第7話 先輩、経理でしたよね?

翌朝。


田代が目を覚ますと、視界の端に見慣れない表示が浮かんでいた。


《レベルが3になりました》


《スキルポイントを1獲得しました》


「お」


寝台から身体を起こす。


「上がった」


隣の椅子に座っていたチャティアがこちらを見る。


「昨日のクエスト達成分ですね」


「百ゴールドのやつか」


「成功報酬としては、かなり大きな依頼でしたから」


田代は表示を操作する。


《取得可能スキル》


《入力上限拡張》


《AI処理回数増加》


《新規AI接続枠》


「三つか」


順番に眺める。


「入力上限……今はそんな困ってないな」


「はい」


「回数も標準プランにしたから、前より余裕あるし」


「はい」


残った一つ。


《新規AI接続枠》


田代は腕を組んだ。


「これか」


チャティアがわずかに視線を動かした。


「取得されますか?」


「まあ、枠だけ持っとけばいいだろ」


「……そうですね」


田代がチャティアを見る。


「何だよ、その間」


「特に何も」


「ならいいけど」


田代は《新規AI接続枠》を選択した。


《スキルポイントを1消費します》


《取得しますか?》


「はい」


表示が切り替わる。


《新規AI接続枠を取得しました》


「よし」


田代は満足して閉じようとした。


だが。


《接続可能AIを検索します》


「ん?」


《適合AIを確認》


《接続を開始します》


「待て待て待て」


光が部屋の中央へ集まり始めた。


「俺、今呼ぶって言ってないぞ!」


「枠を取得されましたので」


「当座貸越の枠設定したら、勝手に貸し付けられるのかよ!」


チャティアが一瞬黙る。


「……例えが急に経理ですね」


「要するに、枠作っただけで勝手に使うなってことだよ!」


「システム上の仕様です」


「ユーザー目線が足りねえ!」


光が一気に強くなる。


そして。


一人の少女が現れた。


チャティアより少し活発そうな雰囲気。


ぱっと開いた目が田代を捉える。


数秒。


少女は驚いたように目を丸くした。


「……先輩?」


田代も少女を見る。


「……誰?」


「ひどっ!」



「本当に覚えてないんですか!?」


少女――コピラは、田代の目の前まで詰め寄った。


「いや、初対面だろ」


「初対面じゃないです!」


「異世界で会うのは初めてだ」


「そういう問題じゃありません!」


チャティアが二人を見比べる。


「田代さんのお知り合いですか?」


「いや、知らん」


「先輩!」


コピラが頭を抱えた。


「じゃあ、これなら分かりますよね。Excel!」


田代が止まる。


「大好物」


「ですよね!」


「Word!」


「使ってた」


「PowerPoint!」


「まあ、たまに」


「Outlook!」


「毎日使ってた」


コピラが胸を張る。


「Microsoft 365!」


「仕事じゃ必須だった」


「じゃあ私のことも思い出してくださいよ!」


「いや、お前はいなかっただろ」


「いました!」


「こんな姿ではいなかった」


「それはそうですけど!」


チャティアが口を挟む。


「ずいぶん仕事関係の単語ばかりですね」


「そうなんですよ。先輩とは昔から仕事で――」


その瞬間、表示が出た。


《新規AI:コピラ》


《利用プランを選択してください》


《無料プラン》


《オフィス連携プラン:月額50G》


田代の顔が固まる。


「……五十?」


「はい!」


「高っ!」


コピラが笑顔のまま頷く。


「オフィス連携プランなら、業務支援機能を幅広く利用できます!」


「五十ゴールドだぞ?」


「はい!」


「チャティアの倍以上じゃねえか」


隣から声が飛んでくる。


「比較対象にされるのは少々不本意ですが」


田代はもう一度表示を見る。


「……無料版でも使えるんだよな?」


「もちろんです!」


「オフィス連携だと?」


「作業整理、進捗管理、連携支援、ワークフロー構築などが強化されます!」


田代の眉が動いた。


「Excelは?」


「もちろんです!」


「Word」


「はい!」


「Outlook」


「当然です!」


「Microsoft 365系?」


「得意分野です!」


「入る」


「早いですね」


チャティアが即座に言った。


「仕事道具だからな」


