高校生になるのに進歩していない。 


 燃え上がる炎を消すように、深く息を呑んだ。

 鎮まらなくて、悩乱のうらんした心を手で胸を叩いて、押さえつける。


 昇降口に向かうと、同じ制服の青年が通りかかる。

 青年が先に外を出ると、風が吹いた。彼の髪が乱れるようになびく。

 つい目で追ってしまう。

 がちゃがちゃ――かばんの金具を揺らす。

 パカッと開き、カメラが見えた。

 フィルターが朱色と重なる。

 はっと青年の目が動き、お互いに目があう。

 バレないように、彼のかばんに視線を下げる。


「ありがとな」

 青年が笑いかけて、ぺこりと頭を下げる。

 がちゃりと金具を閉めて、靴にはきかえる。


(教えたわけじゃない)

 自分でも高ぶる気持ちがわからない。

 名も知らない青年に惹かれるように、ひそひそと追いかける。


 ダッダッと、陸上部がグランドを駆ける。

 青年がフェンスごしにみつめる。

 走り終わった、ひとりの少女が近づく。

 ひまわりのような笑顔で、大きく振る。

 青年もはにかみ、タオルを渡す。

 少女がそれを首にかけて、ごしっと汗を拭く。

 恋していると、すぐにわかった。


「ずるいな。こんな格好いい先輩と恋人になるなんて」

 ざわざわ騒ぎ、少女が頬を膨らます。 

 ぎろりと睨む先生。 


「じゃあ、図書館で待つな」

 青年が苦笑いしながら、別れていく。

 取り残されたわたしは、ガシガシンと、金網を爪で削るように握る。

 その気持ちを忘れるように。

 バーンと打ちつけるように背中を置き、固唾を呑んだ。


 学校の花壇に植えられた、芽が出ている。葉がゆらゆら揺れた。

 春に憧れるように、オレンジの日射しを浴びている。

 学生が水やりにする音に隠れるように、パシャと聞こえた気がした。

 

 花のようになれないな。

「桜が咲き乱れ、春につぼみをつける。わたしは春を待つように、雪花を開く」

 小声で歌い始める。

 想いをこめた歌が、路地裏に消えていく。


 

 ――あの人のことが諦められなくて。

 シーンとした図書館で、彼の背中を追い続ける。


 声がかけられず、退出する。

 あの花壇の花が、白いつぼみに変わっていた。  

 学生が草ぬきする音に紛れて、パシャリとまた聞こえた気がした。

 太陽を追い求めるように、つぼみが見つめている。

 春に一途で、どこまでも必死だ。

 ダンと背中を押され、ぐらり傾いたまま走り出す。

 食らいつくように、あの歌を歌う。

 気持ちを乗せて、乱筆しながら手紙につづる。

 ぐしゃぐしゃと何度も書き直す。

 ようやく書き終わった、青年のくつばこに入れた。


 静かに中庭の裏で待つ。

「待たせて、悪いな」

 手紙をあげ、青年が言った。

「返事を聞かせてください」

「お前の気持ちは答えられない」

 はっきりと言われた言葉に、ぐらん立ち眩むする。

 こんなに悔しくなるなんて、心に秘めておけばよかった。

「だけど、夢を応援してやるよ」

 かばんからポスターを取り出し、渡す。

「何で」

「何でって……あの歌を聞いてしまったからな」

 青年が頬をかきながら、写真を渡す。

 そこには、つぼみと夕日と重なるようにわたしの横顔が映っていた。

「園芸部にスノードロップを撮るように頼まれて、他意はなかった」

 偶然でも、嬉しかった。

 心が惹かれる景色とともに、青年のフィルムに残してもらえて。


「もらっていいですか」

「ああ。破ってかまねぇよ」

 ポスターとともに渡し、背中を向ける。

 宝物だと胸に抱くように、写真を持つ。

「出てみるよ」

 ポスターをあげながら、わたしは声を絞り出す。

「頑張れよ」

 青年がちらっと見て、ひらひらと手を振った。

 応援するように見えて、ほころぶ。



「桜が咲き乱れ、春につぼみをつける。わたしは春を待つように、雪花を開く。春に憧れ、夕暮れを浴びて――。待雪草まつゆきそうのスノードロップが開いた――♪」

 学校に響く歌に耳を澄ますように、ゆさゆさとスノードロップが花を開く。


 路地裏で終わらない――雪奏が乱舞するように、咲き誇った。

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