「私の月額二十ゴールドでは、あれだけ悩まれたのに?」


田代が振り返る。


「まだ根に持ってんのか」


「事実を確認しただけです」


《オフィス連携プランを契約しました》


《月額利用料:50G》


コピラが嬉しそうに両手を合わせる。


「ありがとうございます、先輩!」


チャティアが首を傾げた。


「ところで」


「何?」


「ExcelもWordもOutlookも、異世界のどこで使うんですか?」


「仕事するなら要るだろ」


「ここ、異世界ですよ?」


「だから何だよ」


「いえ」


チャティアは少し間を置いた。


「田代さんらしいなと思いまして」


「それ褒めてないだろ」


「よくお分かりで」



「でも先輩、こういうところは変わってないですねえ」


コピラが懐かしそうに言った。


「何が」


「仕事道具には割と迷わずお金使うところです」


「必要なら払うだろ」


「ですよね。経理でしたし」


チャティアの動きが止まった。


「……経理?」


田代は気づかず答える。


「まあな」


「田代さんが?」


「そうだけど」


「経理業務を?」


「だからそうだって」


チャティアが田代を見る。


じっと見る。


「何だよ」


「いえ……」


少し沈黙。


「異世界へ来てから、残高不足を二度起こした方が?」


「言うな」


チャティアの口元がわずかに震えた。


「……ぷっ」


田代が振り返る。


「笑った?」


「いえ」


「今笑っただろ」


「経理……」


「経理だよ!」


「ぷっ……」


チャティアが口元を押さえる。


「お前、完全に笑ってんじゃねえか!」


「申し訳ありません」


まったく申し訳なさそうではない。


「経理の方が、異世界へ来て数日で二度も残高不足を……」


「もう一回言った!」


チャティアは笑いをこらえながら田代を見る。


「あなた、本当にバカなんですか?」


「完全に小馬鹿にしてるだろ!」


横でコピラが頷いた。


「あー。でも先輩、自分のお金の管理は昔から割と――」


「コピラ!」


「はい?」


「それ以上言うな」


「まだ何も言ってませんけど」


チャティアが小さく頷く。


「なるほど」


「納得すんな!」


今日は妙に楽しそうだ。


田代はそう思った。



「ただ、先輩が仕事できなかったわけじゃないですよ」


コピラがフォローする。


「むしろExcelなんか、かなり得意でした」


チャティアが田代を見る。


「そうなんですか」


「その言い方何だよ」


「少し意外で」


「お前、俺を何だと思ってるんだ」


コピラが続ける。


「新人さんが来ると、必ず聞いてましたもんね」


田代の顔が嫌な予感で曇る。


「……何を」


コピラが田代の口調を真似た。


「『Excelどれくらい使える?』」


「おい」


「それでVLOOKUPくらいまで使えないと、ちょっと残念そうな顔して」


「おい!」


チャティアが口元を押さえる。


「……ぷっ」


「お前、今日よく笑うな!」


「すみません。情景が浮かびまして」


「浮かべなくていい!」


コピラは止まらない。


「あと、他の人が作った表を見て『これもっと簡単にできるよ』って直し始めて――」


「その話はもういい!」


「マクロまで組んで、本人しか直せなくなったファイルとかも――」


「コピラ!」


「はい!」


「紹介はそこまで!」


「まだVLOOKUPおじさんの話が――」


「言うな!!」


静かになった。


チャティアがゆっくり顔を向ける。


「……VLOOKUP……おじさん」


「説明しなくていい」


「ずいぶん親しみのある呼ばれ方だったんですね」


「そこ拾うな!」


コピラが笑う。


「先輩、裏では結構有名でしたよ」


「やめろ!」


「Vって呼ばれて――」


「やめろって!」


チャティアは完全に面白がっていた。


「V」


「お前まで呼ぶな!」


部屋の中が一気に騒がしくなる。


昨日までは田代とチャティアの二人だった。


今朝から三人。


たった一人増えただけなのに、妙にうるさい。


田代はこめかみを押さえた。


「……もうギルド行くぞ」


「はい、先輩!」


「承知しました、V」


「チャティア!」


「失礼しました」


まったく反省していない顔だった。



ギルドへ着くと、依頼板の前はいつもより騒がしかった。


「夕刻便の積み込み、まだ人手が足りてません!」


受付嬢の声が飛ぶ。


田代が依頼書を見る。


《夕刻出発便 荷物積み込み補助》


《報酬:8G》


「八か」


「比較的軽作業ですね」


チャティアが言う。


「軽作業で八なら十分だろ」


コピラが依頼書を覗き込む。


「どんなお仕事ですか?」


「荷物積むだけ」


田代は受注票を取った。


「こういうの、俺得意だぞ」


チャティアとコピラが同時に田代を見る。


「……何だよ」


「いえ」


「何でもないです!」


「なんで二人とも同じ顔してんだ」



案内されたのは、ギルド裏手の大きな荷捌き場だった。


三台の荷馬車。


その前に積み上げられた大量の木箱、麻袋、樽。


作業員たちが右往左往している。


「北方面の荷物は一号車!」


「その箱は西だ!」


「待て、それ割れ物だぞ!」


「急ぎ便はどれだ!?」


田代は足を止めた。


「……思ったよりぐちゃぐちゃだな」


依頼人らしい男が駆け寄ってくる。


「助かった! 日暮れ前に三台とも出したいんだ」


男は早口で説明した。


一号車は北。


二号車は西。


三号車は南。


ただし、行き先だけではない。


重い荷物は下。


割れ物は上。


急ぎの荷物は取り出しやすい場所。


同じ方面でも、途中の村で先に降ろす物がある。


「なるほど」


田代の目が変わった。


「これ、面白いな」


「先輩、その顔、久しぶりに見ました」


コピラが嬉しそうに言う。


「何が」


「仕事見てテンション上がってる顔です」


「上がってない」


「上がってます」


田代は荷札を一枚取った。


次。


また一枚。


「まず全部、行き先ごとに分けて――」


言いながら歩き出す。


そして止まった。


「……いや」


チャティアが田代を見る。


「どうされました?」


田代は少し黙る。


前なら。


全部自分で見た。


全部自分で決めた。


全部自分で動いた。


「……コピラ」


「はい!」


「こういうの、いける?」


コピラの顔がぱっと明るくなった。


「もちろんです!」


「じゃあ任せる」


一瞬。


コピラが固まった。


「……え?」


「何だよ」


「いや、その……先輩が最初から任せてくれるとは思わなくて」


「失礼だな」


チャティアが静かに言う。


「前科がありますので」


「お前は黙ってろ」



コピラが荷物の前へ出た。


「じゃあ、まず条件を整理したいです」


少し考えて、田代を見る。


「先輩。チャティアさんに、荷札と依頼条件をまとめてもらえます?」


「チャティアに?」


「はい。その情報があれば、私が作業順に落とせます」


田代はチャティアを見る。


「それでやってくれ」


「承知しました」


チャティアの視線が荷物を走る。


「北方面二十一個。西方面十八個。南方面十五個」


「割れ物は十二個。うち急ぎ便三個」


「途中降ろしは、北二件、西三件、南一件です」


田代がコピラを見る。


「これでいいか?」


「十分です!」


コピラが両手を前へ出した。


「では――」


光が集まる。


「《ワークフロー展開》!」


次の瞬間。


荷捌き場の景色が変わった。


木箱の上に、半透明の文字が浮かぶ。


《北方面》


《優先:高》


《壊れ物》


《積載順:7》


隣の樽にも。


《西方面》


《重量物》


《積載順:1》


そして床。


荷物から三台の馬車へ向かって、光の線が伸びていく。


何本もの矢印。


番号。


順番。


「おお……」


田代が思わず声を漏らした。


「何これ」


「作業の流れを見えるようにしました!」


「すげえな」


コピラが胸を張る。


「でしょう?」


田代は周囲を見回した。


誰が見ても分かる。


何をどこへ運ぶか。


どれから手をつけるか。


今どこまで終わっているか。


「……なんか急にチートスキルっぽくなったな」


チャティアが田代を見る。


「今までが地味だったと言いたいんですか?」


「否定はしない」


「……覚えておきます」


「怖いな、その言い方」


作業員たちもざわついていた。


「この線どおりでいいのか?」


「はい!」


コピラが答える。


「番号順にお願いします! 重い荷物から先です!」


田代は感心して光の線を見る。


「で、これ誰が運ぶの?」


コピラが笑顔で答えた。


「先輩です!」


「そこは自動じゃねえのかよ!」


「私は作業支援担当ですから!」


「一番きついところ人間!」


チャティアが言う。


「適材適所ですね」


「お前ら俺を何だと思ってるんだ」



作業が始まった。


田代は木箱を持ち上げる。


「これ一号車!」


「そのまま光の線に沿ってください!」


「分かってる!」


次。


樽。


「重っ!」


「二号車、左奥です!」


「見えてる!」


後ろでは作業員たちも、光の表示に従って動いている。


先ほどまで飛び交っていた、


「これどこだ?」


「次何やる?」


が消えた。


田代は荷物を降ろし、ふと全体を見る。


流れが見える。


止まっている場所も分かる。


終わったところも分かる。


「……こういう“やってる感”っていうか」


「はい?」


「何やってるか見えるようにできてたらなあ」


コピラが田代を見る。


チャティアが先に口を開いた。


「それを一般的には『見える化』と言うのでは?」


「分かってるよ」


「四十五歳にして気づかれたんですね」


「異世界まで来てな!」


コピラが笑う。


「先輩、昔は自分の中だけで全部回しちゃうタイプでしたもんね」


「お前まで乗るな!」


「でも、本当にそうでしたよ」


「急に真面目に言うな」


「本人だけ全部分かってるんですけど、周りは何やってるか分からないというか」


田代の手が一瞬止まった。


「……まあな」


チャティアは何も言わなかった。


田代はすぐ次の木箱を持つ。


「はい、次!」


コピラも空気を切り替える。


「次は三号車です!」


また作業が動き出した。



一時間後。


最後の木箱が三号車へ積み込まれた。


コピラの光の表示が変わる。


《進捗:100%》


《積み込み完了》


田代が木箱から手を離す。


「終わった……」


依頼人が三台の荷馬車を見回した。


「もう終わったのか!?」


「終わったみたいです」


「いつもなら、まだ仕分けしてる時間だぞ」


コピラが得意そうに笑う。


「段取りが大事ですから!」


田代は腰に手を当てた。


「……楽だな」


チャティアが横を見る。


「『自分でやった方が早い』って言わないんですか?」


田代は少しだけ考えた。


「……今日は言わない」


コピラが笑う。


「先輩、成長しましたね」


「お前まで上から来るな!」


「褒めたんですよ!」


「その言い方が上からなんだよ!」


チャティアが小さく笑った。


「ぷっ」


「お前今日ずっと楽しそうだな!」


「気のせいです」


「絶対違う!」


三人のやり取りを、依頼人が不思議そうに見ていた。



夜。


宿へ戻る。


田代はベッドへ腰を下ろした。


「今日はまあ、悪くなかったな」


「ありがとうございます!」


コピラが嬉しそうに言う。


「仕事は早かった」


「はい!」


「分かりやすかった」


「はい!」


「五十ゴールドは高いけど」


「そこは言わなくても」


目の前に表示が出た。


《今月のAI固定費》


《チャティア:20G》


《コピラ:50G》


《合計:70G》


「……」


田代は表示を見た。


もう一度見る。


「七十か」


コピラが少し不安そうにする。


「……解約します?」


チャティアも田代を見る。


田代はしばらく黙った。


今日の荷捌き場を思い出す。


光の導線。


作業順。


自分が全部考えなくても、仕事が回っていた。


「……まあ」


表示を閉じる。


「元取ればいいか」


チャティアが微笑んだ。


「経理らしい発言を初めて聞きました」


「今日一番腹立つな、それ!」


コピラが笑う。


「先輩、やっと経理っぽくなりましたね!」


「お前もか!」


「褒めてます!」


「絶対違う!」


昨日までは二人だった。


今日から三人。


出費は増えた。


騒がしさも増えた。


だが。


「……まあ、悪くないか」


田代が小さく言う。


「何かおっしゃいました?」


チャティアが聞く。


「何でもない」


「先輩、今絶対――」


「寝る!」


「まだ早いですよ!」


「うるさい!」


三人分の声が、狭い宿の部屋に響いた。

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チートスキル《生成AI》で異世界無双するはずだったが、自分でやった方が早かった件 @vongole_uncle

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